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35、魔女の口づけ

 モーテン・アルワースは陸軍入隊以来、10年以上も輸送ヘリの操縦桿を握り続けてきたベテランのパイロットである。

 今まで数多の兵士や物資を戦場に送り続けてきて、事故を起こした事はない。

 過去二度の不時着はエンジントラブルと被弾によるもので、それも制御不能に陥りかけた機体を立て直しての奇跡の生還と呼ぶべきもので、彼のパイロットとしての腕前に対する賞賛を集めこそすれ、批難されるべき内容では決してなかった。

 そのアルワースが、今日に限っては何故だか変調をきたしていた。

 まるでひどい熱病にかかってしまったかのように意識が集中できず、まるで二日酔いの朝のように頭の中がグルグルと回っているのだ。

 きっかけは、出所不詳の無線だった。

 応答を求める声にアルワースが応じた途端、彼の背にひどい寒気が走った。

『捕まえた』

 異国の言葉で告げられた言葉の意味は、彼には全くわからなかったが、ただそれを聞いた瞬間、彼は確かにその悪意を感じた。

 無線を通じて聞こえた筈なのに、まるで耳朶に吐息がかかるような錯覚を覚えるほどの生々しい声に彼は身震いした。

 何かを答えようとした彼の体に、何かがゾロリと入り込んできた。まるで金縛りにかかったかのようにアルワースの身体は動かない。

 動かない筈なのに、彼の意思とは無関係に彼の手が動き、アルワースの体に沁み込んだ熟練のヘリパイロットとしての本能が、勝手に操縦桿を操り始める。

 副操縦手のヒュームが騒いでいる。何かを叫びながら彼の手を必死に留めようとしている。

 止まらない。声が聞こえない。

 助けを求めようとするアルワースの気持ちと裏腹に、彼の腕がヒュームを殴りつけた。

 やめろ、やめろ。

 アルワースの体が何度もヒュームを殴りつける。

 必死に抗おうとしたアルワースの背後に誰かが立った。

 くすり、と悪戯っぽく微笑む少女の姿を感じた瞬間、アルワースの意識は断ち切られた。



 モーテン・アルワースの搭乗するチヌークは管制官や地上クルーの制止を振り切り、突如、エジリスタンの蒼空に舞い上がった。

 幾つも飛び込んでくる無線の声を無視して、チヌークは一路、敵兵たちの立て篭もる通信基地を目指して飛び去っていった。






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