第一章 航宙軍士官学校 (3)
カレンとミコトは、他の候補生より早い段階で航宙戦闘機シミュレーション教練を受けることになった。そこでも二人はその身体能力と適応性の高さを示すが、それは航宙機開発センターの思惑にますますはまっていく。
(3)
「くっ」
そう言って右後ろを見ると敵の航宙戦闘機がピッタリと後ろに付いている。左に振っても右に振っても急激に上に上昇しても付いてくる。機体の急激な変化に体を押さえながらコントロールを本能に任せ、ミコトは後ろに付いてくる敵機の射線に入らないように機体を遷移させた後、
「くそっ、これではどうだ」
ミコトは、いきなり推進出力を一〇%まで落とした。瞬間、敵機が左側を突き抜けた。ミコトは視認するかいなかのタッチで操縦席の前方にあるディスプレイに映る敵機に粒子砲を放った。
口径八〇センチのアトラスの両舷少し下側の収束型荷電粒子砲が眩い光と共に放たれると、狙いたがわずに先行した敵機に突き刺さった。
一瞬荷電粒子が吸い込まれたと思った瞬間、その敵機は消えた。ゆっくりと推進出力を上げたところで
「ミコト君、そこまでだ」
ヘルメットの中にオサナイ訓練教官の声が聞こえてくると、ミコトの搭乗している“アトラスⅠ型”シミュレーション機が停止した。
計器類がオフになるとシミュレーション機の中が急に明るくなる。少し過つと後ろにショックを感じて後部にあるドアが開いた。
もう一人の訓練担当官のナガイが、ミコトのパイロットスーツ二箇所からケーブルのインジェクションを外すと、ミコトはヘルメットのインジェクションを自分で外した。
「ふーっ」
と言ってヘルメットを脱ぐとナガイは
「レクチャルームへ戻りなさい」
と言って微笑んだ。
「ミコト、さすがね。あそこまでピッタリ付いてきた敵機をあの方法で落とすとは」
「カレン、あれはだめだよ。実戦では、他の敵機から攻撃を受ける。シミュレーションで一対一だから出来た苦し紛れの方法だ。本当は敵機の背後を取りたかったのだけど、シミュレーション開始した時点の僕の失敗だよ」
ミコトの言葉にオサナイ訓練担当官は微笑みながら
「では、開始時点でどうすればよかったのかね」
「はい、戦闘開始で敵機と正対し、交差した後の背面展開が遅すぎました。一瞬のタイミング差で後ろを取られたのだと思います。次は失敗しません」
「その通りだな。カレンさんどうだ、君の時は最初から簡単に敵機の背後に回って撃墜したが」
「はい、ミコトの言った方法もありますが、背面展開すると敵機に一瞬隙を見せます。その時遅れて正対してきた敵機に攻撃するチャンスを与えます。むしろ交差後、十分に敵機との距離を一度おき側方展開したほうが良いと思います」
「それでは敵機の動きに対して時間をかけすぎる」
二人の会話に微笑みながら聞いていたオサナイは、
「二人ともそれぞれに考えがあることはいいことだ。今日はここまでにしよう。二人とも十分に休憩を取るように。二週間後に他の候補生も参加するだろうが、その時は二人ともⅡ型に移行しているだろう。これからもがんばるように」
そう言うと二人は、オサナイとナガイにフレイシア航宙軍式の敬礼をした。訓練担当官の二人も答礼するとシミュレーションレクチャルームを先に出て行った。
カレンとミコトは、顔を合わせると“行こう”という顔をしてロッカールームへ戻った。
ミコトは、自分のロッカーのドアの右にあるパネルにIDを近づけドアを開けるとパイロットスーツを脱ぎ、アンダーウエアもすべて脱ぐと体にタオルを巻いてロッカールームの奥にあるシャワールームに行った。
シャワーで汗を流してタオルで体を拭くとドライヤで髪の毛を乾かしトレーニングウエアに着替えた。ロッカーをドライモードにするとドアロックボタンを押して廊下に出た。少し待っているとカレンが女子ロッカーから出てきた。
「カレン、他の候補生も来るとなるとのんびりしていられないな。帰ってから今日のシミュレーションを復習しよう」
「うん」
と言うとカレンとミコトはB32トラックホールの外で待っているシャトルに向った。アトラスⅠ型の乗機シミュレーションの訓練を始めて二週間が立っていた。
二人がシャトルに乗る姿をB32トラックホールの五階の教官事務室から見ていたオサナイは、
「予定通りの進捗です。身体機能は多少ですが、姉のカレンのほうが優れています。本能的な動きは少しですが、弟のミコトのほうが上です。もっともトップレベルの話です。一般の候補生は、二週間ではシミュレーション機になれるのがやっとでしょう。もう少しⅠ型で様子を見てからⅡ型に移行します」
「データは取れているのか」
デスクのスピーカから流れる声に
「十分に取れています。乗機した時の航宙機機動性に対して、既にあの二人は物足りなさを感じているはずです」
「そうか、楽しみにしている」
そう言ってスピーカからの声がオフになると、オサナイは隣に立っているナガイに
「恐れ入ったものだな。俺の記憶が間違い出なければ、二週間でⅠ型を乗りこなした者はいない」
「だから、航宙軍上層部もあの二人にアカデミーの時から目を付けたのでしょう。一般人が、現役戦闘機の構造マニュアルを手に入れられるはずは無いですから」
「我々は命令された事するだけだ」
そう言うと二人ともB32トラックホールを離れていくシャトルを見た。
一週間後、シミュレーションレクチャルームでオサナイから
「今日からⅡ型に移行する。Ⅱ型は君たち二人が同時にシミュレーション機に乗りお互いが見える形でシミュレーションを行う。いわば二機編隊のシミュレーションだ」
その言葉を聞くと二人は顔を見合わせて目を輝かせた。その顔に満足するようにオサナイは
「Ⅱ型は、Ⅰ型と違って“脳波感応型“だ。君たちの思考を捕らえてアトラスⅡ型は動作するようになっている」
そう言って二人の前にあるスクリーンにスペックを映し出した。
「基本的なデータはⅠ型と変わらないが、推進力で一〇%向上している。Ⅰ型と違うのは舷側に付いている荷電粒子砲が可変型になっている事だ。アトラスの軌道によって視界に入った敵機を効果的に攻撃する為だ。この機能は自動で動くので君たちが考慮する事は無い」
オサナイは、言葉を切ると
「姿勢制御スラスタの位置も追加されている。Ⅰ型は前方側面両側に一つ、後方両側に一つ、前部下方に二つ付いていたが、Ⅱ型はそれに加え後方下部にも付いている。これにより進行軌道を瞬時に上方に遷移できるほか、前方下部のスラスタと合わせる事でⅠ型では出来なかった機体の後部上方に瞬時に遷移する事も可能だ。十分に自分の体に染込ませてくれ」
そう言って二人の顔を見ると目が輝いているのが分った。
「軌道が急激になる為、パイロットスーツも変わっている」
そう言ってナガイに視線を流すとナガイがⅠ型で着ていたパイロットスーツとの違いを説明し始めた。
「おーい、アオヤマたち」
カレンとミコトに声を掛けたのはレイ・オオタだった。側にサキ・アンザイがいる。二人は“ステラ”に昼食を取りに行くところだった。
「どうだ、先行して航宙戦闘機シミュレーションの訓練を受けている気分は」
質問の意味を捉えきれない二人に
「俺たちより先に行っている気分はどうかと聞いたの」
そう言って“興味深々”のオオタが言うと
「特になあ」
と言ってミコトが返した。
「お前たちこれから昼食か」
「ええ」
とカレンが言うと
「俺たちもこれからだ。一緒に食べないか」
「うん、良いよ」
「ところでサキと仲良いな」
「えっ」
と言ってサキが顔を赤くすると
「あれ、顔が赤くなった」
と言ってミコトが顔を覗くと
「まあな」
と言ってレイが頭の後ろに右手を持っていった。
サキとレイは、航宙軍士官学校に入って以来、カレンとミコトを理由に色々会っていた。カレンとミコトほどではないにしろ、二人は他の候補生より優れている。
四人が“ステラ“に歩いていくと、回りの候補生がカレンとミコトに視線を送っているのがわかった。
「カレン、ミコト。しかたないことだ。お前たち二人は“ダントツ“俺たちより先行したからな」
“ステラ”に入り、プレートを取ってカウンタに行くと、ショウケースに入っている食べ物を取りながらサキはカレンに
「ねえ、カレン。アトラスⅠ型のシミュレーション機どうだった。私難しくて」
トレイを持ちながら聞くサキに“そう言われても”という顔をすると
「サキ、どこが苦手なの」
「うーん、航宙機の軌道遷移の時、体が直ぐに反応しなくて直ぐに敵機に後ろを取られてしまうの」
「そう、俺も。サキほどではないにしろ、レクチャルームで反省のための映像を見ているとどうしても一呼吸遅い」
カレンは少しだけ考えると
「計器判断より先に思考で操縦した方がいいと思う。そうすれば軌道遷移より先に頭が先行するから」
サキとレイは二人で顔を見合わせると“やっぱり聞かない方が良かった”という顔をした。
「お前たちの答えはいつもよう分らん」
そう言って呆れた顔をするレイにカレンとミコトは顔を合わせて笑った。
「ところでどうだ、アトラスⅡ型は。Ⅰ型を始めたばかりの俺たちには想像も出来ないが、“脳波スペクトル”でアトラスⅡ型に指示を出すんだろう。凄いよな」
そう言って“自分の世界ではない”という顔をすると
「そんな事ないよ。ただ一瞬の判断を求められる事が多い。でもあれを乗りこさないと次が無いからがんばるしかないよ」
ミコトはそう言うとレイの顔見て微笑んだ。
「ところでカレンとミコトは次の休み何か予定あるのか」
「特に無いけどイメージトレーニングしていると思う」
「イメージトレーニング」
分からない顔をするサキとレイにミコトは、
「航宙戦闘機に乗っている時を頭に浮ばせていつでも視覚に入った物体に対して瞬時に意思伝達するようにするトレーニング。サキもレイも、今は目視ディスプレイによる航宙だからより効果あると思うよ」
レイとサキは顔を見合わせると少しだけ困った顔をした。カレンは“どうしたの”という顔をすると
「休みは月に一度だから気分を変えようと外出許可を申請したんだ。だからもし二人とも予定無かったら一緒に行ければと思って」
それを聞いたカレンとミコトは顔を見合わせると
「ごめん、まだ候補生の間は気持ち的に余裕ない」
とカレンは言うとミコトも頭を“コクン“と下げた。
カレンとミコトと別れた後、サキはレイに
「やっぱりあの二人、私たちと違うね。単に頭がいいだけじゃないのね。少し分った気がする。頭の良さをひけらかさないから“いいな”と思っていたけどやっぱり“見えないところでも努力しているんだな”と思うとかなわないな。私も休まないでイメージトレーニングしようかな」
「えーっ」
と言うとレイは残念そうな顔をしてサキを見た。そんなレイの顔を見て
「ふふっ、うそよ。レイ。私たちはあの双子とは違う普通の人間。まねできない事をまねしようと思ったらおかしくなるだけ。楽しみましょ。せっかくの休みなんだから」
そう言って“にこっ”と笑うとレイは目を輝かせて微笑んだ。
カレンとミコトが航宙軍士官学校に入って既に四ヶ月が過ぎた。後二ヶ月で首都星“ランクルト”上空一〇〇〇キロに浮ぶ軍事衛星にトレーニングの拠点が移る。その為にも二人は宇宙空間に出る前にシミュレーションでアトラスⅡ型を体に染込ませたかった。
カレンは、目の前のヘッドアップディスプレイに映る赤い光点を視認すると瞬時に右上方を意識した。自機より荷電粒子が発射された瞬間、右上方にアトラスⅡ型は遷移した。
直後左下に緑の光の束が過ぎ去った。同時に先ほど映っていた赤い光点が消えると直ぐに次の赤い光点を視認した。左後方よりミコトの機が近づいてくると直ぐに二人は右側面に遷移した。先ほどよりやや大きめの赤い光点がある。
「ミコト」
それだけ言うとカレンは、瞬時に左上方に遷移した。ミコトの機も同時に左上方遷移する。遷移する前、二人の乗機からは、荷電粒子の四本の束は発射されていた。
そして遷移した直後、自分たちの乗機と同じくらいの荷電粒子の束が右側面を輝かせた。ヘッドディスプレイに映る先ほどの大きめの赤い光点は、黄色に変わっている。
「ミコト止め」
と言った瞬間二人のアトラスⅡ型から四本の荷電粒子の束が発射され、そのやや大きめの黄色光点に突き刺さった。そしてヘッドアップディスプレイから消えた。
「すごい、現役のパイロットでもここまで出来るやつが何人いるか」
「私も驚いています。Ⅱ型でここまでやるとは思っても見ませんでした。航宙戦闘機パイロットの為に生まれてきたのではないかと思う時があります」
「データはどうだ。“あれ”への適合率はどう示している」
「信じられないことですが、シミュレーションレベルで既に九〇%を越えています」
「なんだと」
サングラスの男は一瞬考えた後、
「ゴトウ主任教官、二人のⅡ型シミュレーションは、後どの位課程が残っている」
「ほぼ終了しています。時間的には二週間あまっていますが」
「そうか」
と言ってサングラスの下で笑うと
「直ぐにⅢ型の訓練を移行させてくれ。まだ一ヶ月半残っているがその間にⅢ型をマスターさせ、上にあがった時、Ⅲ型の航宙を三ヶ月で終了させて“あれ”のシミュレーションに乗せた後、実際の宇宙空間で航宙させてみたい」
「分りました」
と言うとゴトウも微笑んだ。
「カレン、あっという間だったね。後一ヶ月で上に上がるんだ。お母さんとお父さんに上がる前には連絡しよ」
「そうね」
「そう言えば、サキもレイもⅡ型に移行するようだよ」
「えっ、何故知っているの」
「この前、レイに会った時、“今度Ⅱ型に移行する”って言っていた」
「ふーん。でも一緒に入った候補生とは、なんか会えないね」
「そんな事ないよ“ステラ”に行けば、みんないるじゃないか。サキだってレイだって色々話してくれるし」
「そうね。でもなんか私たちだけ特別扱いされていて、周りはそんな目で私たちを見ているし」
「仕方ないよ。僕たちの夢を叶える為にも少しでも先に行かないと。それに上に上がる時は一緒だし」
カレンとミコトは一週間前にB32トラックホールから左のA15トラックホールに移りアトラスⅢ型のシミュレーション訓練に励んでいた。
“アトラスⅢ型”・・現在のフレイシア星系航宙軍の前線に配備されている最新鋭機。Ⅱ型に比べ推進力は二〇%アップされ、荷電粒子砲も八〇センチから一メートルに口径が大きくなっていた。
更に三万キロより遠方へはエネルギーを失わないように収束型荷電粒子を発射するが、三万キロ以内だと拡散型荷電粒子になり確実に駆逐艦レベルでも破壊する事が可能になっている。
またⅢ型は対航宙戦用の闘機型と対艦攻撃を目的とした雷撃型が用意されている。更に一部のトップパイロットしか利用できていない公開されていない機能が有った。
二人は前者のパイロットとして期待されると共にこの公開されていない機能の乗り手としても期待されている。
「ミコト、シンクロ」
カレンの機体に沿うようにミコトの機体が近づくとアトラスⅢ型の底の部分を反対側にするように背中同士を寄せた。と同時に側舷にあった荷電粒子砲が底部に移動する。
二機が一体となった瞬間、二機の底部についている口径一メートルの荷電粒子砲二門ずつ四門が一斉に荷電粒子を放った。
瞬間右方向、見ている側には上方に遷移すると二機のいた宙域に二機より太い緑色の荷電粒子の束が通り二機の機体に光を反射させた。
カレンはヘッドアップディスプレイに映る大き目の赤い光点が黄色に変わった。
「ミコト二連射」
そう言うと二機の底部についている荷電粒子砲から四本の荷電粒子の束が一度放たれると直ぐに二射目が放たれた。
カレンは、大きめの黄色の光点が完全に消えると
「ミコト、ミッションコンプリート」
そう言ってヘルメットの中で笑った。
「カレン、左舷エネルギー波」
ミコトが自分の意思を上方に向けると一瞬にして二機のアトラスⅢ型は遷移した。
「ぐっ」
カレンは一瞬の油断で体が準備できないままに急激な動きに体を締め付けられると声を出した。しかしその時は既に二機の底部から四本の荷電粒子が左舷側から来たエネルギー波を出した赤色の光点が消滅した事をミコトはヘッドディスプレイで確認すると
「カレン大丈夫か」
「大丈夫、ありがとうミコト。ちょっと油断した」
「しかたないけど、これ予定外だろう。降りたら、オサナイ教官にクレームだな」
二人のやり取りを聞いていたナガイは、オサナイの顔を見て笑った。
「完璧ですね。トラップもしのぎました。やはり一卵性の双子の持つ能力でしょうか」
「それだけではあるまい。顔は女側に似たが、身体能力は男側に似たのだろう。出なければ女性の体でこの挙動は耐えられまい」
「そうですね。しかし、アトラスⅢ型のシンクロモードはフレイシア星系航宙軍の中でも一握りのトップパイロットだけが出来る乗り方だ。他人同士がシンクロするのは難しい。しかし、あの二人はそれを本能で出来ている。今度の“あれ”に乗せるにはまさに適任と言っていいだろう。楽しみだ」
そう言うとオサナイとナガイは二人で口元だけで笑った。
一卵性双生児が故の同期能力は、現役の他のパイロットさえも出来ないシンクロ戦闘を実現させた。そしていよいよ首都星”ランクルト”上空一〇〇〇キロに浮ぶ軍事衛星”アルテミス”に上がることになります。
お楽しみに。