第一章 航宙軍士官学校 (2)
いよいよカレンとミコトの航宙軍士官学校の教練が始まります。その教練に教官や他の候補生が驚くほどの知識を見せますが・・・
いかがなることやら
お楽しみ下さい。
(2)
「カレン、航宙機構造学難しかった。初日からこれじゃあ、先が思いやられる」
「ミコト、その割にはずいぶん難しい質問して教官を困らせていたじゃない」
“へへっ”と顔をすると
「だって、あの位知ってるよ。伊達に“アトラス”の機体構造マニュアルを手に入れて“にらめっこ”してたわけじゃないから。この質問したらどんな答え方するのかなと思っただけ」
「呆れた」
「さて、次は航宙力学だよ。早く教室戻ろう」
“ステラ”で講義に合間の休みを取っていたカレンとミコトは、椅子を引いてテーブルから離れると教練棟に急いだ。
航宙軍士官学校に入り、オリエンテーションも受けたカレンとミコトは、いよいよ本格的な教練課程に入った。
「カレン、正対面積に対して宇宙風の抵抗をどのくらいに見るかを考察する時、あの方程式ちょっと古くない」
「そうね、でも教官が映し出しているからいいんじゃない」
「まあいいか」
「こらそこの二人、私語は慎め」
「はーい」
ハーモニーで答えると回りの候補生が小声で笑った。
「全く、何ですかあの二人は」
「どうした」
「いえね。航宙力学の初歩講義を行っている時、例の双子が、「方程式が古い」とか言い出して」
「なるほど、そうですか。私も航宙機構造学の初歩講座を話していたら、いきなり機体構造合力特性の話題を出すから。答えを言うのに一苦労です。なにせ回りの候補生は何を言っているのか分らないですから」
「ははは、そうですか。やはりあの二人には初日からですね」
指導教官の事務室で話す教官同士の会話にゴトウ主任教官が口を挟んだ。
「仕方ないですよ。あの二人フレイシア・アカデミーでも常にトップ争いをしていましたし、士官学校の三次試験までトップでしたから。ただ面白いのは、間違えるところや間違え方までそっくりです。楽しみですよ。まあ、回りの候補生の邪魔にならないように二人のレベルを引き上げてください。お願いします」
ゴトウの言葉に“なぜそこまで”という少し不思議な顔をしながら
「ゴトウ教官がそこまで言うなら」
と二人の教官は、言葉を止めた。
「おーい、アオヤマたち」
そう言って“ステラ”で休憩しているカレンとミコトにレイ・オオタが話しかけてきた。
カレンは、何だろうと思い、声の方向に振り向くと
「ちょっと、目立ち過ぎるよ。いくら頭が良いからって、他の候補生が分からない質問をしすぎると嫌われるぜ」
“えっ“とした顔でレイの顔を見ると
「ふーん、そんなものか」
と言ってミコトが反応した。
「そうだよ、まだ初級課程だぞ。いきなり方程式がどうの、機体構造合力特性がどうの、と言われてもほとんどの候補生は分からないよ。すくなくともクラスでは、同じスピードで行かないと。教官もそれを意識して教えているのだから」
良くしゃべるレイに感心しながらミコトが顔を見ているとカレンが、
「分かったわ。ところで“クラスでは”とはどういう意味」
「それは、君たち次第だよ。まあ始まったばかりだ。どんなに急いでも教練課程が縮まる訳ではないよ。じゃあね」
そう言ってふたりの前を立ち去るのを見ながら
「まあ、確かに一理ある。でも僕はレベルの低い教育を受けたくないな」
「ミコト、少し様子を見ましょう。どうしようも無かったら指導教官に言えばいい」
「そうだね」
というとカレンとミコトは二人で目を合わせて微笑んだ。
「カレン、ちょっと待って。もう少しゆっくり走ろう。後ろは、レイとサキだけだよ。他の人は見えないよ」
「ゆっくり走っているよ。ミコトが遅いだけ」
走りながら後ろを向いて微笑みながら言うとミコトは少し息を切らしながら、追いついて来た。
「カレンが、速すぎるんだよ」
パイロットの基礎中の基礎である持久力強化メニューだ。航宙軍士官学校の周囲一〇キロを三〇分で走る。この他に八キロの連続水泳等、基礎体力の強化の他に瞬発力を鍛えるメニューや上下左右に急激な移動に耐える為の平衡感覚強化メニュー等がある。これをパスしないと三ヵ月後の“航宙機シミュレーション”課程には進めない。
教練課程の一ヶ月のテスト毎にクラスの候補生の顔が変わる。Aクラスは、その中のトップクラスだ。
ミコトは、瞬発力や平衡感覚ではカレンを上回っていたが、持久力だけは、カレンに敵わなかった。
レイやサキは、二人といつも同じクラスだったが、全てにおいて優秀という訳ではない。いつだったが、レイが
「ミコト、これさっき教官がなんて言っていたのか分らない。教えてくれ」
と言うと
「これは、“不正弦立法の広角正面”における航宙機の移動傾向を現した式で、これを元に航宙機は航宙状態をプログラミングされて、パイロットの意思伝達の遅れを補完するようになっているんだ」
これを聞いたレイは、
「教官よりお前の説明の方が分らん」
と言って“ぷん”とした事もあった。ミコトが
「もう少し簡単に」
と言って説明すると
「最初からそう説明しろ」
と言って教えてもらったミコトに文句を言ったほどだ。カレンとミコトはそのAクラスの中でも常にトップにいた。
サキはカレンに
「カレン、構造合力特性における正面圧力をアルファとした時に、側面圧力をベータとすると加法積分における合力は、航宙機全体にどう及ぼされるの」
と聞くと、カレンの答えにサキは、完全に頭の上に疑問符が山のように湧き出た顔をして
「ねえ、頼むからもう少し簡単に説明して」
と言い出す始末だった。
ただ、レイとサキは、いつも“にこにこ”しながら楽しそうに教練課程を過しているカレンとミコトを見るといつの間にか側にいるようになった。
何より顔はそっくり、体つきが女性と男性という二人に興味を持っていたのも嘘ではないが。
そんな四人の集まりもたまにカレンとサキだけになる事がある。そんな時、サキはカレンに
「カレンとミコトってもう直ぐ一九でしょ・・・」
何か意味ありげな目をして聞くサキに
「サキ、何、気にしているの」
と言うと
「だって、私だって気にする年なのに、二人一部屋で・・ね」
カレンは“きょとん”とした顔をしたあと、
「あはっ、あははっ、もしかして。サキってエッチ」
顔が真っ赤になったサキは、
「でもそう考えるのが普通でしょ」
と言うと
「ミコトとは生まれた時から、体の半分は一緒と思っている。言い方変えれば二人で一人。そもそもそういう考えが出てこない。サキは自分の体を見てそう思わないの。自分の中に二人いても同じでしょ」
そう言ってお腹を抱えて笑っていた。
サキは“やっぱり、そんなのもかな”と思いながら、“くったくのない”笑顔で笑うカレンを見ていた。
「ミコト、今日サキが変なこと言っていた。ミコトを見て男に思わないのかって」
「えっ、カレンは僕を男と思わないの」
そう言って半分笑いを堪えている顔をしながら言うと
「ミコトだって、私を女と思ったことあるの」
と返した。
「いやあ、そんなこと言ったって、お母様から出て来る時、どっちにどこが付いていたかだけ・・・」
その時、いきなりカレンの右手がミコトの頬に迫った。瞬間ミコトが、かわすと今度は、ミコトがカレンの腕の下に右手刀を入れてきた。
“サッ“とカレンは体をスライドさせながら右ひじを左回転させながらミコトの脇腹に入れようとすると左手でひじを受け流しながら右手でカレンの体を支えた。
「カレンお姉さん。鋭くなったね」
「ミコトに鍛えられていますから」
と言って二人で笑った。体をぴったりと付けながら
「ミコト、いつも二人で一人」
そう言ってカレンはミコトの背中に腕を回すとピッタリと自分の体をくっつけて頬を頬に添えた。
ミコトが顔を真っ赤にしながら両手は下に下がったままだったが。
姉弟喧嘩というものでも無く、何となくストレス発散みたいなものだった。二人にとって。
そんな時間を過しながら、教練課程は三ヶ月が過ぎ、いよいよ首都星“ランクルト”での最終課程“航宙機シミュレーション”へと移って行った。
「ミコト、いよいよだね」
「うん、いよいよだ」
「航宙機シミュレーションか。どんなんだろう」
二人は、机に向かって今日の復習をしながら思いを巡らせていた。
「候補生諸君、今日から航宙機シミュレーション課程に入る。この課程の担当主任は、私ゴトウが担当する。更に教官が二人付く」
そう言ってゴトウ担当主任が、二人の教官を紹介した。ゴトウが教室を出て行くと、一人の教官が、
「今、皆のデスクスクリーンに映っているマニュアルが航宙機アトラスⅠ型だ。これから諸君が搭乗する訓練機体だ。航宙中は、当たり前だがマニュアルを見ることが出来ない。徹底的に頭に叩き込んでくれ。訓練機だと思って甘くみないように。基本機能は新型アトラスⅢ型と同じだ。二週間で頭に入れて、後の二週間でスクリーンを使った簡易シミュレータで覚えたものを確認する。その後に実際の航宙機シミュレーションに移る。最初の二週間、午前中は航宙機機体構造の習得だ。午後は航宙性能や実際の航宙における軌道についての勉強だ」
そう言って説明した教官は、みんなを見渡した。
講義が始まると他の候補生がマニュアルを覚えるのに必死になっているのにカレンとミコトはスクリーンも見ずに暇そうにしている。
「どうしたアオヤマツインズ」
カレンとミコトについたニックネームだ。二人を呼ぶのが面倒な時は、教官が使用する。
「はい、もう十分頭の中に入っています」
不思議そうな顔をする担当官にカレンが、
「ここに入る前に二人とも覚えました」
教官の口が開いたままになっている。他の候補生も同じだ。
「全く、三ヶ月前も同じだったが、どういうつもりだ」
「如何しました」
「“アトラスⅠ型のマニュアルは全て頭に入っているって”言いましたよ。あの二人が。嘘だろうと思って、この前改訂したところを質問したら一言一句間違えずに答えました。呆れるばかりです。あの二人には」
「そうですか。そうですか」
と言ってゴトウは、目元を緩ますと
「あの二人だけ先行させますか」
「しかし、それでは他の候補生と」
そこまで言ったところで話を切るように
「構いませんよ。校長も問題ないと言いますよ」
「ミコト、行くよ」
次の日、“アトラスⅠ型のシミュレーション講義”を聞きに行く為、ドアの側でミコトに声をかけると
「カレン、ちょっと待って」
「なにしてるの」
「うん、カレン見て」
そう言ってミコトはカレンにデスクの上にあるスクリーンパッドに映る映像を見せた。
「えっ、どういうこと」
スクリーンパッドには、
「カレン・アオヤマ、ミコト・アオヤマ、本日より航宙機シミュレーションの実地訓練に入る。B32トラックホールに九時に来るように」
と映されていた。
驚きながらもカレンは、航宙軍から支給された腕時計を見ると
「あっ、九時まで後一五分。B32トラックホールは、ここから走っても一〇分掛かる。急ごう、ミコト」
「うん」
そう言うと、二人でいつもの教練棟には行かず、急いで士官学校の中のグラウンドの反対側にあるB32トラックホールに行こうとした。
グラウンドと言っても、四〇〇メートルトラック、サッカーグラウンド、水泳施設、テニスコートの他、各種トレーニングジム施設がある。
その反対側にある。普段は、シャトルで行くのだが、二人はまだそれを知らない。急いで自分たちの建物を出ようとすると、
「アオヤマツインズ、B32トラックホールに行くには、シャトルがあるわ」
そう言ってヒサヤマ衛生担当員が声を掛けた。
「えっ、なぜ僕たちのことを」
「さっ、考えている前に乗りなさい。遅れるよ」
既にシャトルは、教官事務棟の前に来ていた。
シャトルのドアを開けて中に入り二人で一列になってシートに座ると、中に二人だけだということが分った。少し違和感を覚えながらドアを閉めるとシャトルは動き出した。
二人が後部の窓から後ろを振返るとヒサヤマがシャトルを“じっ”と見ていた。やがてシャトルが見えなくなると教官事務棟からサングラスを掛けた男が出てきた。
「ヒサヤマ。どうだ、あの二人は」
「オゴオリ開発センター長。予定より少し早く進んでいます。あの二人がアトラスⅠ型とⅡ型のマニュアルを既に頭に入れてあったそうです。既に旧型とは言え、まだ使用されている“航宙戦闘機のマニュアル“は軍事機密扱いです。一般民間人がどうやって手に入れたかは聞きませんでしたが、少し驚きました。ただそのおかげで他の候補生より先行して航宙戦闘機シミュレーションに入れることが出来ます。データを取るにまたとない機会です」
一息置くと
「座学と運動メニューは、他の候補生の追随をまったく許しませんでした。むしろ、教官連中が“たじたじ“で進めにくいと言っています」
「そうか」
と言うと教官事務棟とは逆の方向へ歩いていった。
カレンとミコトは教官事務棟から離れたB32トラックホールに着くとシャトルが止まり、ドアが自動で開いた。すでに教官らしい男が二人立っている。二人がシャトルから降りて教官のそばに行くと
「待っていたよ。アオヤマ姉弟。私は航宙戦闘機シミュレーション訓練担当官のオサナイだ。宜しく」
そう言って笑顔を作った。続いて
「同じくナガイだ。宜しく」
そう言って二人目の男も笑顔を作った。
二人とも整備士が着るようなメンテナンスウエアを着ていた。
「さっそくだが、付いて来てくれ。今から航宙戦闘機シミュレーション機構の説明をする」
そう言ってB32トラックホールの右側にある入口に歩き始めた。
カレンとミコトは目を輝かせて顔を見合わせ、二人の訓練担当官に付いて行くように歩いていくと振返りもしないでオサナイが、
「机上で覚えるのと実際はずいぶん違うから覚悟しとけよ」
と言って笑った。
カレンとミコトが歩きながら顔を合わせると“ふふっ”気が付かれない様に笑った。中に入るとオサナイが、奥を指差して
「この奥にパイロットスーツに着替えるロッカールームがある。右が男、左が女だ。着替えたら二階のシミュレーションレクチャルームに来てくれ」
そう言って、自分たちは左にある階段を上って行った。
カレンとミコトは顔を見合わせると“にこっ”として建物の奥に歩いていくと、少しして右側に“男性用”、左に“女性用”というプレートが見えた。
部屋を出る直前まで教練棟に行く予定でトレーニングウエアを着ていた二人は、心の中で“わくわく“していた。
「ミコトじゃあね」
と言って手を振るとカレンはドアの右上にある非タッチ式のパネルに自分のIDをかざした。左にドアが開いていくと左右にロッカーが並んでいて一番手前に自分の名前の付いたロッカーが立っていた。
少し殺風景だが“まあこんなものか”と思って、やはりロッカーのドアの目線の高さにあるパネルにIDをかざすとドアが右にスライドした。
思ったより中が広いロッカーだ。目線より少し上にバーがありそこにパイロットスーツが掛かっている。白を基調として縦に赤の太いストライプが、両肩から足元に向かって流れていた。更に右側に同じカラーのヘルメットが掛かっていた。
カレンはトレーニングウエアを脱いでパイロットスーツに着替えると”あれっ“と思った。まるでオーダーメイドのように体にピッタリである。
制服といい、パイロットスーツといい、おかしいなと思いながらパイロットスーツを着ると胸と腰の辺りにインジェクションの受け側が着いている。右手でヘルメットを取ると一応かぶって見た。
「ふーん、結構ピッタリだ」
どこに当るというわけでも無くどこに隙間があるというわけでもない。ただ内側が少し柔らかい感じがした。ヘルメットにもインジェクションの受け口が付いている。
ヘルメットを外してロッカールームを見ると、ハンディタイプのスクリーンパッドが置いてあり、自分の名前が下についている。
“これも持って行くのか”と思ってそれを手で掴みロッカーの外にあるボタンを押すとロッカーのドアが左にスライドして閉まった。
それを確認して直ぐ側にあるロッカールームの入口を出た。既にミコトが男子用のロッカールームで待っていた。カレンの来ている赤のストライプ部分が青だ。
「へーっ、かっこいいな、カレン」
そう言って“にこっ”とするとカレンも
「ミコトも似合うよ」
そう言って二人で微笑んだ。
二人が、二階にあるシミュレーションレクチャルームに行くと先ほどの二人の訓練担当官が待っていた。カレンとミコトがルームに入ると二人は、目元を緩めてオサナイが、
「二人ともよく似合っているぞ」
と言った。カレンとミコトが少し恥ずかしい顔をすると
「そこに座りなさい」
と言ってスクリーンの前にある椅子を指で指示した。
「さて、それでは始めよう。これを見てくれ」
と言ってスクリーンがオンになると航宙戦闘機側面映像と共に横に名前とスペックが映し出された。
「最初に乗るシミュレーションⅠ型機のスペックだ。計器類は目視型ディスプレイで最初はこれで練習する。もちろん体感は、全て宇宙空間と同じなので気を緩めることの無い様に。二人ともスペックは頭に入っているから構造や計器類の説明は省く。この機では、二人交互で訓練を行い、搭乗していない時は、相手のシミュレーションを見ながら自分のシミュレーションを反省するように」
そう言って、別の映像を映した。
「これが、シミュレーション機構だ」
二人は目を丸くした。シミュレーションボックスが天吊りにさせられ、中は真空状態。シミュレーション機まではスライド式の渡しがあるだけだ。
「これで宇宙空間を体感できるのか」
「はははっ、ミコト君、まあ乗ってみることだ」
そう言ってオサナイ訓練教官が笑った。
「さて、どうせ君たちの事だ“これはつまらない”というだろうから次のシミュレーション機も説明しておこう。一世代前だが、まだ現役機だ。アトラスⅡ型。操縦は“脳波感応型“。Ⅰ型は人の物理的な特性を利用するが、Ⅱ型は脳波スペクトル分析によって思考をアトラスⅡに覚えこませる。どうだ、知っていることだろうが、机の上とは違うぞ」
そう言って二人を見た。
カレンとミコトはその類まれな知識と運動能力により他の候補生より先行して航宙戦闘機シミュレーションに望みますが、そこにはフレイシア航宙軍の思惑が見え隠れしています。次回はいよいよ航宙戦闘機のシミュレーションに入ります。
お楽しみに