45、ラストショット
それからの約三〇分間、乃木たちは接敵を試みる米兵たちを片っ端から射ち続けた。
二、三人の組ごとに分かれた彼らは、頻繁に居場所を変えながら、遠目から射撃を加えては後退する戦術行動を繰り返した。弾薬も殆んど後先を考えないレベルで撒き散らしている。
砂漠の脆弱な地形に立て篭もった孤立無援の寡兵としては奮闘したと言えるかも知れないが、そんな乃木たちが命がけで米軍に与えたダメージとしては擾乱――つまり嫌がらせに近い程度でしかなかった。
初動でこそ数名の敵兵を倒したものの、敵の指揮官が無闇な前進を避け、ヘリやヴィーグルなどの支援の下に堅実に反撃を行なうようになってからは逆にこちらの動きが封じられてしまった。
だが、闇夜の中で派手にばら撒かれた曳光弾に米兵の目が釘付けになり、敵部隊が慎重に兵を動かしながら包囲の形をとる事はむしろ乃木の狙い通りだった。
少なくとも、米軍が彼らに意識を向ければ向けるほど、既に戦場を離脱した『栄』部隊の生存率は高まるのだから。
できればあと一、二時間はここで持久したい――乃木は白み始めた空を見上げながらそう考える。
それだけの時間があれば、鈴音たちの足でも海岸に到達できるだろう。彼女たちさえ本土に帰還できれば、この防御戦闘は彼の勝ちなのだ。
だが、そんな乃木の目論見を、上空から低空で飛来するヘリの機銃掃射が打ち砕く。
頭を上げられぬほどの銃弾を空からヘリが叩き込んでくるその間に、土煙を立てて装甲車の群れが迫ってくる。
日本兵が射ちこんだ無反動砲が装甲車の一両に命中し、擱座する。だが、残る装甲車がそのまま突っ込んでくる。
「見透かされたな」
乃木は呻く。
こちらの手持ちの兵力が分隊規模しかない事に敵の指揮官も気づいたらしい。派手に弾丸をばら撒いたおかげで残りの残弾も心もとない。
(退くか)
当初の予定よりも早かったが、これ以上踏みとどまって戦うのは無理だった。
乃木は後方を見やる。彼の暗視眼鏡では撤退中の『栄』部隊の姿は捉えられなかった。無事に逃げ延びていればいいが。
唐突に夜空が照らされた。直上に光源が出現して砂漠を照らす。日本兵たちは反射的に目を覆う。
敵の照明弾だった。
夜明け前の砂漠が、光と影の陰影に包まれる。
前衛の兵士たちが、敵装甲車の蹂躙を受ける。装甲車の後部ハッチが開き、米兵たちが躍り出る。救援に向かおうとした日本兵たち目がけて、装甲車が機関銃を撒き散らす。
「くっ、分隊長!半分率いて離脱できるか!?」
乃木は自ら応戦しながら近くにいた伍長に怒鳴る。
「いけませんね、右も左も敵さんがわんさかいます!」
「だったら食い破るまでだ!逆襲に転じるぞ!総員付け剣!左側面の敵に向けて突撃用意!」
逆襲を命じた乃木の号令は激しいローター音に掻き消された。
敵のヘリが飛来していた。機関銃をこちらに向けた敵の銃手の姿まで見える。
乃木は八九式小銃を咄嗟に向けた。もはや、彼の銃には1弾倉分にも満たない残弾しか残されていない。
銃の照星と照門の間に、恐らくはこの世で見る最後の光景になる筈の敵を見据える。
勿論、5.56ミリしかない小口径のライフルで、ヘリと渡り合えるなどとは彼も思っていない。つまりは、敗北を確信した彼なりの、最後の悪あがきに他ならなかった。
不思議と死の恐怖は無かった。
いやむしろ、彼はこの瞬間をずっと待ち侘びていたような、そんな錯覚さえ覚える。
だから、引き金を引いた瞬間にヘリが爆発したのに乃木は唖然とした。
大爆発を起こしたヘリが破片を撒き散らしながら地面に急降下し、そこにいた装甲車諸とも爆散する。
ありえない。燃料タンクにでも当たったか?いや、馬鹿な。こんな小口径の通常弾で、ヘリの装甲を貫けるものか。
次の瞬間、乃木の周囲に次々と砲弾が降り注いだ。
乃木は反射的に地面に伏せる。
この世の全てが終わるかのような猛烈な砲撃。攻め寄せていた米兵たちが悲鳴をあげる。彼らの混乱が乃木にも伝わってくる。
まったく予想だにしなかった突撃破砕射撃を受けた米軍は潰乱状態に陥った。算を乱して後退していく米兵たちを、狐につままれたような面持ちで乃木は見送った。
「軍曹殿」
部下の伍長に肩を叩かれ、我に返る。
後方から一両の軍用車輌が近づいてくる。咄嗟に銃を向けようとした兵たちを乃木は制した。近づいてくるのは随分と年代物の装軌式装甲車だった。その正面に、日の丸が描かれている。
大量の迫撃砲らしき物を無理やり装備しているらしいその装甲車は、ガタピシと今にも分解しそうな動きで乃木たちの近くまで来て急ブレーキを踏む。
その装甲車のハッチが開き、顔を出した見知らぬ顔の兵士が怒鳴ってきた。
「乗れ!急げ!」
思考が追いつかず、ただ乃木の口が導かれるようにその車輌への乗車を命じていた。




