7.魔動力生命体
出発準備完了まで残り12分―――。
ここは飛空挺の甲板。
そこに一人、自分の身長ほどもある銃を構えるフードの少年、シン=トラングル。彼はファミラリアス盗賊団の諜報・工作係であり狙撃手である。
一見、黒いフードに鼻まで隠れる黒いマスク、切れ長の鋭い眼は無愛想をそのまま具現化したような見た目で(実際そうなのだが)初対面の相手ならば多かれ少なかれ警戒することだろう。
だが、そんな彼に仲間達はとても重大な役目を与えた。
飛空挺を大砲の砲弾から守る。
簡単に言ったがそれこそそれなりの実力を求められる役目。それに彼は細長い銃一丁でこれらから守ろうと言うのだ。
「……ふん…」
一…二……全部で五台か…。
ジャキッっとシンは暇な時に手入れをする時のように銃を構える。
それと同時に黒く光る砲弾がもの凄い勢いで打ち込まれてきた。だがそれは中途半端のところでその爆発音が響き渡った。
騎士達の方から見たらただ失敗したようにしか見えなかっただろう。だが違う、シンがその細長い銃で撃ち落したのだ。
風向き、距離、砲弾スピード、様々な計算のもとやっとできる業だった。
情報をよみ、戦局をよみ、空気のように気配を消す。これらのことから、西の大陸でシンは「風詠みの神」との異名で知られていたりもする。他の仲間にも異名はあるのだがそれはまた後で説明しようと思う。
それからもシンは王国騎士達の砲弾をことごとく打ち落としていった。
仕舞いには弾切れらしく、それにもはや痺れを切らした王国騎士の隊長らしき人物が怒鳴りだした。
「ええい、役立たずどもめ! もういい「あれ」を打て!」
王国騎士の集団の動きが一瞬止まる。
「―――は、はっ!」
しかしそれだけだった一人の返事と共に全体が忙しく動き出した。遠くで良く見えないが、後ろの方からまた新しく大砲が顔を出す。
ただ一つだけ違う所があった。その大きさである。
今まで使っていた大砲の3倍はあるんじゃないかと言うほどの大きさだった。
大きさが変わった所で何も変わらないとシンは思ったが、それは違った。それから放たれた砲弾は飛空挺の遥か上空。
打ち落とす必要がないと思い眺めていたらその砲弾に異変が起きた。
砲弾は命が宿ったかのように動きだし人型に変化をしだした。
「……魔動力生命体…?」
魔動力生命体とは名前の通り、魔法の力で動く生命体である。
それは物であったり、動物であったり、魔物であったり…。
儀式さえ行えばどんな「もの」であろうと魔動力生命体にすることが出来る。
見るからにしてこれは多分石に魔力を注入したものだろう。
そいつは眼、口、足、手…物質からできた魔動力生命体にしては芸が細かい。まさに「石の巨人」だった。
その命を持った石の塊は飛空挺に豪快に着地した。
その下ではリュウとランスが騒ぎガーレスに怒鳴られる声が聞こえる。
「てめぇら!! シンを信じて飛び立つ準備でもしてやがれ!!」などという絶対シンに聞こえるように言ったとしか思えない声が。
シンは小さくため息を吐き、自分の身長ほどもある銃を二つに折り、背中に担いだ。
そして腰からは二丁の拳銃。
「……面倒くさい…」
言い終えると同時にシンは三発の弾丸を「石の巨人」に打ち込んだ。
効果は乏しく、石が数センチ削れる程度である。このまま奴をサラサラの砂になるまで打ち込んでも良いのだが……やっぱり弾丸が勿体無い。
狙うならばやはり魔動力の部分「核」だ。
魔力を注入する時には必ず核が必要だ。それに魔力を定期的に注ぐことによってそれは生きながらえることが出来る。つまりそれを破壊すればどんな強力な魔動力生命体でも一溜まりも無い。
問題は「それがどこにあるか」なのだが……。
奴は飛空挺を壊すより先にシンを標的に定めたらしい。
徐に人間で言うと手にあたる部分をこちらに突き出した。
その瞬間、シンは何かに気づいたように横に飛ぶ。
ダンッダンッ
二発の石の塊がさっきまでシンがいた場所を通り過ぎた。そして避けられたことも気にせずシンに向かって石の塊を連射する。
このままでは核を探し当てる暇も無い。
しかもその飛んできた石の塊は元通りにこの「石の巨人」の手に戻っていた。
シンは黙って「石の巨人」を観察している。
多分、核は人間で言う頭か心臓にあたる部分に付いているはず……。
だが、そこを銃で狙っても少し削れる程度。その間この攻撃を避け続ける体力はシンには無い。
速攻で決めなければ倒すどころかこっちがやられてしまう。
仲間は呼べない。信じられているんだ、ここは俺がやらなければ。せめて場所さえ分かれば体の堅さは対処できる。
「石の巨人」は尚も打ち続ける。
石弾の発射スピードは脅威だが本体は鈍い。
シンは一気に間合いを詰める。シンは「石の巨人」の顔面に零距離で射撃しようとした。もちろん無駄だと分かってだ。
だが今まで動きが鈍かった「石の巨人」はその巨体からは信じられないほどのスピードでシンを弾き飛ばした。
幸い地上に投げ出されることは避けれたが、右腕に直撃したみたいだ。思うように動かせない。
だが、奴の核がどこにあるか分かった。
シンは自分のポーチから緑色に輝く弾丸を取り出す。
「……使いたくない…」
シンが持っているのは、風の魔力が込められた弾丸。剣や槍とは違い、銃は使う弾丸に魔力を込めなければならない。それ故、狙撃手は金がかかる。
ちなみに飛空挺等の魔動力炉には火の魔力が注がれている。
そしてシンは消えた。次の瞬間には背負った細長い銃を降ろしている。
「……終わり…」
刹那―――。
と言うには速すぎるかもしれない速さでその弾丸は石の巨人の頭を意図も簡単に貫通した。
もちろん普通の弾丸では貫通なんかせずに弾かれて終わりだった。
それを可能にしたのが風の弾丸から繰り出される「瞬く弾丸」である。
核は口の中にあった。性格に言えば頭に。
奴は中が空洞で出来ていた。おそらく何十キロも纏わせたまま動かせるほどの魔力を入れてなかったのだろう。良く見れば着地した時の衝撃が体の割りに小さかった気がする。
相手を近づかせないために石の弾丸を撃ち。顔に近づいたときにだけは動きを早くなるようにしておき(魔力の節約のため)。そして細部までこだわっていたのはそれを隠すため。
よくよく観察すれば良く考えられた。そして欠点だらけの魔動力生命体だった。
そして、石で出来た魔動力生命体は地面に崩れ落ちる。ただの石と化して。
「……ミッション…コンプリート…」
出発まで残り0分―――。