01 違和感
車に戻ると海斗と世奈が車の側で話していた。泉と沙菜の姿を見ると世奈はすっと立ち上がって沙菜と目を合わせないうちに車に乗り込んだ。
「沙菜も一緒だったのか」
フォローするように海斗が二人に話しかけてきた。世奈は沙菜の話をしていたんだろうか。
「あぁ、待たせたな」
泉はそう言って運転席へ向かった。沙菜も助手席のドアを開けた。沙菜が乗り込む前に海斗がポンっと沙菜の背中を優しく叩いてから後部座席に乗り込んでいった。
やっぱり何か聞いたんだな―――
沙菜はそう思いながら車に乗り込んだ。
「世奈は今日、どうするんだ?」
車に乗り込むと泉が世奈に尋ねた。世奈は窓の外を見たまま、
「……泊まるよ」
と、だけ気だるそうに答えた。沙菜はさっきの世奈の態度から今日泊まるとは思っていなかったので、少し驚いてちらっとルームミラーで世奈を見た。世奈はさっきまでとは違ってふてくされた態度を取っている。沙菜に怒っているのと、明るくする必要がなくなったからだろうか。
「じゃあまっすぐ帰るぞ」
泉はそう言って車を出した。
車内は先ほどまでと打って変わってしんと静まりかえっていた。世奈が言葉を発しなくなったからだろう。世奈は私たちのムードメーカーだ、と沙菜は改めて感じていた。
世奈は沙菜達のことを見ている。沙菜と泉、海斗と龍との出会い、今までのことをすべて知っている。当事者としてではなく一番客観的に見ているのは世奈かもしれない。
沙菜はまた窓の外を見ていた。夜の暗さで何が見えるわけではない。ただ流れる車の光などを眺めながら思いを巡らせていた。隣にいるのにどこまでも遠い、泉のことを。
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泉と沙菜が初めて会った次の週、今度は平日の学校終りに沙菜は桜病院に訪れた。学校は始まったばかりで部活も見学の期間。沙菜はどの部活に入るか決めかねていたし、慣れない新生活で気疲れもしていた。リフレッシュも兼ねて静香と世奈に会いたいと思って桜病院に来た。沙菜にとっての桜病院はそういう場所だった。
沙菜はまずはいつものように静香の病室へ向かった。
「静香ちゃ~ん!来たよ~!」
静香の病室へ入る。
「あら、沙菜。いらっしゃい」
静香もいつもの笑顔で迎えてくれた。
「学校帰り?」
「そうそう」
沙菜は鞄を下ろし、椅子を出して座った。
「どう?新生活は」
「う~ん、まぁまぁかな」
「まだ慣れないから疲れるんじゃない?」
静香は何故沙菜が来たのかすべてお見通しのように話を促してくれる。沙菜は静香のそんな促しに応じて高校のクラスの話などを始めた。静香は基本的に「うんうん」と相槌を打ちながら聞いてくれ、時折アドバイスをくれる。
「部活もさ、悩んでるんだよね。特に入部したい部活もなくってさ。でも、部活に入らないともったいない、って友達は言ってて……」
「別に無理して入る必要はないんじゃない?興味無いのに入っても続かないだけかもしれないよ」
静香はいつも沙菜の背中を押してくれる。
「そうだよね。だいたい、部活は中学で完全燃焼した感じがしててさ―――」
いつもの心地のいい時間が流れていた。
ひとしきり学校の話をした後、沙菜は、
「そういえばさ、この前あの若い先生と話したよ」
と、泉のことを話題に出した。
「え?……神浦先生?」
少し間があった後、静香はいつもの笑顔で聞き返した。
「そうそう。静香ちゃん、本当にあの人とちゃんと話せたの?」
「え?どういうこと?」
「なんかめちゃくちゃ感じ悪かったよ。私のこと、バカにしたような態度だったし」
「そうなの?私と話すときはいつもそんなことないけど」
静香の笑顔が少し引きつった。沙菜はそれに気付かず、
「ホント?私のこと、子供だと思ってバカにしてるのかな。ムカつく~!」
と、続けた。
「まぁまぁ、そんなことはないと思うよ」
静香は笑顔で沙菜をなだめた。
「そうかな~。あ、だってさ。ひどいんだよ?」
沙菜は泉と会った先週のことを思い返しながら興奮気味に続けた。
「私のこと、いきなり『沙菜』って呼び捨てにしてきたんだから!」
「……え?」
静香の顔から笑顔が消えた。沙菜はそんな静香の顔を見てようやく異変に気がついた。あまり見たことのない静香の驚いた表情だった。それに、心なしか悲しそうな顔にも見える。私、変なこと言った……?沙菜は焦りを覚えていた。
「静香さ~ん!沙菜!」
後ろから元気な声がしてびくっと沙菜は振り向いた。声をかけてきたのは元気よく病室に入ってきた世奈だった。
「沙菜が来てるって看護婦の塚本さんに聞いたから来ちゃったっ」
「いらっしゃい」
静香はいつの間にかいつもの笑顔に戻っていた。沙菜も笑顔を作って、
「あとで世奈のとこにも行こうと思ってたんだよ」
と、言った。
「私、もうすぐ回診だから、世奈と一緒に行ったら?」
「あ、うん。そうする」
静香の提案に沙菜は慌てて反応し、立ち上がった。
「静香さん、ごめんね。沙菜を奪っちゃって」
「大丈夫よ」
「じゃあ静香ちゃん、また来るね」
椅子を片付けた沙菜は静香に声をかけた。
「うん、ありがとう沙菜。またね」
いつもの静香ちゃんだ。さっきのは何だったんだろう。世奈が来ていなかったらどうなっていたんだろう……
「またね~!」
沙菜は世奈の元気な声と共に静香の病室を後にした。