第九章 そして未来に (2)
ヘンダーソンの頼みで、カレンとミコトはインシュリアと会話した内容を話した。事の内容は、ウッドランド大将を通して星系評議会に報告しなければならないが、そのままでは二人に害がおよぶと判断したヘンダーソンはウッドランドにとんでもない方法を伝える。
(2)
ヘンダーソンは、自分のオフィスに二人を招いた、第二艦隊A3G司令官カルビン・コーレッジ少将、カレンとミコトの隊長となるA3G航宙戦闘機部隊長アッテンボロー大佐がいた。ヘンダーソンは、オフィスの盗聴防止レベルを最大のレベル5まで上げると
「これで、外からは誰も聞くことができない。私たちだけだ。カレン少佐、ミコト少佐、教えてくれ。あの時、君たちは“インシュリア”と何を話したんだ」
瞳の奥に深い洞察を感じる視線を二人に投げながら聞くとカレンが口を開いた。
「ヘンダーソン総司令官。“インシュリア”は、こう言いました。“戦いはしたくない。我々は、人類と和平の道を開きたい。また、自分たちの星を攻撃しない、干渉しない約束が出来るなら、位相転移航法と我々の武器の技術を教えよう”と言っていました」
三人は、“インシュリア”からの提案に驚きを隠せなかった。
「位相転移航法とあの武器の仕組みを教えると言うのか」
アッテンボローは、つい口に出して言ってしまった。二人はアッテンボローの顔を見ながら頷いた。
少しの沈黙の後
「ウッドランド大将に報告する必要がある。提督は私たちと同じ和平を望む人だ。問題はないだろう。しかし星系評議会は・・」
そこまで言うと口を閉ざした。“有象無象の自分の利益しか見ていない者もいる。どうすれば”、そう思うと簡単に報告するわけにはいかなかった。もちろんこの子たちの為にも。
三日後、ヘンダーソンはウッドランド大将とともにランクルト本星にある星系評議会ビルの一室にいた。
「ウッドランド提督。今言ったことは本当の事かね」
カイン・ボールドウィン評議委員は、にわかに信じがたいという顔をした。他の議員も信じられないという顔をしている。
「本当です。我がフレイシア星系航宙軍開発センターの技術者たちが、総力を結集したレシーバによって彼らの言葉を解析しました」
ウッドランドは、“なまじ嘘ではない”という思いもあり、自信を持って評議会のメンバーに話した。
「謎の物体、今では“インシュリア”生命体ですが、彼が我々の問いに答えた事は第二艦隊の誰もが知っていることです。そしてそれに我々が、返答したことも。ただし、このことは、艦隊員は知っていますが、公にするには時期尚早としてかん口令を敷いています」
あの子達の事は絶対に分からせないように、入念なかん口令と命令を航宙軍全軍に指示した。もちろん出した内容は、他の艦隊員が聞いても理解できるものだった。
“通達が有るまで第二艦隊から知り得た情報は、軍事機密とする。漏洩した者、知った者は銃殺刑のみ”単純な命令だ。中身は何も分からない。極めて簡単が故に浸透した。
ヤン・マクリーン評議会代表は、
「“インシュリア”が和平を望む以上、我々が攻撃をする理由はない。しかし、位相転移航法と我々が開発中のあれまでも供与するとは」
“インシュリア”が出した提案に理解できないでいた。
「フレイシア星系としては、あの二連星宙域へのボーダーヘッジと“インシュリア”星系への訪問使節団及び技術者の派遣を考えなければならない。ウッドランド提督、航宙軍から適切なメンバーを早急に選んでくれ。先遣隊を一ヶ月後には出発させたい」
「はっ」
ウッドランドは星系評議会が“インシュリア“からの和平の提案を受け入れることに安堵していた。だが、どうしても理解できない事が有った。しかしそれは、彼らには、言えない事だった。
「ウッドランド提督、“インシュリア”星系先遣訪問使節団の総責任者として成功を約束してくれ」
「マクリーン代表。任せてください。必ず“インシュリア”との交渉を成功裏に終わらせて見せます」
第一次“インシュリア”先遣訪問使節団、星系評議会からは、カイン・ボールドウィン評議委員を代表とする五名の評議委員、航宙軍開発センターからは、ホーランド大佐をはじめとする八〇名の技術者とその機材がタイタン級高速補給艦に搭載されていた。
そしてフレイシア航宙軍からは、今回の接触の発端となった第二艦隊ヘンダーソン中将配下の正規編成の七一二隻の艦艇と三〇〇〇名の陸戦隊、調査機材を積んでいる三〇隻の輸送艦、そして航宙母艦アマルテアに自律編成航宙戦闘機部隊の正規編成、無人機アトラスⅣ型一九二機補用一八機の早計二一〇機のアテナ大隊が含まれていた。
「提督頼みます。必ず交渉を成功させてくれ」
「任せて下さい」
軍事衛星アルテミスの航宙軍基地の出港セレモニーでヤン・マクリーン星系評議会代表は、ジェームズ・ウッドランド大将に言葉をかけた。
やがて、セレモニーも終わり、全員が艦に乗り込んでからしばらくしてアガメムノン級航宙戦艦、アルテミス級航宙母艦が第一層を、アテナ級重巡航艦、ワイナー軽巡航艦が第二層を、そしてヘルメース級航宙駆逐艦、ホタル級哨戒艦、タイタン級高速補給艦が順次軍事衛星の港を離れて行った。
「ミコトすごい」
「うん」
いつもはA3G部隊規模の訓練編成の出港しか見ていない二人は、正規艦隊の出港に目を輝かせていた。
「カレン、アッテンボロー大佐もヘンダーソン中将も僕たちを守ってくれたね」
「うん、顔には疑問がいっぱいあったけど」
「そうだね。もう半分くらい分かっているのかな」
「さあ、でももう同じ人類とはもう思っていないような気がする」
「僕だってお母さんからはっきり聞かなかったら理解できなかったもの」
カレンとミコトは、今回の出発の前にアッテンボロー大佐の許可を得てランクルトにいる両親のもとへ戻った。
自分たちの出自のこと。これからどう生きていけばいいのかなど色々と教えてもらった。そして、“インシュリア”と話さなければいけいない内容も。同族でありながら決して交えてはいけない人類(種族)のことなども色々な事を教えられた。だが、全ては二人の心の中にだけある事だった。
先遣隊は、フレイシア星系惑星公転周回軌道面を左舷に見ながら徐々に下方に下がって行った。そして星系外縁部、カイパーベルトをくぐるとインシュリア星系方面の跳躍点から位相慣性航法に入った。
「ミコト、今度はきちんとするしかないね」
「仕方ないね。でも適当なところまで。ホーランド大佐も妥協してくれたし」
ホーランドはどうしても理解できない事象にアッテンボロー大佐に頼み込んで二人とプライベートに会った。そこで
「ツインズ。頼む。協力してくれ。君たちの能力は、我々の技術力を遥に上回るのはもう十分に理解している。しかし今回の“インシュリア”との会話を明確に理解しないとフレイシア星系として彼らを理解できないこと、敷いては友好関係を結ぶことの障害になるかも知れない。頼む」
そう言われて、決して私利私欲でないことを二人に説いた。一生懸命話すホーランドにカレンとミコトも決して自分たちの思考を取らないことを条件に思考のコピーの方法を教えた。
「ふふっ、あそこまで言われたら協力する姿勢を見せないと」
重力磁場を利用した位相慣性航法によるインシュリア星系まで一五〇〇光年、一五日間の移動であった。
この間は何もない。光よりはるかに速い航法では通信もまともにできない。この状況では何もできなかった。
アテナ大隊の母艦アマルテアでは、航宙機発着庫にある無人機アトラスⅣ型改九六機、更に待機庫にある九六機と補用一八機が眠っていた。たまに発着庫へ行ってもカレンとミコトの二世、それに四組のジュンとサリーが、パイロットヘッドをチカチカして二人に話しかけるだけだった。
「ミコトどうしよう」
「カレン、のーんびり」
「そうだね」
そう言うと二人でほほ笑んだ。
「艦長、インシュリア星系跳躍点出口まで、後一〇分です」
航法管制官からの報告にバーレン・クレメント艦長は、総司令官の方に顔を振り向くと
「ヘンダーソン総司令官、インシュリア星系まで後一〇分です」
ヘンダーソンは頷くとコムを口元にして
「第二艦隊、全艦に告ぐ。こちらヘンダーソン総司令官だ。後一〇分でインシュリア星系に到達する。全艦攻撃システムをオン、レーダー全方位走査最大、前面シールドを最大にしろ。ただし、命令有るまで絶対に攻撃するな」
短いテキスト命令を送るとヘンダーソンはまだ灰色にしか見えないスコープビジョンを見た。
「インシュリア星系まで後、五、四、三、二、一。抜けました」
インシュリア星系のフレイシア星系方面跳躍点に突然数えきれない戦艦が現れた。フレイシア星系航宙軍第二艦隊である。最初、哨戒艦が現れ、そのレーダー能力を最大にすると続いて航宙駆逐艦、軽巡航艦、重巡航艦、巡航戦艦と次々にその姿を現した。
「これがインシュリア星系」
自分たちの星系とのあまりにも違う姿に第二艦隊旗艦アルテミッツに乗る司令スタッフは、もちろん、第二艦隊の全員が驚きの表情を隠しきれなかった。
「総司令官、星系の分析結果が出ました。いま、スコープビジョンに表示します」
「インシュリア恒星、恒星年齢二一〇億年、なに」
あまりにも想像の外にいた数値に主席参謀ボールドウィン大佐は、声を出した。
「推定恒星寿命、後五億年、典型的な赤色矮星です」
他に惑星が八つある。“星系ができた時は、繁栄を極めただろう”そう思うとボールドウィンは、少し考え深げになった。
「恒星エネルギー波きます。対ショック準備」
言うより早く、第二艦隊に赤色矮星の不安定なエネルギー波が襲った。戦艦レベルでは軽い揺れで済んだが、哨戒艦、駆逐艦レベルは激しく揺れている。
「被害状況を知らせろ」
ボールドウィンの言葉と同じくして司令フロアの警報が鳴りひびいいた。
「なんだ」
「インシュリアです」
「なに」
全くレーダーにかからないままに突然第二艦隊前方五万キロに姿を現した。アガメムノン級航宙戦艦と同じ大きさの艦が五〇隻、哨戒艦クラスの艦が千隻は超えている。二連星の岩礁帯で見た艦型と同じだ。
「全艦、前方最大防御。絶対に撃つな」
ヘンダーソンはコムに叫ぶように言うと
「アテナ大隊を発進させろ」
そう言って、自信初めて体に感じる緊張感を感じていた。今までは人類が相手だった。しかし今目の前にいるのは、自分たちより遥に技術力が優れている生命体だ。
カレンとミコトの少し広すぎるパイロットウエイティングルームの天井近くの壁についているランプが赤く点滅した。
「緊急発進」
それだけ言うとカレンは、
「ミコト、ホーランド大佐にレシーブレディを連絡」
「うん」
「ホーランドセンター長、来ました。ミコト少佐からレシーブレディの連絡です」
「すぐにシステムをオンにしろ」
ホーランドは、部下に命令しながらあの時を思い出していた。
「ツインズ。頼む。これは私の私意私欲ではない、我々が正確にインシュリアの言葉を理解できないと今回の派遣は無駄になる。頼む協力してくれ」
カレンとミコトに嘘偽りない表情で頼み込むとミコトがカレンの目を見た後、
「ホーランド大佐。分かりました。条件が二つあります。一つは決して我々の思考を読まないこと。二つ目はここのシステムでは分析能力とレシーブキャパシティが小さすぎます。アガメムノン級航宙戦艦に使用されている多元スペクトル解析を利用してください。六四隻分」
「なに」
ホーランドは、最初の言葉は理解したが、次の言葉理解できなかった。
「どういうことだ」
「ここのシステムでは僕たちの思考を受け入れるのに三〇秒と持ちません。航宙戦艦並みのスペクトル解析能力とそれに見合うレシーバが必要です」
ホーランドは自分の耳を疑った。航宙戦艦の多元スペクトル分析は、レシーバに入る放射線の種類とその減衰率、そして光子よりも早い粒子の減衰も調べ、その差分を分析し何十億光年も先の星を認識する能力を持っている。それがスコープビジョンに表示されるのだ。その力を六四隻分必要だと言っている。
「分かった。すぐにそれだけの物はすぐに用意できない。二隻分なら三日もあれば用意できるだろう」
あの時の会話を思い出していた。“結果はあの子達の言うとおりだった”
「ホーランド大佐。システムレディです」
三二隻の高速補給艦では間に合わず特別に用意した輸送艦三〇隻に航宙戦艦六四隻分の多元スペクトル解析システムを積み込んでいた。
「ミコト少佐にレディを送れ」
「はっ」
既に連携方法は、聞いていた。距離も関係ない、星系間連絡手段“高位次元連絡網”など赤子の技術と言わんばかりの仕組みだった。
「カレン、レシーバレディ」
「了解」
「アテナワン、アテナA大隊九六機全機発進準備完了」
「アテナワン、アテナA大隊。エアーロック解除。シーケンスクリア。発進どうぞ」
「アテナワン、アテナA大隊。行きます」
オカダ中尉の可愛い声がヘルメットの中に入ってくると九六機が一斉に射出された。少しして
「アテナツー、アテナB大隊九六機全機発進準備完了」
「アテナツー、アテナB大隊。エアーロック解除。シーケンスクリア。発進どうぞ」
「アテナツー、アテナB大隊。行きます」
今回は、二回の射出でアテナ大隊全一九二機が発進した。
他の航宙母艦からアトラスは射出されない。あくまで会話が目的の為だ。
「ミコト」
「カレン」
今回は意識を移譲しなかった。アテナ大隊が射出されるとインシュリア艦隊の大型艦二〇隻がものすごいスピードでアテナ大隊に近づいた。五〇〇〇キロまで双方が近付くとインシュリアの艦隊は前方の制御スラスタを全開にして航宙を止めた。カレンとミコトも航宙を止めると二人は意識を集中した。
「ホーランド大佐、来ます」
ホーランドの前にある幅五〇メートル、縦一五メートルはある大型ディスプレイに映るいくつもの波形が激しく左から右へ流れ始めた。波形の下では、波形種分の数だけ段になっている縦バーが激しく動いていた。
「すごい、これがあのインシュリアの思考」
自分がまだ学生だった頃、フレイシア星系アカデミーで量子コンピュータというものを歴史で学んだホーランドは、その映像に似ているような気がした。
「しかし、違う。スペクトル解析をここまでする伝達波は一体」
二人の言われるままに準備し、理論も何も分からないホーランドは、ただレシーバに残るグラフィック映像を横目で見ていた。
ヘンダーソンはフレイシア星系外縁部で見た映像がよみがえる気持ちで見ていた。“あの子たちはいったい”考えても仕方ないことだった。ただ今となっては二人に解決を依存するしかなかった。突然
「ヘンダーソン総司令官。会話が終了しました」
“えっ”と思うと既に離れていくインシュリアの艦隊の映像が映っていた。その間一五分。本来はあの二人が話の道筋を付けた後、評議会の五人が交渉に入る予定だった。ヘンダーソンはコムを口元にすると
「どういうことだ。評議会のメンバーとは何も話してないぞ」
カレンに問い掛けると
「必要ないということです」
「では、位相転移航法とあの武器の仕組みは」
「既に輸送艦のレシーバに情報を送り込みました」
「なに」
さすがに驚いた。膨大な資料があると思っていたヘンダーソンは
「ホーランド大佐、資料は全て受信したか」
「はっ、受信しました。しかし」
「しかし、何だ」
「分かりません。何が書いてあるか映像のようなものです」
ヘンダーソンは無言のままスコープビジョンに映るアテナ大隊とインシュリアの艦隊を見た。
「ミコト」
「カレン」
二人は、インシュリアとの会話が終わり、待機状態の中でインシュリア恒星からのエネルギー波が体を通過しているのを感じた。心地よく何かに包まれるような気分にさせていた。そしてインシュリアの大型艦二〇隻が本隊に戻る頃、二人は意識の中で既に新しい生命が宿っているのを感じた。
「ふふふっ。ミコトお母さん喜ぶかな」
「もちろんだよ。カレン」
人類にとってはインシュリア恒星の激しいエネルギー波が二人にとってはゆりかごの中にいるような感じだった。
「カレン戻ろう」
「うん」
カレンとミコトとそして一九〇機の無人アトラスは、螺旋の輪を描くようにアマテラスに帰還しようとしていた。
カレンとミコトの出自、本当な何だったのでしょう。「人類と同族でありながら交わりは許さない」と言った母親からの言葉。
でも、この物語はここで終わりです。航宙軍士官学校物語から始まったこの物語。お楽しみ頂けたでしょうか。




