1、第七十八義勇独立大隊
その日、アラビア海に面した埠頭に横付けされた輸送艦「三浦」から次々に吐き出されたのは、高射砲兵を中心とする大日本帝国第七十八義勇独立大隊の約1000名に及ぶ将兵たちであった。
上陸後ただちに整然たる行進隊列を組み上げた兵士たちは、彼らの雇い主の首都を目指して前進を開始した。
兵士の行く手には、沿道を埋め尽くすエジリスタン・イスラム共和国の民衆たちが溢れ返り、自らの国旗と共に白地に赤い円を描いた彼らの国旗を振り、アラーの名を唱え、大声で騒ぎ立てている。
日本兵たちの大半は現地民の言葉など理解していなかったが、彼らが熱狂的な大歓迎を受けている事だけはその肌身に感じとっていた。
無理もない。
彼らは半月近い時間をかけて遥か東の彼方からインド洋を越え、沖合いに浮かぶ多国籍軍艦隊の封鎖を強硬突破してこの見慣れぬ異郷の地へとやってきたのだ。
大量破壊兵器を有しイスラム原理主義テロリストたちを匿う世界の敵――そのように西欧列強から弾劾され、まもなく圧倒的な戦力差を誇る多国籍軍の集中攻撃を受けようという状況下において、今や存亡の危機に陥った彼らの国を救うべく現れた援軍に対して、国際的に孤立したエジリスタンの国民たちが――たとえ彼らが平素ならば殆ど国交のない異教徒たちだったとしても――粗略に扱う筈もなかった。
ましてや海の向こうからやってきた異教徒たちは、小柄な体に秘めた超人的な戦闘力で、アメリカやロシア、中国といった大国にも怯まず立ち向かい、時にはその大国の軍隊を打ち負かす魔法のような力を持った東洋の侍たちなのだ。
身勝手で理不尽な暴力を振りかざそうとする西洋列強に対する傭兵達として、これ以上にうってつけの存在はなかった。世界の紛争地域において、日本兵たちは時にその実態以上の高い評価を受けていた。
もっとも、いくら勇猛をもって知られる日本軍とはいえ、たかだか一個大隊程度の増援など、包囲する多国籍軍の戦力を考えれば何の気休めにもならないことは明白だった。
そう――現に彼らの任務は国境線にひしめく米英の機甲師団や、沖合いで上陸を窺う海兵隊どもと正面きって殴りあう類のものではなかった。
彼らは、同じ輸送艦に載せられて運ばれてきた〝主力部隊〟の槍となって敵を追い払い、そして敵の攻撃から主力を護衛する為の肉の盾なのだった。
炎天下を重装備で歩かされていた兵士たちの一人が、後方から聞こえた車の走行音に気づき、隣を歩く戦友に囁く。
「よぉ見ろよ、噂のお姫様たちのおでましだぜ」
兵士たちは一斉に、後方より迫る六輪の車輌へと視線を向ける。
彼らを叱りつけるべき立場である筈の、襟に軍曹の階級章をつけた下士官までもがその言葉につられるように足を止めて振り向いている。
端正だがどこか茫洋とした面持ちの軍曹の見つめる先に現れたのは、三菱製の野外用高機動車だった。特別な改造を施されているらしく、鋭角的な車体の上に幾つものアンテナが乱立している。
だが、兵士たちの視線は高機動車を素通りしてその後方に続く車輌に注がれていた。こちらは別段、珍しいものではない。日本軍兵士なら誰もが必ず一度は乗り込んだ経験のある、トヨタ製の3トン半トラックであった。
だが、その何の変哲もない3トン半により運ばれていく積荷たちこそ、兵士たちの注目の的であり、この度、特別に編制された第七十八義勇独立大隊の〝主力〟に他ならない事を兵士たちは既に噂で知っていた。
巻き上げられた後部の幌の奥、荷台部の両端に据えられた座席に腰かけているのは、筋骨隆々たる屈強な兵士たちでもなければ最新鋭の秘密兵器の類でもなかった。
兵士にしてはあまりに小柄で華奢な体躯の持ち主たち――女性兵士、それもまだ年若い少女たちが迷彩服姿で移送されていたのだ。
勿論、軍隊組織の末端に過ぎぬ多くの兵士たちは彼女たちの正体が何者であるかなど露知らず、ただ戦場を同じくすれば彼らに勝利と生還をもたらす幸運の戦乙女として、口伝てに噂される出何処不詳の戦場神話としてそれを認識していた。
男どもの好奇と畏怖の入り混じった無遠慮な注目を無視するように座っていた少女たちの一人が、不意に荷台の外へと目を転じた。
彼女の視線の先には、ちょうど立ち止まり足を止めていた軍曹がいたおかげで、はからずも二人は見つめ合う形となった。
健全なる男性である彼としては残念な事に、少女の顔立ちの美醜までははっきりと見極めることはできなかった。
別段、何かを意図して見やってきた訳ではないのだろう少女は、すぐに興味を失ったように軍曹から瞳を逸らしてしまっていたし、3トン半は、土煙だけを残して一瞬で彼の横を通り過ぎてしまったからだ。
巻き起こる砂埃に噎せた兵士たちが悪態をつく。
彼自身も汚れた顔をしかめて咳き込みながら、軍曹は部下たちに行進を再開するよう命じた。彼らの目指すべき首都はまだまだ遠い。
そして当初予定されていた車輌による移動はお預けのまま、半ば演出的にすぎるこの炎天下の徒歩行軍は、歓迎する現地民たちが飽きるまで延々と続く羽目になりそうだった。