経験と価値
お読み頂いている皆様、本当に本当にありがとうございます!ようやく仕上がりました…遅くなり、申し訳ありません!
キィ…キィ…
鉄と鉄の擦れあう、甲高い音が耳に響く。
間違っても美しい音色とは言えないが、懐かしいその音に、自然と口角が上がる。
そして――
「うごふっ?!ほがあぁぁ!!」
口に入り込んだザリザリッとした食感の異物に、俺は未だかつてない瞬発力を発揮して飛び起きた。
「おや。ようやく目が覚めましたか」
目を開いて最初に映ったのは、両手に小山ほどの砂を持った神子様。瞬時に口の中の異物の正体を知り、盛大に吐き出す。
「アホか!気ぃ失ってる相手に砂かける奴があるか!鬼か!」
「神子ですけど」
違う。そーゆう事言いたいのと違う!
「水がなかったんです。仕方がないでしょう」
「こういう時こそ神業使えよ。俺の村250号を水没させたあの見事な水量を創り出してみせろよ!」
「このフィールドを破壊しろと?嫌ですよ、面倒くさい。作り直さなきゃいけなくなるじゃないですか」
「は?フィールド、って…」
周囲に目を走らせ、次々と視界に映る見覚えのありすぎる光景に思わず息を飲む。ここは…。
「こう、えん…?」
「はい。貴方が創り、僕が惑星に作った、あの公園です」
砂を指の隙間から落としながら、神子様はさらりと言う。感触が良かったのか、砂場にしゃがみこみ、もう一度砂を持っては落とす事を繰り返す。その様子は好奇心旺盛な子どもそのもの。和む。……じゃ、なくて。
「はぁ?!惑星…って、どういう事だよ?全然意味がわかんねぇよ!」
いや、正確に言えば惑星の意味は分かる。大方、神子様が学校から支給されたという、今回の課題で使っているミニ惑星の事だろう。このミニ惑星に「世界」を創造する事が今回の課題であり、創造が苦手な神子様は、俺の創り出したジオラマを真似しながら、ミニ惑星に着々と世界を作り出してきた。神子様の手の動きに合わせて惑星内の土や木が意志を持つように動き、様々な形へと姿を変えていく様子はなかなか面白いものだったが、それは工作でも作っているような感覚で、実際模型みたいなものだろう、と思っていた。それなのに…。
自分がその模型の中にいるとか、意味が分からない。というか、何故俺は気を失い、ここに居るのか。著しく身の危険を感じるのでご説明頂きたい!
「課題も半分まで進んだので、ちょっと惑星に転移して状況を確認しに来たんですよ。今回の課題は『生物に適した環境を作る事』ですから、実際環境が整っているか、確認しておきたかったんです。少し危なかったですが…見たところ問題は解消されたようですから、大丈夫ですね」
俺を見てニコリと笑う神子様。
怖っ!気を失ってる間に何があった?!というか、勝手に人を実験台にするとか、ひどすぎやしませんかね?!
「一体俺をなんだと…」
「ちゃんと万が一の予防策は立ててましたよ。
一応、息抜きも兼ねて連れてきたんですし」
「…は?」
上手く言葉の意味が理解出来ない。何?今、この80%は腹黒鬼畜(20%は破壊バカ)で出来ています、な神子様は何て言った?
「憩いの場所なのでしょう?たまには休んでください」
にこり。
「うぉあああ!鳥肌が!!鳥肌が止まらないぃぃ!誰だよお前!頭でもおかしく…あたーっ!」
笑顔のまま思いっきり足を踏まれ、段階的に増す重力に足の骨がミシッと音を立てる気配がする。
「砕きますよ?」
「スミマセン」
やっぱり神子様は神子様でした。
「そんなに長い時間いられるわけでもないですから、休むならとっとと休んで下さい」
溜め息混じりにそう言われ、俺は頭をかきながら改めて周囲を見回す。
住宅街を遮るように、ぐるりと円形に立ち並ぶ木々に囲まれた、こじんまりとした空間。
砂場、鉄棒、滑り台、タイヤの跳び箱など、様々な遊具が近すぎず遠すぎず、一定の距離を置いて立ち並ぶ。自分が創った物に、こうして実物として触れられるというのは、ちょっと感慨深いものがある。
「これは何です?」
神子様が地面に向かって垂直に伸びる2つの鎖を握って尋ねてくる。
まさしくそれは、つい先ほど完成させたばかりの遊具だ。
「"ブランコ"ってやつ。そこに座って遊ぶんだ」
俺が発泡スチロール素材で作っていたその台座を指差すと、神子様は首を傾げる。
「座って何が楽しいんですか?」
「何、と言われるとな…。楽しみ方は人それぞれだし。思いつくまま試してみたらどうだ?」
そう返せば、神子様は非常に難しそうな顔でブランコを見つめる。はて。そんな難しい事を言ったつもりはないのだが。
「…想像するのは、苦手です」
ぽつりと呟く声が聞こえたかと思うと、神子様は顔をしかめながら勢いよく台座に座る。
しかし、多大なる警戒心も同時に発揮し、前半分だけに腰かけるという暴挙に出たがために、斜めに傾いた台座によってゴロリと前のめりに転がされてしまう。
どうしよう。いっそ笑ってやった方が神子様のためだろうか。
「あー…」
「消え尽くして下さい」
「それ俺どんな状態?!」
怖すぎる照れ隠しに恐々としながら手を差し出せば、仏頂面ながらも神子様は黙って腕に掴まって立ち上がる。見たところケガはしていないようだ。
「神に昇格した暁にはブランコを世界から抹消しましょう」
…代わりにプライドに大きな傷を負ったようだけれども。
「待て待て。まだブランコの良さを何も分かってないだろーが。もう一度頑張れよ。モノとだって対話を重ねれば分かり合えるはず!」
「モノはしゃべりません」
「分かっとるわ!その残念なものを見る目やめろ。…そうじゃなくてだな。分かろうとする努力をしろ、って話だよ。そんな簡単に何でも壊そうとしてたら、モノの価値が分からなくなるぞ?」
冗談と日頃の恨みつらみを兼ねて皮肉を言えば、神子様は目を大きく見開いてじっと俺を見る。…少し言い過ぎただろうか。
「…驚きました。まさか貴方にまでそんな事を言われるなんて」
「は?」
「前に、先生に言われたんです。『自分が壊すものの価値が分からないのは破壊神として致命的だ』って。ですが」
神子様は公園内へと視線を移し、ゆっくりと一つ一つの遊具を眺める。
そして最後に自分の手のひらを見て、深く、長いため息を吐いた。
「僕には、ここも、何もかも、『いつかは壊すもの』で、瓦礫の塊にしか見えないんです」
一瞬、時が止まったように空気が張り詰めて。
手足の動かし方が、呼吸の仕方が、分からなくなる。
「どうしたら、価値が分かるんでしょうか?」
困ったように、寂しそうに笑うその小さな子どもに、かけるべき言葉があるはずなのに。
―――キィ…キィ…
錆びた鎖の揺れる音がする。
反射的に背後を振り返り、その姿を目に写す。
どこにでもある、ありふれた遊具。
他人にとってはただそれだけの物かもしれない。
けれど、自分にとっては、何よりも価値があると言えるもの。
…ようやく、息が出来る気がした。
「だから、言っただろ。分かろうとする努力をしろって。自分が壊そうとしてるものが何なのか、知ろうとすればいいんだよ」
神子様の腕をとり、ブランコへと座らせる。今度はちゃんと、台座の真ん中に。
呆気にとられて瞬きを繰り返す様子に苦笑しつつ、俺は神子様の背後へと回り、鎖を掴んでゆっくりと揺らす。
そして、一つ深呼吸をして話し出す。ありふれた日常の中の、ささやかでちっぽけな昔話を。
「前に公園が憩いの場って言ったけどな、実のところ、俺が公園で遊んだ事は一度しかない」
「え…?」
話題転換にか、内容にか、神子様が思わずというように後ろを振り向く。
艶やかな黒髪と、黒曜石のように鋭い輝きを放つ真っ黒な瞳。
幼い頃の俺は、その色が欲しくてたまらなかった。
「この髪と、目の色のせいで、俺は子どもの集団に溶け込めなかったんだ」
光に透ける淡い金髪と、空色に近い青い瞳。
今でこそ国際結婚も帰国子女も大して珍しくもなくなっているが、俺が幼い頃はまだまだ少数派で、珍獣扱いだった。おまけに移住先は移住先で訛りの酷い地域だったから、ただでさえ日本語が危ういのに、相手の言っている事が理解できるはずもなく、コミュニケーションは大いに支障をきたしていた。
結果、友人らしい友人も出来ず、子ども同士の縄張り争いが頻発する公園に足を踏み入れる事など、恐ろしくて出来なかったのだ。
「いつかあの場所に、って思いながら、ずっと公園で遊ぶ自分を想像してた。それが叶ったら、周りに受け入れてもらえる自分になれると思ってたんだ」
今思うと笑えてしまう。何もしないでじっと待っているだけでは、現実が変わるはずもないのに。
「でも、叶えたんですよね?…一度だけ」
崩れそうになるバランスを鎖を握って保ち、律儀にこちらを向いて話す神子様に思わず口元が緩む。その様子があまりにも、かつての友人によく似ていて。
「あぁ。道で迷子になってる奴に会ってな。強引に連れ込まれたんだ」
「連れ込まれるって…」
「妙な奴だったんだ。迷子のくせにちっとも困ってそうじゃなくて。むしろ嬉々とした表情で公園に突入してなぁ。すごかったぞ。何言ってるかは聞きとれなかったが、ブランコ独占してたガキ大将集団を言い負かしてな。大人しく整列させたりして…」
改めて口に出すと、何とも変な迷子だ。強引に斜め上の行動をつき通すこの感じ。神子様たち神界の住人に似ていなくもない。…いやいや、まさかそんな。
「どうしました?」
「…いや、何でもない。とにかく、その流れで一緒に公園で遊ぶ事になってな。ほとんど連れ回されてたようなもんだったんだが……でも、楽しかったんだ」
外見だとか、言葉だとか、そんなものは関係なく。自分が手を伸ばせば誰かと共に楽しめる時間は作りだせるのだと、そう、教えてくれた。
「その後、俺が想像してたみたいに何かが劇的に変わったわけじゃない。けど、自分から周囲と関わっていく努力をしてみようと思ったんだ。――その結果が、今の俺だな」
「無遠慮な口達者になったわけですね」
「…もっと他に言いようがないのか」
「他の表現を知らないもので。でも…ここが貴方にとって特別な場所だという事は分かりました」
再度神子様は公園内へと目を向ける。
景色は何一つ変わっていない。
けれど今、神子様の目に、ここはどんな風に映っているんだろう。
「…なぁ、神子サマ。この公園に、価値はないと思うか?」
鎖を揺らしていた手を止め、神子様の背へと問いかける。
ぴくりと、小さな肩が微かに揺れて。
「―――いいえ」
細い首が躊躇いなく左右へと振れた。
「…なら、大丈夫だ」
神子様の背にぐっと力を込め、茜がかった空へと押し上げる。かつて俺の見た、大きく広がる世界の景色が、その目に映るように。
「そうやって、人の想いに心を傾ける事が出来るんなら。いつかきっと神子サマは価値が分かるようになる」
今の神子様は、他の人よりも、色々な経験が不足しているのだと思う。
目の前にあるものを"いつかは壊すもの"だと見切りをつけていたために、それを自分にとって価値あるものに変えていく経験をしてこなかった。
価値なんてものは結局、自分で決めるもので。見て、聞いて、触って、感じた事が自分にとっての価値を決めていく。誰かにとってはありふれた公園が、俺にとってはかけがえのない場所となったように。
もしも神子様が価値の意味を知らないまま破壊神になったなら、きっと世界は欠片も残らないだろう。大切なものを持たず、壊される痛みも知らないやつが、破壊を躊躇う理由なんて、何一つないんだから。
神子様の先生が致命的なんて言ったのも頷ける話だ。誰がそんな無差別破壊バカ、神サマとして敬うというのか。それ以前に生命体の生存自体が危ぶまれる。
まったくもって、危険な爆弾ばかり抱えこんでいるお子様だ。こんなスケールのでかすぎるお悩み相談、俺には荷が重すぎる。
せめて、将来の危機を回避できそうだという結果を得られただけ良しとしよう。
他人の価値観に共感できるのは、自分の価値観を持っている証拠だから。
それを引き出して理解していけば、神子様は変わっていける。
「一人で納得したような顔しないで下さい。腹立たしい。『いつか分かるようになる』とか投げやりすぎでしょう。もう少しまともな回答ができないんですか」
「…こういう時こそ人の心覗き見スキル発揮しろよ。せっかく上手くシメたのに、台無しじゃねーか…」
「おや珍しい。読んで良かったんですか」
「いえ、スミマセン!思えばあんまり読まれたくなかったような気もします!!」
うん、読まれなくて良かった!ちょっと感慨に耽って語っちゃった気もするからな。知られたら恥ずか死ぬ!
「どうぞもう1度存分に語って下さい」
「読むなっつの!」
遠心力によって戻ってきた憎たらしい背を怒りを込めて押そうとすれば、神子様自身の漕ぐ力によってスルリとかわされる。この短時間で既にコツを覚えたらしい。
「冗談ですよ。貴方に回答を求めるくらいなら、相談サイトで回答を募集します」
笑いながらそう言う様子は、人をからかっているようで、――気にするな、とでもいうようで。まったく、本当に、いちいち厄介な子どもだ。
「だから、そういうのを見直せ、つーの。ネットに頼るのもいいけど、自分で考えて答えを出す経験をすんのも大事なんだよ。
苦手だ、つってた想像だってな、考えてもわかんねー事をわかんねーわかんねーって、しつこいくらい考え続けるとこから始まんだよ。そうして出てきた答えを試すために色んなもんを創り出すんだ。
…だから、俺に頼らなくったって、神子サマ自身でいくらでも創造をする事が出来る。そんでそうやって創り出した物が、神子様にとっての価値ある物に変わってくんだ」
俺のジオラマ作りだって同じだ。根本には自分が見たり聞いたりしたものがあって、そこから想像を膨らませる。そして、ああでもない、こうでもないと試行錯誤しながら想像したものを現実に創り出していく。そうやって創り出した物には当然愛着が湧くし、壊されたらしばらく立ち直れないくらい凹む。
規模の差はあっても、あらゆる創造物は想いの塊で出来ている。神子様の「世界創造」という課題は、もしかしたら、未来を担う神サマ達が、それを学ぶための課題なのかもしれない。
「…なるほど。興味深い回答です」
神子様は空のど真ん中で何の躊躇いもなく鎖から手を離すと、台座を軽く蹴って地面へと音もなく降り立った。そのままくるりと身体を回転させ、不敵な光を宿した黒瞳でまっすぐに俺を見据える。
…なんだかとっても嫌な予感が…。
「では、ちょっと付き合って下さい。僕なりにこの公園で経験を積んでみようと思います」
にこり。
完璧すぎる爽やか笑顔に、ゾワッと、全身に鳥肌が立つ。
「おぉ…そうか。気の済むまで大いに楽しんでくれ。それじゃ、俺そこのベンチで休んでるから…」
「まぁ、そう言わずに。久しぶりの公園なのでしょう?一緒に楽しみましょう」
「いや、俺が遊ぶには遊具が小さすぎてだな…」
「大丈夫です。貴方が遊ぶのではなく、僕が貴方で遊ぶので」
「え。今何て言った?ちょっと300秒目を瞑ってからもう1回言ってみろ」
全然まったくひと欠片も大丈夫な要素がない。よし。逃げよう。そうしよう。
「駄目ですよ。この公園で価値ある経験を積むには、貴方が必要なんですから」
心を読んだのか、先読みしてか。神子様がそう言って俺の手を掴む。
こちらを見上げる嘘くさい笑みを見れば、どうせロクでもない目に遭わされるのだろうけれど。
――悪くは、ない。
自分の大切な場所が、誰かにとっても大切な場所になるのなら。その手助けを自分が出来るのなら。それは、それで。
「誠に光栄です」
ため息混じりに空を見上げれば、一番星が煌々と輝いていた。
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「…あたた…。くそ、あの腹暗黒ガキ…課題より先に人として大切なものを取り戻す旅にでも出ていった方がいいんじゃないのか…」
公園で過ごした翌日。
俺は動く度キリキリと悲鳴を上げる手足の前に、なす術もなく生ける屍となり果てていた。
要するに筋肉痛である。
普段使わない筋肉の酷使に、身体が耐えられなかったのだ。
何で公園で遊んだ程度で筋肉痛になるかって?こっちが聞きたい。アレでならない奴がいるのかと。
初めは良かった。一つ一つの遊具の遊び方を確かめるように神子様が自分で試しているだけだったから。しかし、そうしている内にどうやら想像スイッチが入ったらしい神子様は、遊具を改造し始めた。伸び縮みする鉄棒、ジェットコースターのような滑り台、迫りくるタイヤの跳び箱、360°回転の止まらないブランコ…。
パークはパークでも、あんなデンジャラスパーク、誰も行かない。スリルって、安全が確保されてるから楽しいんですよネ。
「失礼します…まだ調子悪いんですか?」
ノックの音と同時に返事も待たず暗黒様が入ってくる。えぇ、悪いですとも。こっちはフツーのひ弱な一般人なんでね!
「歳ですかね」
「よし、地べたにダイブしろ。2、3本歯を折ってマヌケ面になるがいい」
「へぇ?それがいい大人の言う事ですか」
「あだだだだた!やーめーろー!!」
神子様は俺の背に乗り上げると、両足を脇に挟んで持ち、エビ反りにする。こんな古典的な技、どこで何のために覚えたんだ!
「くっ…何か用事があって来たんじゃないのか?さっさと用件を言え」
ここで弄りにきましたとかいう返答もありえそうで、この子ほんと怖い。
「あぁ、そうでした。もう1つ用事があったんでした」
やっぱりか。やっぱり君は外道の申し子なのか。いいから、忘れてましたとかすっとぼけてる暇があったらとっとと上からどきなさい。お兄さん若干意識飛びそうだから。
「すみませんが、今日も働いて下さい」
「はぁ?!今日は休みでいいって、今朝言ったばかりだろうが!」
ついに体調を慮れるようになったのかと、感動すらしていたというのに。何という裏切り。まぁ、先ほどの仕打ちでその感動は粉々に打ち砕かれていたけれども。
「そうなんですが…少し、不手際がありまして」
「不手際?」
「昨日の惑星、時間軸の調整をまだしていなくて。というか僕の力だけでは出来ないので、専門家と協力して調整するのも今回の課題の1つで、予約待ちだったわけなんですが」
「…つまり、何だ」
「要するに、あちらでゆっくり過ごしすぎて、今日は課題提出の半月前になっています」
「………………え?」
頭の整理がつかない俺の前に、神子様がネットスケジュール表の画面を差し出す。そこでは、1から30までの数字が並ぶ、縦横7×5マスの升目のちょうどまん中が、鮮やかなオレンジ色で塗り潰されていた。
「あと15日しかないじゃねぇかぁぁぁ!!」
未だ背に乗っていた神子様を振り落とし、勢いをつけて立ち上がる。足元が頼りなくぷるぷる震えている気がしなくもないが、我慢だ我慢。頑張れ!俺の筋肉!
「こんなとこで遊んでる場合じゃねーだろ!作業場行くぞ!」
転がっている神子様を引っ張って立たせ、手を掴んだまま部屋を飛び出す。痺れるように全身を迸る激痛に走る事を断念し、早足で玄関へと向かう。作業場が家のすぐ隣で本当に良かった…!!
「貴方が困るわけではないのに。本当、バカみたいに生真面目ですよね」
「何か言ったか?…うわっ!」
作業場の扉を開けた瞬間、膝の後ろを神子様の手で思いっきり押される。ただでさえ微妙な力加減で俺の身体を支えていた足は、抵抗する力もなくガクリと前のめりに倒れていく。だから…!どこでこういう技を覚えてくるんだ?!
「そんな状態で何が出来るんです。別に、貴方にジオラマを作ってもらおうなんて思っていません。日数的にも、そう手間はかけていられませんし」
「手間を省くのは賛成だが…それじゃ、どうやって創っていくんだよ?まだ一人で創り出すのは無理だろう?」
昨日少しは想像力を磨いたようだが、まだ想像を形にする創造力は、芸術的に残念レベルなはずだ。
「貴方が見てきたものや、創り出そうとするものを教えて下さい。それを僕が、形にしていきます」
「!」
「それくらいなら、きっと、出来るはずですから…」
小さな身体が、腕を捲って大きな惑星の模型の前へと進む。
壊す事しか知らなくて。想像する事が苦手で。人の創造力を借りなければ、創造出来なかった神子様。――けれど、今は。
「まぁ、貴方の説明が下手すぎると、どうしようもないものを創り出す可能性が大ですが」
「俺のせいかよ!」
相変わらす減らない口に怒鳴り返しながら、力を振り絞って神子様の隣の椅子へと腰かける。
いつもの、定位置。お互いの技術が見える、その場所で。
「せいぜい、創る価値のある話をして下さいね」
「そっちこそ、俺の想像を上回るようなものを創り出してみせろよ」
今日も、神子様と俺は世界を創造する。
【終わり】
と、いうわけで(?)、お題は「子どもと公園好きの大人」でした。ありがとうございました!!