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愛人(アイビト)  作者: 弓原もい
第一章 再会
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04 出会い

 その日、高校生になって初めて沙菜は静香に会いに桜病院に向かっていた。沙菜と静香は「はとこ」だ。つまり、沙菜の母親と静香の母親がいとこ同士。普通の人は「はとこ」とのつながりなんてほとんどないのだろう。しかし、沙菜と静香は姉妹のように育てられた。


 沙菜の母親も静香の母親も兄妹がいない。二人の両親は元々体が弱く、子供は一人しか産めなかったのだという。

 母親達が子供の頃、沙菜の祖母が仕事をしていた関係で、沙菜の母親は静香の母親の家によく預けられていた。そこで二人は姉妹のように育った。


 それは二人にとっても同じことで、沙菜も静香も兄妹がいない。そして、二人も母親達と同じように姉妹のように育てられたのだ。


 沙菜が中学に上がった頃から静香は桜病院に転院して入院することが多くなった。今までいた病院より専門の先生がいるから、という理由だった。沙菜は少なくとも月に一度は静香のお見舞いに行っていた。病院で世奈と出会ってからはもっと頻繁に顔を出すようになった。


 沙菜は高校に入って新しい制服を静香に見せようと、休みの日なのにわざわざ制服を着て静香に会いに向かっていた。桜病院は最寄の駅から10分くらいの場所にある。駅から10分、といっても病院の前の上り坂がきつい。夏の暑い日や冬の寒い日は地獄で、沙菜はその坂が嫌いだった。


 その日もいつものようにその坂に差し掛かった。そこで沙菜は目を見張った。すごく綺麗な桜並木だ。その年は寒さが長引き、桜の満開は例年より少し遅かった。満開と宣言されたのは入学式のあったつい昨日のことだ。


 静香が桜病院に来て三回目の春のはずだ。それなのに沙菜が桜病院の満開の桜を見るのは初めてのことだった。そういえば母親にあそこの桜はすごい、と聞いていた気がする。「ふ~ん」と聞き流していたが、まさかこんなに綺麗だとは……。


 沙菜は桜を見上げながら坂を登った。新しい制服、綺麗な桜―――自然と胸が高鳴るのを感じた。

桜病院へと続くこの坂も悪くないじゃん、といつもより足取り軽く歩いた。


----------------------


 桜病院へ着くと、沙菜は一般外来を抜けて入院病棟へ進む。


「あ、こんにちは~!」


「沙菜ちゃん、こんにちは!あ、もしかして高校の制服?似合うじゃない!」


「へへへ~ありがとっ!」


 入院病棟ですれ違った看護婦さんと挨拶を交わす。沙菜は頻繁に桜病院へ顔を出していたので、顔見知りの看護婦さんが多い。一般外来専門の看護婦さんや医者の先生、別の入院病棟の医者の先生はさすがにわからなかったが、その他の看護婦さんや先生とはほとんど顔見知りだった。


 そのまま沙菜は静香のいる入院病棟の五階へと進んだ。静香の部屋は四人の大部屋で、静香のベットは窓側だ。


 部屋の前について部屋をノックしようとすると、ドアが開いた。


「わっ」


「あ、すみません」


 部屋から出ていたのは見たことのない若い男の先生だった。背が高く見下ろされる形となっていた。


「あ、いや、こちらこそごめんなさい」


 沙菜は会釈をして入れ違いに中に入った。若い先生なんて珍しい。桜病院の看護婦さんは若い女の人が多いが、先生はおじさんが多い。しかも見たことのない先生だ。沙菜が高校に入学したのと同じように、あの先生も四月からここに勤めることになったんだろうか。


「沙菜」


 そんなことを考えていると、静香に先に声をかけられた。


「静香ちゃん。来たよ~!」


「制服。よく似合ってるじゃない!」


「本当?ありがとっ!」


 沙菜はおどけてくるっと一周回って見せた。


「ブレザーなんだね。リボンもかわいいよ」


 静香は笑って褒めてくれた。


「わ、すごい!」


 沙菜はベットの横にある折りたたみ椅子を出そうとして、窓の外の景色が目に入り思わず声を上げた。


「ね、すごいでしょ?ここ、いい眺めなのよ」


 静香も窓の外を見て微笑んだ。窓からは中庭が見える。中庭には大きな木があって、その木は桜の花が満開に咲き誇っていた。


「あの木、桜なんだね」


「そうよ、知らなかったの?」


「うん」


 二人はしばらく桜の木を眺めた。沙菜は中庭がお気に入りで、静香とたまに散歩に出たり世奈と話したりしていた。そこでよく見ていた大きな木が桜の木だとは知らなかった。お気に入りの中庭がさらに好きになりそうだ。


「ね、そういえばさ、さっき部屋入るときにすれ違った男の先生、初めて見たんだけど」


 しばらく桜の木を眺めた後、沙菜は気になっていたことを聞いてみた。


「あぁ……」


 静香は心なしか嬉しそうに微笑んだ。


「四月からこっちの入院病棟の担当になった神浦先生だよ」


「やっぱり。見たことないと思ったんだ~」


「でも、去年から桜病院にはいるんだよ」


「え?うそ、知らない」


 沙菜は驚いた声をあげた。


「前に話したでしょ?夜に外で若い先生に会ったって」


「あぁ~そういえば」


 沙菜は記憶を手繰り寄せた。そういえば去年の夏ごろ、静香が夜に外に散歩に出たときに若い先生に会って話をしたと言っていた。若い先生なんて珍しいね~と静香と話していた記憶が蘇る。


「確か、一般外来の非常勤で来てたっていう?」


「そうそう」


「あ~そりゃ見たことないわけだ」


 沙菜は納得した。


「それが今年、入院病棟の先生に?」


「うん。元々こっちで働きたかったんだって。手術を担当したりしたいみたい」


「へ~」


「まだ見習いだけど、回診をしてくれるって」


「そうなんだ。おじさんよりいいじゃん」


「ちょっと沙菜、先生に失礼だよ」


 ふふふ、と二人で笑いあった。その話はそこで終わり、沙菜は面会時間ぎりぎりまで静香の横で過ごした。いつも行くと沙菜は静香に日ごろあった話を報告したり、話が終わると勉強をしたりして過ごした。静香とはなんでも話せる仲だ。その日もそうして新生活の話を聞いてもらった。


「じゃあ、そろそろ帰るね」


「うん、ありがとう沙菜」


 静香は必ず最後に「ありがとう」とお礼を言ってくれる。沙菜からしたら静香に会いに来ることは自分のためでもあるのだが。


「じゃあまた来るね。ばいばい!」


 沙菜は静香と手を振り合って病室を出た。階段を下りながらふと、中庭に寄ってみようと思った。桜の木を間近で見てから帰ろう。沙菜は中庭へ向かった。

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