prologue.5
「先生ありがとう」
「さぁ〜てもう限界かな……そろそろアルディオンを解き放たないとアイツを倒す前に私が昇天しちゃう」
“さぁ最後のピースを”
“開演のカウントダウンをはじめる”
「アイナごめんね。ママがいっつも自分勝手で」
“5”
「パパ、アイナのことよろしくね」
“4”
「パ……パが、この先わ、私以外の誰かを好きになったとき」
“3”
「わたし、空の上からヤキモチをや、くんだろうな……」
“2”
「もうい、意識が……ぁ」
“1”
「パパ、ァ、アイナ……ぃ……つまでも、ふ、ふたりナカ……」
“オギァ! オギァ!”
「あ!? 赤ちゃん……なんでこんな? と、とにかくた、助け……なきゃ。せ、先生!! も、もう先生に声が届かない……」
「意識が、あ、あの赤ちゃんを……ま、まも、ら、ないと……」
デネシィー島に1人の男が降り立つ。
男は小さく深呼吸をすると切れ長の目をそっと開いた。
その目は、右の瞳が金色に、左の瞳が銀色にそれぞれ静かに輝いている。
鼻筋の通った顔立ち、風がふくたびにサワサワとなびくツヤのある漆黒の髪、そして気品あふれる佇まいからその男が位の高い貴族のように見える。
もっとも、男からは他者を寄せ付けない圧倒的なドス黒い威圧感を感じるため、男に対して親近感を抱くようなことはない。
二つの輝きが徐々に消えてゆくと、男は辺りをゆっくりと見回しながら小さく呟いた。
「すばらしい。物語の舞台としては最高のできだ。ここまでのものをアルディオンで作り出すとは、さすがだエイダ・ハート」
男の足下には、赤や黄色に色づいた野花が広がり、心地よい風が吹くたびにユラユラと花びらを踊らしている。
遠くには深緑の木々がどこまでも広がっており、その景色は、まるで著名な絵かきが創り出した水彩画のような透明感のある美しい世界であった。
その景色の中で、自ら世界に馴染むことを拒むかのように黒一色に染まった男が一人佇む姿は、異様としか表現できない。
「では、私も演者の一人として舞台に上がるとしよう」
男は目の前に手をかざして空間に歪みを作り出すと、ロングコートをなびかせながら水の中に溶け込むようにその中に消えていった。
男の見つめていた先には、ひときわ大きく青々とした木が一本立っている。
その木は、人が十字架に磔られているかのような神々しい姿をしており、人の目を惹きつけてやまない不思議な魅力を発している。
その木はサラサラと寝息を立てていた。
“デネシィー島の戦いから40年後”
「この島は相変わらずじゃの……」
ベンは麦わら帽子を被り直しながらそう呟いた。
自慢の金髪は、今や真っ白になったが、その髪はいまだ風が吹くたびに強く揺れている。
ベンは、白い着物の袖から木のパイプ煙草を取り出し火をつけると、それを美味しそうに吸いながら緑の生い茂る島をゆっくりと眺めた。
「死の大地と化したあの島が、今やこんなにも美しくなるとは。この奇跡をキミが戻るまでは守らんとな」
ベンは伸びをするように両手を広げると、南に向かって真っ直ぐ伸びた黄色のあぜ道をゆっくりと歩き始めた。
その時、ベンの横を風がやさしく流れていく。
ベンの手を引いて島を案内するかのように。