01 味方
「本当に久しぶりだな」
家まであと五分、というところに差し掛かった時に運転する泉はぼそっと呟いた。独り言ではなく恐らく沙菜に向けて呟いたのだろう。しかし、昔に耽っていた沙菜はチラッと泉を見たものの何も声を発しなかった。泉は返事がないこともわかっていたのか気にしないように、
「帰ってきたんだな」
と、さらに言った。
車はゆっくりと神浦家の前に到着した。
「着いたぞ」
泉が大きめの声を出すと、後ろの三人がそれぞれ目を開けた。
「先に降りてくれ」
泉がさらに声をかけると、誰も返事はしなかったがゆっくりと車を降りはじめた。沙菜も何も言わずに助手席から降りた。
海斗が泉の荷物を持って玄関に向かっていく。その後を世奈と自分の荷物を持った龍が続く。
「ただいま」
海斗がドアを開けて中に入る。
「おかえりなさい」
「おとうさん!」
中から女性と小さな男の子の二人が出迎えてくれた。
「龍くん。久しぶり」
出迎えてくれたショートカットの女性が龍に声をかけた。龍はぺこり、とお辞儀をした。そんな龍の姿を見て、小さな男の子は海斗の影に隠れた。
「太陽。この人は父さんの弟の龍だよ」
海斗が太陽と呼んだ男の子に優しく話しかける。それでも太陽は海斗の影から離れようとしなかった。しかし、入り口に沙菜が現れると、
「あ!」
と、言って沙菜の方へかけて行って抱きついた。
「太陽。ただいま」
「さな~!」
太陽は沙菜に抱きついて離れようとしない。
「ほら、太陽。沙菜ちゃんが中に入れないでしょ」
中にいた女性が太陽に声をかける。
「太陽、今日は泊まっていくから」
「ほんとう?やったー!」
太陽は嬉しそうに顔をあげた。
「ただいま」
泉が玄関に顔を出した。
「泉さん。お久しぶりです」
「楓さん、今日からまたよろしく」
太陽は顔を上げて泉を見て、沙菜の影に隠れるように強くしがみついた。
「相変わらず嫌われてるね、泉ちゃん」
沙菜はくすっと笑って泉を見た。
「龍も兄貴も、太陽が慣れてくれるにはしばらくかかるかもな」
海斗はそう言って太陽と同じ高さまで屈んで、
「この二人は今日からここで一緒に住むからな」
と、告げた。
「いやだ」
太陽ははっきりした声で言った。
「あはははは」
沙菜と海斗は笑った。
「ひどい嫌われようだね」
「とりあえずみんな中に入って」
楓が声をかけるとみんな靴を脱いで中に入った。
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久しぶりの再会だというのに、この兄弟は本当にバラバラだ。泉はリビングでご飯を食べていたが、龍は早々に自分の部屋に籠ってしまい、海斗はタバコを吸うために庭に行った。楓は眠くなった太陽を寝かせに行って、世奈も早々にお風呂へ行った。沙菜はリビングにいたが、泉と二人になると耐えられずに海斗のいる庭に出た。
庭と言っても小さなもので、古く汚くなった白い机一つと椅子が二つあるだけだった。昔はだいぶ荒れていたのだが、沙菜達が掃除をして楓が手入れを続けてくれているおかげで雑草もなく、綺麗な空間だ。
「おう」
沙菜の姿を見ると海斗は笑顔を見せた。予想通りもうタバコは吸い終わっていたが、椅子に座っていた。沙菜は何も言わずにもう一方の椅子に座った。
しばらくの沈黙の後、沙菜は、
「さっき世奈に私のこと何か言われたでしょ」
と、言った。
「あぁ」
海斗はそう言って優しく笑い、もう一本タバコに火をつけた。
「何て言われたの?」
「世奈が沙菜に言ったことと同じだと思うよ」
「そっか……」
つまり、沙菜の泉に対する態度と彼氏を作らなかったことについてだろう。
「なんか、ごめんね」
沙菜が謝ると海斗はふふっと笑ってふーっと息を吐いた。タバコの白い煙が上へ登って行く。
「世奈の心配する気持ちもわからなくないけど、人の気持ちなんてそんなもんだろ。理屈通り行かないもんだ。だから俺たちは沙菜を見守るしかないんじゃないか、って言ったよ」
「そっか…ありがとう。もしかして世奈はそれで今日泊まるって言ったのかな」
「さあな」
海斗はもう一息吐いてタバコの火を消した。
「もちろん俺たちから見て沙菜がおかしな方向に進んでたり、何か思うことがあればアドバイスするよ。でもそれを聞いてどうするか決めるのはお前だ。俺はそれも含めてアドバイスするから。俺のアドバイス通り動かなくても何も文句は言わない。そんなにすぐ割り切れるもんじゃないだろうからな」
「ありがとう、海くん」
海斗はとても優しい。出会った頃には考えられない変化だ。
「でも、大丈夫そうか?」
「うーん……」
沙菜は口籠った。大丈夫か、なんて自分でもわからない。この気持ちがなくなればよかったんだけど……。
「まぁ、何かあったら言えよ。俺はいつでもお前の味方だから」
海斗は沙菜の頭をぽんぽんと叩いた。
「うん、ありがとう」
沙菜は何度目かのお礼を口にした。
「さ、中に戻るか」
「うん」
海斗と沙菜は立ち上がって部屋に戻った。




