第二章 宙域訓練 (4)
久しぶりにレイとサキに会うカレンとミコト。その頃、航宙軍開発センターでは、フレイシア航宙軍の新型航宙戦闘機アトラスⅣ型が、完成しつつあった。開発センター長オゴオリ大佐は、二人に休暇を取らせる様アッテンボロー大佐に進言するが、その裏にある思惑とは。
(4)
「アオヤマたち」
レイの指定したレストラン“パープルレモン”
ここは、航宙軍航宙戦闘機部隊の行き付けの店でもあった。
軍事衛星“アルテミス”のA20アベニューをエアカーで第二幹線に入り二〇〇メートル位入った十字路を一〇メートル程歩いたところにある。
カレンとミコトは自走エアカーのマグネットルートに足を挟まないように歩いているとレイが声を掛けた。
「レイ」
そう言ってミコトが返事をするとドアを開けながらサキが待っていた。
ドアを開けて入ると左手に二〇人は座れるカウンタがある。少しだけ下がったフロアには、中心に七つのテーブルと壁を囲むようにやはり七つのテーブルが壁側のソファに沿って置いてあった。
「結構広いんだ」
カレンは珍しいといった表情で見ていると、まだ一八時だというのに半分くらいのテーブルとカウンタが三分の一は埋まっていた。
カレンとミコトが中に入ると、店の中にいた人たちが一斉に二人の方に目を向けた。そして“コソコソ”と小声で何か話している。
「レイ、ここでないといけないのか」
「悪い。ここ“行き付け”なんで呼んだけど、まずかったかな」
そう言っていると
「アオヤマツインズ」
と声を掛けた人がいた。声の方に顔を向けると衛生担当官兼二人の世話役になったヒサヤマが立っている。
「あっ、ヒサヤマさん」
既に日頃結構世話になっているヒサヤマにミコトが声を掛けると
「ここは大丈夫よ。みんな貴方たちを見ているけど、ここにいる人はほとんどが航宙戦闘機部隊の人間、それにほとんどがルイス・アッテンボロー大佐、そしてカワイ大尉の部下よ」
そう言って周りを見ると、二人より年上だと分る男女が、ロックグラスやワイングラスを持って微笑みながら航宙軍式敬礼をしていた。
カレンとミコトは恥ずかしそうに笑いながら敬礼するとヒサヤマが
「おしゃべりに来たんでしょ。レイとサキに。たまには息を抜きなさい」
そう言って自分は、奥のテーブルへと行ってしまった。
カレンとミコトは“場違いではない”と分ると
「サキどこに座っているの」
とカレンが言った。
奥のテーブルでその二人を見ながらヒサヤマは、膝に乗せたパッドに指を動かしていた。
「オゴオリセンター長。アトラスⅣ型です」
開発コードRC41正式名称「フレイシア航宙軍航宙戦闘機アトラスⅣ型」形状は、今までのアトラスと大きくは変わらないが、三機一編隊を基本とする。但しパイロットが乗機するのは一機だけだ。他の二機は、パイロットにシンクロして航宙する。
さらに人工知能を装備し、パイロットの航宙の特徴や癖を吸収すると共に、万一パイロットが、自己航宙出来ないときは、自らパイロットの機をシンクロさせ航宙母艦迄連れ帰る機能を有している。
装備は、移動式の口径一メートル荷電粒子砲を両舷に備え、推進力は、アトラスⅢ型の二〇%増になっている。
「出来たか」
オゴオリは、その機体を眺めると
「“ライン”への輸送は、いつになる」
「はっ、後二週間でラウンチ出来ますが、“ライン”側の装備も修正しなければならないため、実際は、後一ヶ月は掛かると思います」
そう言うと、工程表のパッドを渡した。オゴオリは、パッドを受け取ると“ライン”の工程表をタップして更に詳細に見ると口元で笑った。
そして近くにある“コミュニケーションポッド”通称コムポッドをとるとアッテンボロー大佐を呼んだ。
「アッテンボロー大佐、どうだ、あの二人は」
「オゴオリか。あの二人は、シンクロ飛行で片方が暇そうにしている。驚くばかりだ」
「そうか、こちらは“ライン”への積み込みと準備であと一ヶ月近く掛かりそうだ。しかし呆れたな。シミュレーションもなしにこなすとは。どうだ、あの二人に休暇を取らせては。もちろん、大切な二人だ。航宙軍完全監視をファーストパスという名目で与えればいい。ヒサヤマも連れて行かせろ」
少し、黙ると
「それから、休暇中はシーズンランドへ行かせろ。あそこは我軍の保養所だ。監視の目が十分に行き届く。下手に“ランクルト”で怪我されても困るからな。もちろん親の分も一緒だ」
それを聞いた。アッテンボローは、呆れた声で
「休暇、まだ候補生だぞ。そんな規定、我軍にはないぞ」
「つまらない片意地張るな。ウッドランド大将には、俺から言っておく」
「ったく。まあいい。これ以上教練しても意味なさそうだからな」
二人の会話の内容は直ぐに二人に届けられた。
「カレン、もうこっちに上がってから五ヵ月が過ぎるね。ヒサヤマさんの最初の話だと最初の三ヶ月の実地教練が終わった後、別の教練に入るように言われたけど、四ヶ月目からは交代でシンクロ航宙教練ばかりだ」
「でも、お陰で体の負担が半分で済むから助かるじゃない」
「うーん、そう言うことじゃ無くて」
「どう、たまには、私達からサキたちを誘って見る」
「良いね。そうしよう。でもいつにする」
「うーん、また考えよ」
ミコトが滑るような仕草でおどけるとカレンが笑った。
「カレン准尉、ミコト准尉。明日から二週間の休暇を与える。充分に休養を取って次の実機教練に備えるように」
そう言ってカワイ大尉が微笑むと
「アオヤマツインズ、ゆっくり休んでこい。お前たちは期待以上の結果を残してくれた。二週間後を楽しみにしておきなさい」
カワイ大尉がパイロットウエイティングルームを出ると他のパイロットが寄ってきた。
「すごいじゃないか。候補生で休暇なんて聞いたことないぞ」
「当たり前じゃない。ギリギリでⅢ型に乗っている誰かとこの子達を比較するなんて無謀よ」
その言葉に回りのパイロットが笑いながら頷くと言われた男が
「お前だってこの子達との模擬戦で五分持たなかっただろう」
「ふん、貴方なんか三分だったじゃない」
二人のやり取りに、戻ってきたカワイ大尉が
「その辺にしておけ。二人が困った顔をいるぞ」
そう言って二人の方を見るパイロットウエイティングルームに戻ってきたカワイの顔を見て安心したような顔になった二人に
「これが休暇許可証だ。フレイシア航宙軍人事部からの正式書類だ。そしてこれが軍事衛星“アルテミス“と首都星“ランクルト“との出入パスだ」
と言って二人にそれぞれのパッドを渡した。
二人がパッドに映し出されたマークを見るとカレンとミコトは目を見開いて驚いた顔をしてカワイ大尉の顔を見た。カワイは、
「航宙軍からの二人への期待を込めたプレゼントだ。遠慮しないで取っておけ」
そう言って笑顔を見せた。
“ランクルト“へのファーストクラスパスとシーズンランドへの一週間の宿泊チケットだ。それも四人分ある。二人は、申し訳なさそうな顔をしながら
「ありがとうございます」
と言って頭を下げた。
航宙母艦“ライン”が“アルテミス”の宙港に着くとゲートの外側でヒサヤマが、二人を待っていた。ヒサヤマは、二人とエアカーで官舎のあるビルに戻りながら
「聞いたわ。休暇貰ったんだって。航宙軍士官学校創立以来の出来事よ。貴方たちの面倒を見ている私も鼻が高いわ」
そう言って微笑んだ。
「私も貴方たちの世話役だから“ランクルト“には一緒に降りるけど、さすがにファーストクラスパスは貰えなかった。でも、半年にも満たないで降りれるとは思わなかったからうれしいわ」
そう言ってまた微笑んだ。
「ヒサヤマさん、何故なんですか。他の候補生は、まだこれからなのに」
分からない顔をしてヒサヤマに質問するカレンに
「ほんとに解っていないの。信じられない」
そう言って少し困ったような顔をすると
「誰も説明してくれていないのね」
少し黙った後、
「二人とも今日の夕食の予定は」
「いえ、まだなにも考えていませんでした。明日からいきなり休暇といわれても下にいる両親にもなにも言っていないし。いきなり帰ったら“落第したの”と言われそうだし。どうしようとカレンと訓練宙域から帰還中に考えていました」
ますます、頭を抱え込みたくなるヒサヤマは、
「解った。今日夕飯一緒にしましょう。迎えに行くから外出できる仕度しておいて」
そう言っているうちに二人の官舎のあるビルの前についた。
「じゃあ、一時間後に迎えに来るから」
そう言って、ヒサヤマの乗ったエアカーが出て行くとそれを見送った後、二人は自分達の部屋に戻った。もっともヒサヤマの官舎とは、一ブロックしか離れていないので五分と変わらないが。
「ミコト。どういう意味だろう。ヒサヤマさんの言葉」
「うーん、回りの候補生が見えないから比較しようがない。確かに先輩たちとの模擬戦では手は抜いているとは思えないけど弱すぎるし。さっきルームで言っていたことも事実だけど」
そう言ってミコトは、分からない顔をすると
「そうね。でもカワイ大尉が言っていた“お前たちは期待以上の結果を残してくれた”というのは、嘘じゃないと思う」
「そうだね」
そう言って顔を会わせると二人で微笑んだ。
事実、サキやレイは、自律航宙では何とかなるが、シンクロ以前の同期飛行では、緩スクロールは出来てもカレンとミコトの急回転横スクロール、湾曲した三角形の底辺から頂点までを背面右舷上昇した後、急激に左舷前方に壁を作るように滑り落ち三角形の頂点に行くような飛行は、想像外の世界だった。
まして、Ⅲ型の特徴である同期飛行による瞬間“後部上方移動”など夢の世界だ。だが、カレンとミコトにとっては、相手のアトラスは、自分が乗機しているアトラスと同じ感覚で動いてくれる。
シンクロしなくても自分の思考を集中するだけで体が相手の機に反応する。もっと言えばカレンの思考の代わりにミコトの思考がカレンのアトラスに思考を届ける事が出来るのだ。
アトラスは、二人の脳波が、別のものとは解らず動作する。これが、他人とは全く次元も違う同期飛行、しいてはシンクロ飛行になっていく。これは誰も話していない二人の秘密の一つだった。
だが、二人にとっては、それは昔から当たり前のことだった。他人同士では不可能な事を二人は“理解できない”というより疑問を持たなかった。
「二人とも準備できた」
部屋の入口についているカメラからヒサヤマが手を振りながら言うと
「直ぐに出れます」
と言ってカレンは、カメラ映像を消した。
ヒサヤマは、二人を軍事衛星の中では将官向けのレストランに連れて行った。理由は一般のレストランだと、万一興味本位の暴漢が二人を傷つけては大変な事になる。それを心配しての事だった。
ここならフレイシア航宙軍の将官の中で知らない人がいない“アオヤマツインズ”を連れて行っても安全だと思ったからだ。
最初、玄関を入るとポーターみたいな人が
「ご予約で」
と聞いた。ヒサヤマは、
「ルイス・アッテンボロー大佐の名前で入れてあります」
と言うと
「少しお待ちを」
と言って手持ちのパッドに目をやると
「お待ちしておりました。三名様ですね。こちらへ」
と言って、先に歩き出した。
カレンとミコトは目を丸くしながら“すごーい”と思って先に歩く人の後ろを付いて行った。中に入ると広いホールのような中で壁が歴史的な彫刻や絵画で飾られていた。上からは、大きなシャンデリアが吊り下げられている。
「アオヤマさんたち、特に嫌いなものはある」
そう言って嬉しそうな顔をすると二人とも首を少しだけ横に振った。まるで一糸乱れないように。それを見ていたヒサヤマは、微笑むと
「もうコースを予約してあるの。貴方たちのおかげで私もここで食事が出来る。嬉しいわ。私の立場では一生入れないから」
少し、黙った後
「アオヤマツインズ、今、他の候補生は航宙母艦“ネレイド”に乗って教練に励んでいるわ。“ネレイド”は候補生の宙域訓練用に作られた航宙母艦。発着艦機能も緩く簡単に出来るようになっている。初めて宇宙に飛び出した時、目が回らないようにね。航宙戦闘機は早い子でアトラスⅢ型、ほとんどの子はアトラスⅡ型よ。Ⅲ型に乗っている子たちも自立飛行がやっとで模擬戦など遥か先。飛ぶのがやっとよ。同期飛行なんて言葉にも出て来ないわ」
少し、言葉を切るとカレンとミコトはレストラン“パープルレモン”でレイたちと会った時のことを思い出した。
「カレン、同期飛行の時、どうやったらミコトの機と一緒に上下左右に遷移できるの」
その言葉にカレンは、答えがなかった。何も考えたことがない。
ミコトが次にどう動くか体が解っていた。そのことに黙っていると
「やっぱりなー。レイと私は他人。でも貴方たちは一卵性、だから考える必要がない。体が反応する。そうでしょう」
カレンは頷くと、ミコトを見た。
「サキ、仕方ないよ。それは“言いこなし”だ。アオヤマたちだって簡単に出来たわけではないだろう。厳しい訓練の結果だと思う」
そう言ってレイはミコトの顔を見ると今度はミコトが頷いた。こんなことを思い出しながらヒサヤマの唇の動きを追った。
「ね、解るでしょう。貴方たちは“シンクロ飛行”、フレイシア航宙軍戦闘機部隊の中では誰一人出来ないことを平気でこなしている。今は、准尉の立場だけど航宙軍に入れば直ぐに少尉、中尉、大尉とあがって行くわ。他の候補生は遥かに無理。まだやっとアトラスⅢ型に乗るのが精一杯なのよ」
そう言うと、テーブルに運ばれてきているムニエルになった“フィッシュレモン”をナイフで切り分けてフォークに刺して食べた。その後、赤ワインを口にすると、今度はパンを口に運び、さらにワインを口にすると、ナプキンで口元を拭いた。
二人もヒサヤマに合わせて食べている。二人は“フィレコンフィート”分厚いひれ肉を少しハードに焼いたものだ。パイロットである以上“レア”とか“ミディアム”は食べられない。休暇中を除いては。
「つまり、二人はフレイシア航宙軍戦闘機部隊にとって宝なの。大事に対応するのが当たり前。そして君たちの世話をする私はその恩恵に与れるの。解った」
二人は、厚い肉をフォークで切りながらヒサヤマの話を聞いていた。なにも答えられない。シンクロ飛行も自分達にとっては“負担の軽い教練”程度にしか考えていなかったからだ。
顔を見合わせると少し不安顔になった。そしてカレンが
「何となく解りました。でもそれで私たちはこれからどうなるのですか」
「ここでは言えないわ。でも楽しみにしておいて。最もその都合で二週間という休暇が発生したのよ」
ますます解らない顔をすると、とりあえず腹を満たすのに専念した。とても美味しかった。“ランクルト”にいるお母さんの食事を除けば。
「明日は、“ランクルト”に降りれるし、ご家族で“シーズンランド”に行ってきなさい。さすがにそこまでは付いていかないから。ご両親への説明は君たちにとって“嬉しい難問”でしょ」
そう言って思い切り微笑むと二人も顔を見合わせて微笑んだ。二人は、メインが終わるとデザートを食べながら
「ヒサヤマさん。全てを頭の中で理解できたわけでは有りませんが、ありがたく休暇を取らせて頂きます。シーズンランドは両親も喜ぶと思います。ありがとうございます」
「私へのお礼はいいわ。怪我無く帰ってくれれば十分。それから、ここへ戻る時はまた一緒だから。帰りは航宙軍機よ」
そう言って“にこっ”とした。
カレンとミコトを将官専用のレストランに連れて行き、何故二人だけが特別待遇になるのかを説明するヒサヤマ。二人だけの特別な能力を見抜いているオゴオリ開発センター長は、表面上、休暇という監視つきの保護をさせ、アトラスⅣ型の”ライン”への装備を急ぐ。
さて、次回は、二人の能力がアトラスⅣ型によって如何無く発揮されます。お楽しみに。