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千夜一夜  作者: 二川敏彦
3/6

出前

うどん屋のおじさんは、僕らの悪ノリを受け入れた。

いや、おじさんの悪ノリに僕らが付き合ったのか。


「どこでも届けるよ。ここいらやったらね。」


学校帰りによく立ち寄る、その店の店主は訳のわからない自信を見せ、だからうちを贔屓にし続けろよ、ボウズたち、という目をした。


僕らも、なんとなくおじさんに負けたくない一心で、なんとか届けられないところがないかを少ない脳みそで絞り出した。


「図書館でも?」


「届けるよ!」


「銭湯でも?」


「もちろん!湯船までもってったるわ!」


おじさんはますますノってきた。


「学校・・・。学校の昼休みに届けてくれんの?」


「もちろん!」


「授業中は?」


「授業中・・・。」


おじさんは初めて困った顔をした。

やった。なんか訳がわからないけど勝ったぞ。そう思ってたけど


「届けるよ。もちろん。客が望むならどこでも届けるよ。」


呆れた。

おじさんはお客さんの為に、なんていってたけど、なんてことない。

子供に負けたくない一心だったのだ。


「じゃ、明日。明日の5時間目の美術の授業中に届けてや。」


「いいよ!届けるよ!」


少しだけ引きつった顔をしたけど、おじさんは急に闘志に目覚めた顔になった。


美術の時間なら、僕らも先生に怒られることはないだろうと思った。

教育実習の若い先生で、とてもやさしい先生だったからだ。

何より、その先生はすごくキレイで、僕らはその時代特有の、好きな子に意地悪したくなる症候群だった。


おじさんは予定通り5時間目の授業中に、うどんを届けた。

勢いよく空いたドアで、先生はびっくりして「毎度!」というおじさんの大声で、口がポカンとあいた。

そのまま僕らの席にうどんが運ばれていく様子を、初めて宇宙人を見るような、でも心ここに在らずな感じで見ていた。


お金を払うと、おじさんは満面の笑みで「毎度!」ともう一度言って立ち去った。


先生の黒目はどんどん大きくなっていた。

僕らがうどんをすすり始めると、その目はだんだんと濡れていき、そして号泣した。


僕らは気まずさでうどんなんて食ってられなくなった。

何せクラスのみんなが先生の元に駆け寄って励まし始めたのだから。


「泣かないで、先生。あいつらバカなのよ。相手にしちゃダメ。」「そうだよ。先生のせいじゃないよ。」「ほんとひどい。人間じゃない。」


僕らは罵詈雑言を浴び、どんどん冷えていくうどんを見つめた。




終わり


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