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愛人(アイビト)  作者: 弓原もい
第三章 神浦家
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05 再会

 その週の日曜は男子バスケ部の試合の日だった。前日の土曜日も練習のために部活があり、沙菜は桜病院に行くことができなかった。

 泉は沙菜に自分の弟たちとのことを教えてはくれなかった。もやもやと考えていたが、どうすることもできないので今は部活に専念した。


 日曜日。少し緊張しながらも沙菜は試合会場の体育館へと向かった。この試合は西東京の地区予選で、勝ち進めば他の地区で勝ち残った関東勢と対戦することになる。


 沙菜の通う栄中高校はいつも準々決勝くらいまでは勝ち残れるが、地区代表まで勝ち進んだことはない。西東京には関東でも強豪の高校である東山大附属高校がいるので、今回も厳しい戦いになるだろう。


 沙菜は同じマネージャーの上坂まゆと共にドリンクを作ったり慌ただしく過ごしていた。たくさんの他の学校の生徒とすれ違う。この中に今日対戦する学校もいるはずだ。


 栄中は一回戦を順当に勝ち上がった。相手はいつも一回戦負けしてしまう弱小校だったのだ。それなのに栄中は一時リードを奪われるなど危ない場面もあった。この調子だとすぐに負けてしまうかもしれない。

 次の試合は三試合目。一日に二試合をこなさなければならない。少し時間が空いたので私たちは外の階段で簡単な昼食をとった。沙菜とまゆは特に急いでおにぎりをお腹に入れ、次の試合のためのドリンクの準備などを始めた。


 体育館をチラッと見ると第二試合が行われていた。


「次うちが勝てたら三回戦の相手はたぶん東山だよ。ほら、今試合やってる」


 まゆも体育館に視線をやって立ち止まった。


「まだ時間あるしちょっと見てく?」


「うん」


 二人は体育館の二階に上がって観戦用の椅子に腰を下ろした。


「相手、どこ?」


「小川高校」


「あぁ……」


 小川高校は沙菜の近所の高校だ。沙菜も入学を考えたが沙菜の学力では難しく、断念した公立高校。誰か知ってる人がいたりして。

 沙菜はなんとなく選手の顔を見渡して、


「えっ……」


 と、声をあげた。


「何?どうした?」


 まゆが不思議そうに沙菜を見たが、沙菜は一人の選手を目を見開いて見ていた。


「あの人……」


「知り合いでもいた?」


「知り合いっていうか……」


 沙菜の視線の先には走り回る長身の選手がいた。その顔を見間違えるはずがない。好きな人の弟なのだから。


「ちょっと一度会ったことがあって」


「ふーん?」


 まゆはもっと詳しく聞きたそうな顔をしながらもそれ以上何も聞いてはこなかった。ユニフォームを見ると間違いなく『KAMIURA』と書いてある。


 試合は東山高校の大勝だった。小川高校は一回戦で東山高校と当たってしまったことは不運だったが、そうでなくてもなかなか勝ち進むことはできないようなレベルのようだった。

 小川高校の選手は荷物を片付けて撤収の準備を始めていた。


「戻ろっか」


 まゆの言葉で二人は立ち上がった。階段を降りて一回に戻る。そして、栄中の集まるところに歩を進めている時に沙菜だけが立ち止まった。


「ごめん、まゆ。先に行っててくれる?」


 まゆは意味ありげな顔をしてニヤッと笑ってから、


「わかった」


 と、答えて先に戻っていった。沙菜は走って体育館に戻る。体育館の中に入ろうとすると、ちょうど小川高校の人たちが体育館から出てきた。その中にちゃんと龍の姿があった。


「あ、あの!」


 沙菜は口を真一門に結んで声をかけた。小川高校の選手達は「なんだ?」というように沙菜を見たり仲間同士で顔を見合わせたりした。龍だけが沙菜の姿に気が付きハッとした顔をした。


「神浦くん、ちょっといい?」


 沙菜がそう声をかけると、


「お、告白?」

「おい龍、やるな!」


 と、冷やかすような声が上がった。


「そんなんじゃねぇよ」


 龍は仲間達を睨みつけながら沙菜の前にやってきた。


「なんだよ?」


「ごめんね、ちょっと聞きたいことがあって」


「俺たち先に行ってるな!」


 小川高校の人たちはニヤニヤしながら龍を置いて出口へ歩いて行った。龍は沙菜を少し赤い顔で睨みつけて、


「上行くか」


 と、言って体育館の二階に先に歩いて行った。泉より少し背が高い。顔もスッとしているが、声と雰囲気が少し似ている。沙菜はそんな龍の背中を見ながらついて歩いた。


 今は第二試合と第三試合の間。昼休憩の時間だ。体育館の二階でもそれぞれに昼食を食べていて龍と沙菜に注目する人は誰もいなかった。二人は並んで椅子に腰掛けた。


「突然ごめんね」


「本当だよ」


 龍は不機嫌そうにぶすっとしている。


「それで、何だよ?」


「泉ちゃん…の、ことなんだけど」


「何も答えることはないよ。泉のことなんか」


 沙菜は膝の上に置いた拳を握った。


「何でそんなに泉ちゃんと仲が悪いの?」


「そんなの本人に聞けよ。彼女なんだろ」


「違う、彼女じゃない。病院で親戚がお世話になってるだけ」


 龍はふん、と鼻を鳴らした。


「何でそんなに泉ちゃんを憎んでいるの?兄弟でしょ?」


「兄弟だからってみんながみんな仲がいいわけじゃない」


「そうだけど……」


 沙菜は自分のシューズをじっと見つめた。


「泉は兄ちゃんの人生をめちゃくちゃにした」


「……え?」


 沙菜は目を見開いてパッと顔を上げた。


「許されることじゃない」


 龍は眉をひそめて険しい顔をした。そして、立ち上がって沙菜を見下ろした。


「俺は行く。泉と仲良くするのは勝手だけど、もうこれ以上俺たちに関わるな」


 それだけ言い残してスタスタと体育館から出て行った。

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