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愛人(アイビト)  作者: 弓原もい
第一章 再会
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02 犠牲

「安全運転でお願いしま~す!」


先生が車を出すと、後部座席から世奈の明るい声が聞こえてきた。


「先生、向こうだと左ハンドルだったんでしょ?あ、あと左車線?だっけ?」


「あぁ。まぁそもそも向こうではあんまり車に乗ってなかったよ」


「えぇ~!?運転大丈夫!?」


 世奈は大げさなリアクションを取っている。


「大丈夫だよ。泉は運転うまいから」


 静香がクスっと笑いながら言った。ちょうど沙菜も同じことを思っていた。泉の運転は慎重だが慎重すぎず時に応じては大胆で安心できる。久しぶりの運転でも恐らく問題無いだろう。静香と同じことを思っていたことに対して沙菜は少し胸が痛んだ。


「病院までどのくらいかかるの~?」


 世奈は身を乗り出して泉に問いかけた。


「一時間半くらいだな。少し寝てていいぞ」


「は~い」


 世奈は再び席に体を落ち着けて隣に座った静香となにやらお喋りを始めた。時折、


「そうなんですか!?」

「え~すごい!」


 などと大きなリアクションを取りながら静香に向こうでの話を聞いているようだった。その声がうるさいと言わんばかりに世奈の後ろに座った龍は顔をしかめたが、口に出して咎めることはなく目を閉じていた。その横の海斗も眠っているのか、それとも狸寝入りなのかはわからないが腕を組んで目を閉じている。


 沙菜はひたすらに窓の外を見つめていた。泉の方は向かないといったように体も窓のほうに少し向けて。




 1時間程走っただろうか。辺りが薄暗くなってきた。ふと、車内の声が聞こえなくなったことに気がついて沙菜はルームミラーで後ろを見た。いつの間にか世奈と静香も眠っている。龍と海斗も体をシートに預けてすっかり寝入っているようだった。


「沙菜は寝ないのか?」


 周りが寝ているので低く小さめな声で泉が話しかけてきた。沙菜は話しかけられると思っていなかったので、少しびっくりした顔をして泉を見てから目線を前に向けなおして、


「うん、眠くない」


 と、答えた。泉は


「そうか」


 と、だけ言った。それで会話は終わったのだが、一度会話が行われると沈黙を意識してしまう。沙菜は少し躊躇ってから、


「泉ちゃん、疲れてない?」


 と、問いかけた。


「まぁな」


 泉は答えて困ったように少し微笑んだ。


「明日も病院?」


「いや、今日少し顔を出して明日は家で荷物の整理をするよ。向こうから送った荷物も届くからな」


「そっか」


 なんだ、普通に話せるじゃん、と沙菜は少し安心してまた窓の外を向いた。


「荷解き手伝ってくれるのか?」


 泉はニヤリと少し笑いながら言った。沙菜は泉の方を向かないまま、


「え~どうしようかな~」


 と、言った。


「今日、うちに泊まるんじゃないのか?」


「う~ん、本当は帰ろうと思ってたんだけどね。太陽が……」


「あぁ、すっかり気に入られてるんだな」


 泉はふふっと笑った。


「そうなんだよ。今日も空港まで一緒に来たいって騒いで、車乗れなくなるからダメって言ったんだけど『やだ~ぼくも行く~』って大変だったんだから」


「そうか」


 泉は楽しそうに笑っている。


「ま、泉ちゃんのことは嫌いだけどね」


「そうだったな」


 二人で一緒に笑った。太陽とは海斗の一人息子だ。海斗は見た目や普段の素行からはあまり想像がつかないが、妻子持ちなのだ。


「これから泉ちゃんと一緒に暮らしていけるのかね~」


「毎日泣かれるかもな」


 ふふふ、とまた二人で笑った。やっぱり泉ちゃんと話すのは楽しい。でも………

 沙菜の頭の中で自制を促す自分の声が聞こえる。


『ダメだ。泉ちゃんと楽しく話してしまったら私は………』


「太陽、静香ちゃんとは仲良くなれるかな…」


 沙菜は静香のことを話題に出した。


「う~ん、どうだろうな。まぁまだしばらくは静香も病院だからな」


「そうなの?」


「あぁ、まぁ一ヶ月は少なくとも。移動で体力消耗してるし経過も見ないといけないから」


「そっか……」


 沙菜はルームミラーで静香を見た。静かに息をしながら眠っている。


「チューブ外れただけよかった……」


 沙菜は思ったことを口にした。


「そうだな、大進歩だよ」


 泉も沙菜に同意した。静香は生まれてすぐに肺の病気にかかった。元々体も弱かったため入退院を繰り返していた。学校も満足に行くことができず常に鼻にはチューブが繋がっていてそこから酸素を注入していた。

 三年前、いよいよ状態も悪くなり日本では受けることのできない移植手術を受けに渡米した。そして手術を受け、成功。普通の人と同じようには生きられないもののチューブを外して生活できるようにまで回復したのだ。


 そんな静香の幸せを私たちは守らないといけない。例え何を犠牲にしてでも……


 沙菜はぎゅっと自分の手を握った。

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