06 好き
「よう」
「……わっ!」
いつの間にか泉が歩いてベンチまで来ていた。泉のことを考えていたので、沙菜は驚いて大声をあげた。
「なんだよ、そのリアクションは」
泉はそう言って沙菜にアイスココアの缶を渡した。あれから、泉は中庭で沙菜に会う時はいつもココアを事前に買ってきて沙菜にくれていた。
「……ありがと」
沙菜は驚いたリアクションについては何も言及せずに、お礼だけ言った。まさか泉のことが好きかどうか考えていた、なんて口が裂けても言えない。
「あーあ、疲れた~」
泉もそれ以上は聞かずに伸びをした。
「今日も当直?」
「そうそう。昨日も帰れてないし」
「昨日も当直?」
「違うけど、夜遅くなったから帰れなかったんだよ。帰っても、朝来る時間考えたら全然寝れねぇし」
泉はそう言って首を回した。
「泉ちゃんって家遠いの?」
「あぁ。小川町だ。都心からはだいぶ離れたところだよ」
「小川町……!?嘘でしょ?」
沙菜は驚いた。
「私も、私も小川町だよ!」
「え?そうなの?遠くからよく来てるね」
泉も驚きの表情を浮かべた。
「私はお見舞いに来てるだけだもん。学校だって小川町よりは桜病院寄りだし」
「まぁそうか」
「泉ちゃん、一人暮らしじゃないの?」
「あぁ、実家だよ。一応、な」
「一応?」
「家、どの辺なの?俺は駅の近くだ。東口から川に向かって行ったとこ」
泉は沙菜の問いかけに答えず質問してきた。
「うちは駅からバス。光原市の近くなんだ」
「あぁ~なるほどね。じゃあ学区は別だ」
「学区って……例え泉ちゃんと私が学区一緒でも同じ時期に学校通うわけないじゃん」
泉と沙菜は年が一回り違うので、小学校でもかぶらない。
「あぁ~違う違う。弟の話」
「弟?泉ちゃん弟いるの?」
初耳だった。沙菜は驚いて聞き返した。
「あぁ、いるよ。沙菜の同い年に一人と、俺の一つ下に一人」
「へぇ……随分離れてるんだね」
「一回りだからな~。だから学区を聞いただけ」
泉ちゃんの弟。全然想像がつかない。
「似てる?」
沙菜は興味津々な顔で聞いた。
「……いや、似てないんじゃないかな」
それに対して泉は少しトーンを落として答えた。これ以上は聞いてはいけないオーラを感じて沙菜は、
「……ふーん」
と、だけ言った。
「じゃあ俺はもう行くわ」
泉はそう言って立ち上がった。
「あーあ。また沙菜に変な話しちゃったよ。自分の話なんて滅多にしないのに、俺」
うーんと伸びをしながらちらっと沙菜を振り返って言った。
「―――っ」
沙菜は言葉が出なかった。心臓がドクドク言っていた。滅多にしない話をしてくれたんだ―――
「じゃ、気をつけて帰りなよ」
そう言って泉は振り向かないまま手を振って去っていった。
嬉しい―――
沙菜はしばらく自分の心臓の動悸を感じながら座っていた。
泉が自分に心を開いてくれていることがこんなにも嬉しい。やっぱり私……
沙菜は泉がいなくなった方を見つめた。自分でもおかしいと思う。こんなに年が離れている。病院でちょっと話すだけの関係。なのに私……
泉ちゃんのことが好きなのかもしれない。




