05 イマドキデート
午後二時。沙菜が待ち合わせ場所に着くと、湊はすでにそこにいて手を挙げて沙菜に合図をした。
「おはよう!あ、もうおはようって時間でもないか」
「この時間でも朝みたいなものだよね」
沙菜はくすりと笑った。二人で並んで歩き始める。
「もうチケットは取ってあるから、近くで時間までお茶でもしようか」
「え、チケット取ってくれてたの?」
「ごめんね、勝手に」
今日は最近公開されたばかりの洋画を見に行くことになっている。アクションあり、恋愛ありのヒーロー物映画だ。
近くのカフェに入って二人はカフェラテを注文した。その代金は湊が支払った。
「なんだかごめんね」
「いいのいいの。俺は男だし初デートなんだからさ。ここはカッコつけさせてよ」
湊は腰に手を当てて威張ってみせたので、沙菜はくすりと笑って頷いた。
映画は洋画ならではの迫力満点の出来栄えだった。ずっと想い続けていた幼馴染と最後結ばれるところもなかなかよかった。
映画の後、二人は予め湊が予約していた雰囲気のいいカフェバーに入った。外の見えるソファ席に二人で並んで座った。
「面白かったね!特にあの最後のアクションシーンがさ……」
湊は興奮気味に映画の感想を語ってくる。沙菜も時折自分の意見を交えながら、笑顔でその話を聞いていた。
「あ、ごめんね。俺ばっかり話してさ。沙菜も映画、楽しめた?」
「うん、楽しかったよ。映画館に行ったのも久しぶりだったし」
「それならよかった」
湊はモスコミュールを飲みながら、少しだけ沙菜との距離をつめた。
「初めて大学のない日に二人でデートだからさ、ちょっと緊張しちゃったよ」
「そうだったの?」
「うん、お恥ずかしながら」
湊は少し熱のこもった瞳で沙菜を見ながら頭を掻いた。
「私なんてこうして男の子と二人でデートっていう事自体が初めてだよ」
「えぇぇ!?本当に?」
「うん、モテないから」
「嘘だ~」
湊は大げさに懐疑的な目を向けた。
「絶対気がついてないだけでモテてるでしょ?告白だって何回かされたんじゃない?」
「湊くんを抜かしたらちゃんと告白されたのは人生で一度くらいしかないよ。本当に全然モテないんだから」
「信じられない!沙菜はこんなにかわいいのに!」
「そんな……」
沙菜は恥ずかしそうな顔をして、それを誤魔化すようにカクテルを口に含んだ。
「ってことは、もしかして、彼氏、できたの初めて?」
「うん、そうだよ」
「わ~まじか」
湊はあからさまに嬉しそうな顔を浮かべた。
「それは嬉しいな」
少しトーンを落とした真剣な声に沙菜はピクッと反応した。
「後期の試験が終わって春前に一緒に旅行でも行かない?」
「旅行?」
「そう。本当はすぐにでもどこか泊まりに行きたいけどさ、焦ったら沙菜に嫌がられちゃいそうだし」
「あ……」
沙菜は意味を理解して恥ずかしそうに湊から目線を逸した。
「二月とか三月だったらまだ時間あるでしょ?その間に俺のこと好きになってもらえるように頑張るから」
「うん……」
湊の熱のこもった言葉に居心地悪そうに沙菜は居住まいを正した。
「その前にさ、差し支えなければ、その、片想い相手のこと聞いてもいい?話したくなかったら無理に、とは言わないけど」
「何で?」
「気になるから。参考までに、さ」
沙菜は眉尻を下げてしばらく言い淀んだ。しかし、湊から取り下げるような言葉がなかったので、仕方なく話し始めた。
「その人とは高校の時に出会ったの。その時には結婚もしていなかったし彼女もいなかった。だから好きになって取り返しのつかないところまで来たくらいのタイミングで、彼女ができたことを知ったの」
「それはタイミングが悪かったね」
さほど悲しくなさそうな表情で湊は悲しそうな声を出した。
「その彼女は、実は私のよく知る人だったの」
「友達か何か?」
「うん、まぁそんな感じ」
すべてを話すつもりのない沙菜は適当に答えた。
「とても大切な人だったから、奪い取るなんてこと考えられなかった。だから、私は彼を避けるようになった。会わないように、会わないように。でも、それにも限界があって……どうしても顔を合わせてしまうような環境にいたから」
「そうなんだ」
湊はテーブルに置かれたフライドポテトを口にした。
「それで……今に至る、って感じ」
「だいぶざっくりだね」
湊はふふふ、と笑った。
「まぁいいや。どんなところが好きだったの?その人の」
「どんなところ……なんだろう、雰囲気、かな」
「イケメン?」
「そういうのじゃなくて、一緒にいる時の空気、とか。上手く言えないや」
「ふーん」
沙菜もグラスをぎゅっと握った。
「話せるのはこのくらい」
「あんまり話したくないんだ、その人のこと。やっぱりまだ引きずってるんだね」
湊は少し冷めた声を出した。
「ごめん」
「あぁ、いや、そういうつもりじゃないから!むしろ俺がごめんね、変に聞いたりしてさ」
沙菜がしょんぼり謝ったので湊は慌ててフォローを入れた。
「まぁ、でも、うん。春までには忘れさせてあげるよ、俺が」
「う、うん」
湊の言葉を聞いて沙菜はソファで座る距離をまた少し空けたのだった。




