小さな罰
喧嘩の原因はたいしたことじゃない。せいぜい彼が靴下を適当に脱ぎ捨ててそのへんにほったらかしだった、ってことくらい。
でも、それをちゃんと洗濯に出してくれと言った私に対する返事が我慢ならなかったんだ。
「いいじゃん、それくらい。たいしたことないだろ?」
たいしたことないなら、自分でやれっつーの!
そう言い返すと、彼はもうソファの上でリモコンをいじりながら野球中継に夢中になって聞こえないふりしてる。
ああもう腹が立つ。
彼はなまじっか弁が立つから、私はどうしても口げんかで勝てない。
しかたなくぶつぶつ文句を言いながら黒いビジネスソックスを洗濯機に放り込んだ。白だと手洗いしなきゃいけないけど、黒い靴下はその限りじゃない。ましてや、こんな腹の立ってるときじゃ、靴下に罪はなくても当たり散らしてしまいそうだ。
頭を冷やすためにそのままお風呂に入って出てくると、ソファで彼がいびきをかいていた。
この、子供っぽい男をどうしてくれよう。何の悩みもないような顔して惰眠を貪っているのがなんだか腹立たしくなってくる。
働いてるのはお互い様なのになあ! 皿洗いくらいしろよ!
だんだん腹が立ってきた私は、小さな罰を彼に下すことにした。
*****
喧嘩の原因はたいしたことじゃない。たかが靴下を脱ぎ捨てたことくらいでそんな目くじらたてることないじゃないか。
ぎゃんぎゃん怒ってるから聞くのも嫌になって野球中継のテレビに逃げた。あいつは怒りながら靴下を拾って洗濯機へ持って行き、そのまま風呂に入ってしまったらしい。俺は野球中継に意識を向けて----
そのあと、寝落ちしたらしい。
「朝だよ!」
彼女に起こされると、そこはリビング。どうやらゆうべはあのまま寝てしまったらしい。見るとソファで寝ていた俺に毛布が掛けてあった。けれど、そんなことに構えないほどに時間はぎりぎりだった。あわてて洗面所を使い、着替えて外へ飛び出した。
出がけに彼女が何かを言った気がするが、あわてていたのでそれどころではなく家を出る。
会社に着いてデスクで鞄を開けたら----
「うお!」
どうやらぎちぎちに詰め込まれていたらしい、彼女のぬいぐるみがたくさん入っている。
何の嫌がらせだよ、これ!
ぬいぐるみをかき分けて鞄の中を漁ると----
『夕べの教育的指導です。ちゃんと全員連れて帰ってくるように!』
なんて書かれたメモが入っていた。
家に帰ってから彼女に不満を漏らすと、
「あら、ちいさな罰でしょ?」
と悪びれずににっこりと笑った。
でも夕食が俺の好物ばかりだったことは付け加えておく。そこで彼女が鬼に徹しきれないところに心の中で笑ってしまった。
こうやって俺たちは、少しずつお互いを知って、喧嘩して許し合って夫婦になっていくんだ。