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インヒューマニック  作者: ワタリ
3/15

03

―――3X67年5月21日10時57分

 ボルツは指定された競りに参加するため、ブロステン港に来ていた。彼はブロステン港のすぐ近くのフィボナッチという町に住んでいる。そこからバスで家から1時間ほど、他の通勤族の真面目なサラリーマン達と共に悪路をガタゴト揺られながらやって来た。

 そのバスというのは名ばかりで、港に通勤している男の車の、荷台に相乗りさせてもらっているだけなのだ。

 ボルツは慣れないバスの乗車で体の可動部に異常が出ていないか、体の可動部をグリグリ回して確認しながら競りの会場の受付にたどり着いた。

「お~い、すまんが、入場許可証をくれ」

 ボルツに呼ばれて、受付係のサイボーグが礼儀正しくお辞儀をしてから対応にあたった。

「おはようございます。本日は競りに参加なさるのですか、それとも、競りの様子の観覧だけをご希望ですか?」

「いや、参加の方だ。俺は他人が手に入れる物を見るためだけに、バスで1時間も揺られるようなモノ好きじゃないんでな。それと、席はVIP席で頼む。高い物を落札したいからな」

「なるほど、VIP席でないと5万ドル以上の物が落札できませんからね。では、入場料は400ドルになります」

「は~、一般席の5倍以上かよ」

 ちなみに、一般席は60ドルで、観覧のみの席は20ドルである。

 ボルツは涙目になりながらも、財布から金を出し、カウンターに叩きつけた。

「ありがとうございます。ボルツ様ですね。会員証の掲示をお願いします」

「会員証? そんなもん持ってネーな。今から作ってくれ」

「持っておられないのですか? それだとVIP席への入場は許可できませんが?」

「なんでそうなる。今から作るって言ってるだろう」

「いえ、今回の競りからルールが変わりまして、VIP席、つまり大口の入札をなさる方は過去にいくらかの落札経験がある方でないと、お断りさせて頂いております」

「はぁ? 俺は客だぞ。金ならちゃんとここにあるぞ? 今開けて見せようか?」

 そういってボルツはテーブルの上にシークレットケースを置いてみせる。

「いえ、金銭の所持の信頼が無いというわけではなく、安全面での問題です。これも、『向こう側』の指示ですので」

 『向こう側』という言葉を聞いた瞬間にボルツの勢いはなくなった。

「ならしゃーねーな。『向こう側』に逆らうわけにはいかネェだろうよ」

「申し訳ありません。今回は一般席を購入していただいて、後日にまたVIP席での競りをお楽しみください」

 だが、ボルツは諦めたわけではない。

「そう言うわけにもいかねェンだよな。こいつが身分証明書だと思って、入れてくれよ」

 そう言ってボルツは100ドル札が10枚束になった物を受付係に渡した。

 受付係は周囲を見渡してこのやりとりを見ている者が居ないことを確認。

「畏まりました。もしもの時は、偽造の会員証を掲示されたということにしておきますので、過去に落札履歴がある人間の代理人として来たことにしておきましょう」

「おう。頼んだぞ」

「では、御代は400ドルになります」

「まだ金取るのかよ」

「先程のは会員証代わりの値段ですので」

「こりゃ、高くついたな」

 そう言って渋々ボルツは支払いを済ませて、競りの会場に入って行った。



 大陸アトランティスにはブロステン港のように、定期的に『向こう側』から物資が送られて来る港がいくつかあり、その周りは必然的に栄える事となる。

 送られてくる物資の中身は、奴隷として売られる『向こう側』で罪を犯した者、新技術を用いた実験品、レアメタル、石油、天然ガス、アトランティスで収穫できない食物など、様々な物で構成されている。

 港によって送られてくる物はさまざまだが、ブロステン港は奴隷や、新しい技術を施した試作品、食べ物などが多いので、見世物としての価値が高く、見物量を取るようにしているのだ。

 そのため、今日の競りも会場の客席は満席でスタートした。

 まずは食品関係の競りが始まった。赤道付近の北国でとれるフルーツが競りにかけられた。

 食品関係の競りは観客とVIP席の者に評判が良い。なぜなら、観客席の中の者から抽選で数人がステージに上がって試食し、その感想を述べることになっていて、VIP席の者には全員にそれが振る舞われるからだ。

 こうすることにより、一般席で競り落とす商店の者たちが店で売る時に、観客たちも購入意欲が上がっていて、売れやすくなるのだ。

 ボルツはVIP席で出された甘い果実を口に入れる。

「確かにウマイが、俺が食えるのは一口だけだ。どう考えてもVIP席の値段には見合ってねぇんだよな。俺は余計に1000ドル払ってるし」

 と、不満を言いながらも出された食べ物はすべて完食し、すべてをウマイと評した。

「やっぱり、金属と油にまみれたこっちの大陸より、生身の人間が圧倒的に多い『向こう側』の方がウマイ食べ物が育つのかね?」

 すると、後ろに控えるメイド服を着た女性が答える。

「おそらく、向こう側は体の機械のメンテナンスにお金がかからない分、食事の贅沢をする余裕があるのかと」

「なるほどな。確かにこの大陸は修理業者が牛耳ってるから、今競りに出てるような機械の手足が必要な奴がほとんどだし、健全な奴は数年以内に雇われのなんでも屋あたりに手足を切り落とされるのが運命だからな」

「ボイル様は先ほどから出品された品を見て楽しんでいるだけですが、入札なさらないのですか?」

「ん、ああ、俺か。そうだな。もっと面白そうなモンが来れば入札するよ。そこまで金持ちじゃないし、落札するならイイ物を一つだけって決めてるんだ」

 ボイルというのは、金を渡した受付が用意した他人の会員証に登録されていた名前だ。。このアトランティスでは改造や事故で見た目が変わるのは良くある話なので、写真登録は意味をなさない。本人の会員証とパスワードがすべてなのだ。

 こうやってボルツはボイルという偽名を使い、それなりにボルツ好みのメイドの付き添いのオマケ付きで出品される品を楽しんだ。

 中でもボルツが一番興味を示したのが義手の試作品で、最大出力トルクが従来の物と変わらないのに、故障率が非常に低いという物だった。と言っても、その腕は100本セットなので、完全に企業向けであり、ボルツが購入するには至らなかった。

 それ以前に、試作品というのはあくまで試験のためにこちらに売られてくる物が多いので、実際に製品化することになれば、こちらに売られてくることはない。それゆえに、試作品はエンドユーザーに売るために落札するのではなく、工業製品を主に扱う組織がその技術を盗んで、自分たちで量産して売れるようにするための研究材料として落札することが多いのだ。

 そして、競りの最後の商品が出品されるときが来た。司会の者が「これが本日最後の目玉商品です!」と、客席を煽り、それに客席も湧いた。

「さて、やっと仕事の時間ってわけだ」

 そう言って、ボルツは身を乗り出してステージを見やすいようにした。

 会場の灯りが落とされ、ステージの袖にスポットライトが当たり、司会の掛け声と共にボルツの目的の品は運ばれてきた。

 いや、正確には自分でステージの中央まで移動したのだ。会場内が状況を理解して盛り上がったのを見計らって司会は説明を再開する。

「今回の目玉商品はコレ! この少女の所有権です! 彼女は見ての通り、体どころか、手足にも機械は入っていません。純然たる生身でございます!」

 奴隷の出品は落札側でも非常に人気が高い。他人に危害を加えた場合には、『向こう側』が資金提供をしている自警団を名乗る賞金稼ぎの裁きを受ける可能性がある。しかし、奴隷に対してはその対象となる基準が非常に緩い。

 奴隷に対しても、労働に対して給与を払う義務、大けがをするような暴力を与えてはいけないというルールは少なからずあるが、こちらに来て買われた時の半額以上の金を雇い主に払って、港近くの役所で市民登録するまでは普通の者よりも安く、辛い労働環境を与えても周囲に何も言われないのだ。

 そんなわけで、労働力としての奴隷は重宝されるのだが、今回は見た目もかなり幼い少女である。さらに生身であるときたら、やる仕事は一つしかないであろう。

「俺が、あいつを落札しろってのか? Lのヤツは何を考えてやがる」

 ボルツはその少女を手に入れる事が一体何になるのか見当もつかなくて、うろたえた。

 しかし、ボルツとは違って、私利私欲のためにその少女を購入しようとしている者達のテンションは絶好調だった。

 品定めのために服を脱がせろだの、歳はいくつなのかだの、質問を飛ばしまくる。

 司会は会場の盛り上がり具合に喜びの笑みを漏らす。

「え~、色々な質問が出ているようですが、直接彼女に聞いてみましょうか」

 そう言って、司会はマイクを彼女に渡し、自己紹介するように命じた。

「自己紹介ですか? ええと、わたしはイプスです。好きな食べ物は果物で、嫌いな食べ物は苦い野菜です。お肉よりお魚が好きで、えっと、船の中の部屋は狭かったので、広いところで遊びたいです。あとは……」

「ほら、歳、イプスちゃんは何歳なのかな?」

「え~と、2歳です」

 2歳という言葉を聞いて会場は笑いに包まれた。少女は確かに幼いが、見た目からして、順調に成長しているならすでに10歳は確実に超えているだろう。

 司会も笑いながら訂正をしてやる。

「あははは、きっと年齢を少し間違えてしまったんでしょう。2歳じゃなくて、きっと12歳ですね」

「本当に2歳なんだけど!」

「ああ、ごめんごめん。2歳ね。それと、服を脱いでもらえるかな。みんなが見たがっているから、よろしく頼むよ」

 そう言われたイプスは笑いながらそれを拒否。

「おじさんえっちだね。だめですよ。私はそんなに安い女じゃないんだから」

「はぁ、どうやら状況が分かってないようですね。これは無理やり教えてあげますか?」

 そう言って司会が控えている警備員に指示を飛ばした。

 ボルツはとくに少女性愛趣味もなく、グラマーな女性が好きなので、イプスがここで服をムかれても嬉しくもなんともない。どうせこれからこちらが落札してやるのだから、この後に性的な暴力に晒されることもない。ここは止めてやるべきだろうとボルツが立ち上がった時、ステージに一つの札束が投げ込まれた。

「1万ドルだ。俺が入札するから、今は脱がせるな」

 投げ込んだのはボルツの反対側の位置に座る男。

 そのように言われては司会も止めるしかなく、男の指示に従った。

「おじちゃんありがとう。名前は?」

 そう言ってイプスも感謝したが、男は下衆な笑みを浮かべた。

「シャルルだ。この事は気にするな。お嬢ちゃんが無邪気で物事を知らないようだから、せっかくだから教えるのは俺が買い取ってからの方が良いと思っただけだからな」

 イプスはそれが何を意味するのか分かっていないようだった。

 シャルルに続いて。会場のVIP席から次々に入札の声が飛んだ。

 5万7万10万と、金額は徐々に大きくなり、30万ドルまでシャルルが金額を上げて、他の者が黙った時、ボルツが声を上げた。

「50万ドルだ」

 今回の競りで一度も入札していない男がいきなり50万ドルと言う大金を出してきたことにシャルルは驚いた。

「そちらの方、何かの間違いで言っているわけではないのですな?」

 ボルツが答えようとすると、司会が近づいてきてマイクを渡した。

「あ~、どうも。シャルルさんよ。安心してくれ。俺は間違いで50万ドル払うほど金持ちじゃねぇんだ。あんたは金持ちだから間違えるのかもしれないけどな」

 ボルツの煽りに会場は沸いた。司会のもくろみ通りである。

 煽られたシャルルは60万を入札。それに会場もヒートアップして司会も煽る。

「さぁ、シャルルが60万ドルを入れたが、ボイルはどうする?」

「あ、そうか。ボイルって俺か。あ~、そうだな。じゃあ、100万ドルで」

 いくら珍しい完全に生身の若い少女とはいえ、100万ドルという価格は破格だ。シャルルも先ほどまで熱くなっていたのが嘘のように、今は冷めた表情でボルツを見つめている。

「お前、私が誰かわかっているのか?」

「金持ちのシャルルさんだろ」

 無論、ボルツは相手の立場をわかった上で虚勢を張っている。彼は中規模ではあるが、修理業者の組織の一つを仕切る男だ。しかし、ここでひるんだ態度を見せれば、次に相手が金額を上げてきたときに、相手の立場にビビって降りる可能性があると思われてしまうからだ。

 その虚勢のおかげか、シャルルは諦めて席に座り、ボルツを睨みつけた。

「落札者は100万ドルでボイルに決定です! 100万ドルという額を一人の奴隷に付けたのを私は見たことがありません!」

 司会者の言葉に会場は沸き、拍手が送られた。

 ボルツはシャルルを一瞥もせずに会場を去った。



 そのまま係員に控室まで案内され、初めてイプスと対面した。

 イプスは病院で患者が着るような、薄い青の地味な服を着ていた。元ファッションデザイナーのボルツには一番にそれが気になった。

「なぁ、お前はその服、気に入ってるのか?」

「お前じゃなくて、イプスって名前があるんです!」

 イプスはお前と言われたのが不服なのか、ボルツの方を向かない。

「あ~、悪かった。イプス」

「うん。なぁに?」

 名前を呼ばれれば素直にボルツの方を向いて顔を見せる。

「だから、その服。ずいぶん変わってるが、気に入ってるのか?」

「全然。わたし、気づいたらこれを着るように言われてただけだし。本当はもっと可愛い服がいいけど、持ってないから仕方ないよ」

「そうか。なら、俺の家にこないか? 俺が服を作ってやるよ」

「おじさん、服なんて作れるの?」

「おじさんじゃない。ボルツだ」

 そう言ってボルツはイプスにされたように、プイと横に顔を向けた。それを見てイプスはにっこりと笑い「ボルツ!」と元気よく名前を呼んだ。

「おう。来る気になったか?」

「いいよ。ボルツの所に行ってあげても。あ、でもでも、変な事はしないでよね。さっきの人みたいに、みんなの前で裸になれなんて、嫌なんだから」

「わかってるよ。元々、俺は手出しできる立場じゃないんだからな」

 最後の部分の意味が当然イプスには理解できるはずもなく首をかしげたが、ボルツが歩き始めたので、何も聞かずにその後ろを追いかけた。

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