06 距離感
「沙菜」
突然声をかけられて沙菜はびくっと反応して声の方を見た。
「やっぱりここだったか」
歩いてきたのは泉だった。
「……うん」
今まで泉と初めて会った時のことを思い出していたのですごく驚いた。その日の自分から抜け出せないまま沙菜は曖昧に返事をした。
「考えごとか?」
泉はそう言いながら沙菜の横に座った。三年前まで何度もそうしてきたように。
「うん…まぁね」
沙菜は桜の木から目を離さずに答えた。しばらく二人は無言で桜の木を見つめた。泉もいろいろ思い出したりしているのだろうか。
「終わったの?」
沙菜は泉に尋ねた。
「あぁ、無事に静香の入院手続きも済んだし」
「そっか。静香ちゃん、どう?」
「明日からまた検査だな」
「そっか」
二人とも大人になった。出会った時みたいにお互い皮肉を言うことも減ったし、たくさんの言葉を交わすこともなくなった。その代わり、言葉はなくとも無言で会話を交わしている気がしていた。それは年月がそうさせたのか今までの出来事がそうさせたのか、今はまだわからない。
「行くか。みんな待ってる」
泉はゆっくりと立ち上がって沙菜が立ち上がるのを動かずに待った。
「そうだね」
沙菜もそう言って立ち上がった。そして二人はゆっくりと車に向かって歩き出した。
「久しぶりだったんじゃないのか、中庭」
歩きながら二人はぽつぽつと話始めた。
「うん、桜病院自体久しぶりだよ。静香ちゃんがアメリカ行っちゃって、世奈もほとんど入院なくなったから」
「そうだよな」
「これからはまた行くけどね。静香ちゃんのお見舞いに」
「そうだな」
「あんまり行かないで済むといいんだけどね」
「そうだな……」
静香は沙菜が高校の頃からほぼずっと入院していた。今までの日本での暮らしは桜病院が中心となっていた。日本では泉と一緒に暮らしたこともない。あの家で一緒に暮らす静香。沙菜にはまだ想像がつかなかった。
「さっき、世奈も一緒かと思ってた」
駐車場が見えてきた時に泉は言った。
「あぁ……うん、初めは一緒だったんだけどね」
「そうか」
世奈に謝らないと。謝ってもしょうがないことはわかっていても、沙菜のことを心配して怒ってくれたことに間違いはない。沙菜は気持ちをすっと正してみんなの待つ車へ向かった。