プロローグ ~おかえり~
この作品は、10年近くずっと温めてきた作品です。
丁寧に書いていきたいと思いますので、ゆっくり更新ですがお付き合いいただけますと幸いです。
「まだかな~」
人ごみの中、ベンチに座って足をぶらぶらさせながら若い女が本日何度目かの同じ言葉を発した。
「うるせぇなぁ。荷物があるからまだだろ」
隣に立っている黒いロングTシャツにジーパンというラフな出で立ちの男が苛立った声をあげた。女よりも年上であろう男はチラっと腕時計を確認した。彼のこの行為も本日何度目だろう。
「海斗さん冷たーい」
ベンチに座る女は悪意のない目で海斗と呼んだ男の方を睨みつけた。
「ねー沙菜もそう思わなーい?」
ベンチの隣に座る年の近そうな女に話を振った。
「え?うん、そうだね」
沙菜と呼ばれた女ははっとした表情をして隣の女に同調した。
「ちょっと沙菜、聞いてなかったんでしょー」
海斗をにらみつけたものと同じ目で沙菜をにらみつけた。
「あはは、ごめん世奈」
沙菜は笑って謝ったが、心から笑っている様子ではなかった。心はどこか別のところにあるようだ。
「でもさー、もう出てきてもいい頃だよねー」
世奈はまた到着口の方を見て言った。内容とは裏腹に焦りや苛立ちはなく、ゆったりとした声で誰ともなしに喋る。
そんな世奈を見て沙菜はほっとして、また下を向いた。さっきから何も話せずにいて口の中はパサパサ。周りの物や音にはすべて靄がかかったようで現実感がない。
「もし出てきて私たちのこと見つけられなかったら連絡くれるよねー」
世奈がいてよかった、と沙菜は思った。世奈と沙菜は名前は似ているものの長い付き合いの友達同士。こういう時の沙菜の対処法は心得てくれている。
三人がいるのは空港の到着ロビー。人を待っている。三年ぶりに帰ってくるあの人たちを。
あれから三年……。
沙菜は膝の上でぎゅっと握った手を見つめる。
帰ってくる。とうとう帰ってくる……
「あ!来た!」
世奈は明るい声を出して勢いよく立ち上がった。隣に立つ海斗はその声に反応して一瞬到着ロビーを見たが姿を見つけるとすぐに目を逸らした。沙菜は上を向けずにしばらく目線を泳がせていた。
「おーい!」
世奈が元気に到着ロビーに向けて手を振っている。その声につられて沙菜も到着ロビーを見た。
まず車椅子に乗って笑顔で手を振っている見慣れた女が目に入ってきた。つけていたマスクを外して世奈に笑顔で手を振っている。
すぐに目線を横にやると肩にスポーツバックを背負い、二つの大きなキャリーバックが入った空港のカートを押している男と目が合った。よく焼けた肌の男は沙菜と目が合うと不機嫌そうにすぐに目を逸らした。
そして……
沙菜はゆっくり立ち上がりながら車椅子を押している人に目線をやった。黒いジャケットの中に白いTシャツ、下に黒いパンツを履いた男がそこにはいた。
時間が止まったように感じられた。ゆっくりと、そしてしっかりと目が合う。男は少し困ったような笑顔になって、こう口を動かした。
「ただいま」