第三章 遠征訓練 (2)
カレンとミコトは、フレイシア航宙軍の遠征訓練にいよいよ出発します。場所は二連星”クレイシア”と”クレイシャス”から六光時の宙域。この遠征訓練はフレイシア航宙軍の中でも選りすぐれたパイロットだけが参加できる。この訓練でも二人は、他を寄せ付けない能力を示すが。
(2)
中心に位置するフレイシア恒星、八つの惑星を持つ。恒星より五光分の位置にある惑星“ミレ”。八光分の位置にある第二惑星“トラント”、そして一二光分の位置にある首都星“ランクルト”、温暖な気候を持つ惑星である。
更に二〇光分の位置に衛星を一つ持つ惑星“カベット”、七〇光分に衛星を二つ持つ資源惑星“カレー”、一四〇光分に衛星を三つ持つ表面がガス惑星の“トレイア”、一七〇光分にやはり衛星を三つ持ち表面ガス惑星“ハック”、二一〇光分に衛星を二つ持つガス惑星“ボージョ”がある。
惑星“ボージョ”の外側にはフレイシア星系を大きく取巻くようにカイパーベルトがある。
首都星“ランクルト”の上空一〇〇〇キロには、四つの軍事衛星と三つの商用衛星そして一つの航宙軍開発センターとなる衛星が、首都星に対して静止軌道で回っている。
これだけでは、平和な星系である。だが、カイパーベルトの遥か彼方一八光時に二連星“クレイシア”と“クレイシャス”がある。
お互いに引き付けながら、この二連星が放出するエネルギー(宇宙風)で回りの星系に少なからぬ影響を及ぼしている。
「艦隊に告ぐ。こちらラウル・ハウゼー艦長だ。〇二〇〇に僚艦“マザーテイル”、“トロイ”と共に二連星“クレイシア”と“クレイシャス”方面で演習航宙を行う。全艦発進準備」
航宙母艦“ライン”、“マザーテイル”、“トロイ”の三隻と “アルテミッツ”を旗艦とするアガメムノン級航宙戦艦六隻、“ボルドー”始めとするポセイドン級航宙巡航戦艦二〇隻、アテナ級航宙重巡航艦三二隻、ワイナー級航宙軽巡航艦三二隻、ヘルメース級航宙駆逐艦六四隻、ホタル級哨戒艦六四隻、そしてタイタン級高速補給艦六隻、ダミー艦を作成する工作艦二〇隻、合計二四七隻の演習航宙用編成だ。
二人は“ライン”のリラクゼーションルームの壁に映る艦隊の影像に見とれていた。
「すごい、これがフレイシア航宙軍」
カレンとミコトは始めて見る航宙軍の艦隊に目を見張った。
「どうだ。我軍の艦隊は。もちろん演習用編成だ。本格的な“広域航路探査部隊”ともなるとこの三倍の編成になる」
後ろからいきなり声を掛けられて振り向くとカワイ大尉とマイ・オカダ准尉が立っていた。
「カワイ大尉」
ミコトは声を出すと二人を見た。
「カレン准尉、ミコト准尉、後一時間で発進だ。フレイシア星系を出てカイパーベルトを抜けて位相管制航法を利用して遷移する。一二光時を移動して二連星から六光時付近で演習を行う。宙域は適当に岩礁帯があり、訓練にはうってつけだ。お前たちの腕前をフレイシア航宙軍の他の連中に見せてくれ。楽しみにしている」
それだけ言うと、オカダ准尉と一緒に置くにあるドリンクサーバの方に行った。カレンとミコトは高揚感で心が沸いていた。
発進三〇分前にパイロットウエイティングルームに戻ると他のパイロットが少し緊張した面持ちで過している。
「いよいよだね」
「うん、いよいよだ」
すでに”アルテミス”の宙港を離れ各艦が編成の位置に着いていた。
「遠征訓練に参加の諸君。こちらは、総司令官ジェームスヘンダーソン中将だ。我々は、フレイシア星系の外縁部にあるカイパーベルトを抜け、位相慣性航法で二連星”クレイシア”、“クレイシャス”方面に一二光時進み、その宙域で訓練を行う。この遠征訓練に参加出来た諸君は、フレイシア航宙軍の中でも選り優れた者達ばかりだ。諸君のより一層の精進に期待する。以上だ」
総司令官のメッセージが終わるとアガメムノン級航宙戦艦“アルテミッツ”の艦長は、総司令官に頷くと
「全艦発進」
ハウゼーは力強くコムに向かって口を動かすと、艦隊の前方に布陣する六四隻のホタル級哨戒艦が発進した。
哨戒艦が前方に進むと後ろに着くようにヘルメース級航宙駆逐艦が動き出す。続いてワイナー級軽巡航艦が動き出した。
まだ星系内の為、展開も小さく艦隊の速度も〇.〇五光速だ。
カレンとミコトが乗るアルテミス級航宙母艦“ライン”もその巨体を進め始める。二人は、初めて見る艦隊の動きに目を輝かしている。
「凄い、カレン」
興奮気味に話すミコトにカレンも興奮した面持ちで見ていた。
艦隊は、フレイシア星系惑星軌道水準面に対して上方、フレイシア恒星に対して離れるように航宙していく。
二人は、壁に映し出されるフレイシア星系の映像に見いっていた。訓練宙域に着くまでは、特にすることはない。
二人は、顔を見合せると“こくん”と頷いてリラクゼーションルームのソファを立った。
「カイパーベルトを通過するまでこのままの速度で二日間、長いな」
「仕方ないよ、ミコト。星系内では色々な艦船が行き来している。外宇宙のような速度では航宙出来ないもの」
「うん、分かっているけど」
「部屋に戻ってイメージトレーニングしよう」
「分かった」
二人は、リラクゼーションルームから出てパイロットウエイティングルームに顔を出して特に他の人が居ないことを確かめると、三階上にある自分達の部屋に戻った。
准尉クラスは二人で一部屋が割り当てられる。 通常は男性、女性それぞれが二人ずつだが、この二人には、軍事衛星“アルテミス”と同じ様に二人で一部屋だった。
少し考えれば分る事だが、カレンは良いとしてもミコトのことを考えると一般男性軍人と一つ同じ部屋にするわけにはいかない。特に精神的にも強制を強いる遠征航宙ではなおさらだ。
二人は、部屋に戻るとお互いに背を会わせるように椅子に座った。二人は、どちらともなしに目をつむると思考の中に入った。
カレンは、アトラスⅣ型のパイロットシートに座っていることをイメージすると宇宙空間に躍り出た。
言葉は出さず“ミコト”と思うとミコトのアトラスⅣ型が左舷後方から近づいてくる。
“カレン”とミコトが思考すると、カレンとミコトのアトラスが背面を合わせる様にして急上昇を掛けた。その後カレンは、左舷上方にミコトは右舷上方に二人が一糸乱れぬ挙動で大きく弧を描くと綺麗に急降下していった。やがて二機が背面飛行からカレンは右舷方向にミコトは左舷方向に反転すると今度は二人のアトラスの底部が合わせる様に飛行した。
まるで二機のアトラスが一機のように動く。少しの間そうしているとうやがて二人は、目を開けた。
「ミコト」
一言だけ言うとカレンは微笑んだ。
「位相慣性航法準備」
ハウゼー艦長の声に航法管制官から
「位相慣性航法に入るまで後一〇分」
「レーダー管制、問題ありません」
「航路管制、問題なし」
「重力磁場安定」
カレンとミコトは初めて経験する位相慣性航法に緊張していた。
やがて艦隊の回りの景色が一挙に灰色に変わった。
「“アオヤマツインズ”。どうだ。初めて経験する位相慣性航法の気分は。もっとも重力磁場を利用した星系間移動と異なり単純移動だ」
二人が振り向くとパイロットウエイティングルームの入口から二人に近寄りながらカワイ大尉が話しかけた。
二人が立って敬礼すると簡単な答礼をして微笑んだ
「たった二日間の日程だ。この景色は。それに直ぐに慣れる」
その言葉に二人は、頷きながらカワイの顔を見ると
「この航法の間は、自由だ。ノンビリしていろ」
「ノンビリしていろといわれても」
困った顔をする二人に
「そうか、二人は、まだ未成年だから、酒を飲むわけのもいかないしな」
冗談半分で言うカワイに後ろから声が掛かった。
「ユウイチ、何か先輩パイロットとして何か教えて上げたら」
「えっ」
と言って振り向くとオカダ准尉が立っていた。
「教えろと言われても」
そう言いながら回りにいる仲間のパイロットの顔を見渡すと全員が困った顔をしていた。
パイロットウエイティングルームにいる全員が、揃ったように両方の手のひらを顎辺りまで上げて”分からん”という顔をした。
それを見たオカダは、呆れた顔をすると
「マイ、仕方ないよ事実だ」
と言って苦笑いした。
「オカダ准尉。酒の飲み方ならまだ教えられるが、アトラスについては、俺たちより新型に乗る人間に教えるのは無理だ」
「あら今日は、正しいこと言うじゃない」
「うるさい」
男と女のパイロットがいつもの会話のパターンになると回りに笑い声が広がった。
「マイ、こういう訳だ。年齢や経験を越えている子達だよ」
そう言ってカワイが二人を見ると困ったような顔をして微笑んだ。
二人が暇な二日間を過ごした後、遠征訓練艦隊は訓練宙域に着いた。
スコープビジョンには、二連星“クレイシア”、“クレイシャス”が映っている。
「いつ見ても何とも言えないな」
青白く輝く“クレイシア”と“クレイシャス”。
この二つの星を包むように薄いガス状の膜見たいなものが覆っている。巨大な”まゆ”の様だ。
「遠征訓練艦隊に告ぐ。こちらヘンダーソン中将だ。一四〇〇に訓練に入る。プランA。以上」
開始まで後三〇分。カレンとミコトも直ぐにアトラスⅣ型に行ける様、待機していた。
やがて、ホタル級哨戒艦が艦隊の後ろに下がるとヘルメース級航宙駆逐艦とワイナー級航宙軽巡航艦が二つのグループに分かれた。
同じ様にアテナ級重巡航艦も二つのグループに分かれている。そしてこの二つのグループに分かれると、その後ろにアガメムノン級航宙戦艦六隻が二グループの後ろに付く様に分かれた。
大きな三角形が二つ出来上がると”ライン”は、右側のグループに“マザーテイル”と“トロイ”は左側のグループに付いた。
二つのグループが大きく離れると同時に同じ方向に進行しながらV字形に編成を変えていく。
艦隊運動訓練だ。実際の時に動きが、にごらないようにする為だ。やがて、航宙戦闘機部隊へも出動命令が下る。
パイロットウエイティングルームの壁の上に付いているランプがブルーの回転点滅に変わった。
「ミコト行くよ」
「うん」
カレンとミコトは、航宙戦闘機射出庫に他のパイロット共に走っていくと、既に自分たちアトラスⅣ型の前には整備員が待っていた。
カレンとミコトは急いでパイロットシートに座ると、整備員がパイロットスーツの二箇所のインジェクションにケーブルを結合した。それを見ながら自分達もヘルメットのインジェクションにケーブルを結合すると直ぐにアトラスの上部が閉まり始めた。
「カレン准尉、発進シーケンス」
「ミコト准尉、発進シーケンス」
「ジュン、サリー出る」
二人がハーモニーの様に同時に言うと
「カレン准尉、射出します」
「ミコト准尉、射出します」
カレンとミコトは、二人の“ジュン”と“サリー”と一緒に強烈なダウンフォースと共に航宙戦闘機射出ポートから射出されると直ぐにデルタスリーに二編隊を取った。
同じ“ライン”と“マザーテイル”、“トロイ”からもアトラスⅢ型が射出されている。
ヘッドディスプレイには、ターゲットの赤い光点がいくつも映っている。
カレンは、既に発進前のブリーフィングで各機の行動の指示通りに
“ミコト”。カレンはそれだけ思考するとミコトの三機と共に赤い光点に向った。
ターゲットとなる工作艦が作り上げたダミー航宙巡航戦艦に近づく為に自分達が進む前方の岩が浮遊しいている宙域をものすごい速度で避けながら進んでいる。
カレンとミコトが乗るアトラスⅣ型は、他のパイロットが乗るアトラスⅢ型より出力が二〇%上回っている。速度でも他のパイロットの追随を許さない。
「カレン准尉、ミコト准尉。飛ばしすぎるなよ。訓練はまだ始まったばかりだ」
ヘルメット越しにカワイ大尉の声が聞こえるとまた、二人で
「了解」
とハーモニーした。
カワイはヘッドディスプレイに映る、ものすごい速度で先行する特別独立編隊“ツインズ”を見ていた。
「すごいものだ。ここにいるパイロットは、フレイシア航宙軍の中でも選りすぐれた“つわもの”だ。その彼らとも全く一線を画す飛行している。いくら腕がいいパイロットと言っても、他人同士があんな近距離で飛行できない。通常は“張り付いている”というレベルでも三〇〇メートル以上離れている。しかし、あの子達は三機が一枚の戦闘機みたいに飛行している。それにあの俊敏さ。いくら双子だといっても俊敏さは別物だ。なぜあんなことが出来るんだ」
カワイは自分の頭では理解できない二人の飛行に
「まあ、航宙軍がアカデミーにいる時から目を付けていたのだから当たり前か。俺の腕もいい方だが、あの二人の前では、赤子だな」
そんなことを思いながら赤い光点を寮機と共に目指していた。
カレンとミコトは工作艦が作ったダミーの航宙巡航戦艦をヘッドディスプレイで確認すると
“ミコト”、一瞬の思考のもと六機が急上昇すると、カレンとミコトも三機が背をあわせるようにデルタ隊形になった。そして急上昇から一転、大きな赤い光点の直上四万キロから三機二編隊合計一二門の荷電粒子砲が放たれた。
三機二編隊が回転しながら真っ逆さまに直上から放つと、トルネードのように荷電粒子の束が、航宙巡航戦艦に突き刺さった。上面防御シールドが強烈な光と共に荷電粒子を飽和したが、六機から放たれた荷電粒子は防御シールドを突き破ると艦上面を溶かし始めた。
途中で止まると、既に三万キロを切った六機は、再度荷電粒子砲を放った。三万キロを切ると拡散型荷電粒子となる巨大な束が、航宙巡航戦艦に向った。
一門口径一メートル、六機合わせて一二門の拡散荷電粒子がトルネードのように一本の束になって解き放たれたのだ。
狙いたがわず、同じ場所に当ると艦の中に入りこんだ。一瞬航宙巡航戦艦が膨らむように悶えると巨大な爆発と共に真っ二つに割れた。その破壊された巡航戦艦の両脇をカレンとミコトの編隊が抜けていく。
「そんな、ばかな」
「なんなんだ」
「うっ、うそだろう。相手は航宙巡航戦艦だぞ。たった六機。それも二射で破壊するなんて」
ブリーフィングでは、“ツインズ”が攻撃の口火を開き、その後に、各中隊が同時攻撃して沈めるとされていた。
そのポセイドン級航宙巡航戦艦を二人だけで沈めたのだ。例えシンクロ機がついていたとしても。
他のパイロットのヘルメットの中には特別独立編隊“ツインズ”の目の前の結果が受け入れられずその映像に驚愕していた。
「“びびっ”てるんじゃない。お前たちも航宙軍のトップパイロットだろう。“ツインズ”にお前たちもいることを教えてやれ」
パイロットのヘルメットの中にルイス・アッテンボロー大佐の怒鳴り声が入ってくるとパイロットの目が輝いた。
「負けんじゃあねえ。行くぞ」
各編隊長の声に三〇〇機近いアトラスⅢ型が赤い光点から打ち出される荷電粒子砲をよけながらダミー戦闘艦に近づいていった。
カレンとミコトは、初日は好きにやっていいというカワイ大尉の指示のもと、エネルギーが二〇%を切る直前までに三隻のポセイドン航宙巡航戦艦と四隻のアテナ級重巡航艦を破壊した。
「ヘンダーソン中将、“ツインズ”だけで一個艦隊並みですな」
「ああ、しかし、噂には聞いていたが、ここまでとは」
「そう言えば工作隊の主任から、“このピッチで壊されると最後まで持たない”とクレームが入っていました。航宙軍遠征訓練始まって以来の事です。いつも終わり頃に言う事はあったんですが」
アッテンボロー大佐は半分笑いながら3Dスクリーンに映るヘンダーソン総司令官に言うとスクリーンビジョンに映る二人二編隊六機の帰還中の姿を見ていた。
「ミコト、楽しかったね」
「うん、でも本当の戦いでは、色々な方向から敵機が来るし、航宙艦からの荷電粒子砲の数も違うからやはり、今回は訓練でしかないんじゃないかな」
「そうか。そうだよね」
二人はラインの士官食堂で好きな“スプラッシュ”系のジュースを飲んでいると
「そうだな。ミコト准尉の言うとおりだ。最近と言っても何十年も前だが、星系間の戦争は起こっていない。ただ我々は宙賊から輸送艦を守る為の航宙もあるし、広域航路探査に参加すれば色々な場面がある。その心得を持っておくことはいいことだ。ところで今日は自由にさせたが、凄かったな。他の航宙母艦のパイロットやヘンダーソン中将も関心しておられた」
「えっ、ヘンダーソン中将。総司令官の」
「そうだ。今回の遠征訓練のトップパイロットはもう決まってしまったよ」
そう言って、カワイは、笑いながらオカダ准尉と一緒に二人の側を離れていった。
「ユウイチ、あの二人。なんか違うんだよね。例えばユウイチと私、普通に男と女だけど、あの二人何か違う。なんなのか解らないけど」
「マイ、あの二人は俺たち常人には理解できないものを持っているようだ。例えば、あのシンクロ率。他人同士が出来ることじゃない。でもそれは一卵性双生児ということで理解できる。しかし、あの俊敏さは、訓練で養えるものではなさそうだ」
「どうして」
「俺にもわからん。今日も二人の飛行を見ていたが、はっきり言って我々には不可能だ。〇.一光速の速度で機と機の距離が五メートルだぞ。駐機していても危ない位だ。どうしてあんな事が出来るか理解できない。だから、六門の荷電粒子砲が一本の砲と同じ効果を出す。出なければ航宙巡航戦艦は航宙戦闘機では落とせない」
カワイの説明に理解できないという顔をしながら
「でもユウイチはユウイチ。私の前ではフレイシア航宙軍ピカ一のパイロットよ」
そう言ってオカダ准尉は微笑んだ。
カレンとミコトの常人を越えたパイロットとしての能力にヘンダーソン中将も驚きます。二人の能力はどこまで成長するのでしょうか。
そして、仲のいいカワイ大尉とオカダ准尉の関係も面白くなってきました。
次回もお楽しみに。