大団円
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その日は夜まで崩れた城の中から人を救出したりするのを手伝った。
祐佳達騎士団の連中も手伝ったし、ヒミカも文句を言いながら手を貸してくれた。
何とか数十人の人間を救い出した後も、ずっと怒濤の忙しさが続く。近づいてきていたアヴァール帝国軍との休戦条約の締結、さらに対アヴァール帝国同盟軍の解散などやらなければならないことが山積みだったからだ。俺はレム王国側とアヴァール帝国側の双方に精通している人間ということで便利屋扱いされ、結局二月ほどの間休み無く動き続けた。
サラリーマンの一生分くらい働いたような気がする。それでも何とかやり遂げ、途中、イレーネ師匠の宿屋での師匠の妹で幼馴染みのナタリアとの再会や、アニェーゼと祐佳の決定的な激突等忘れられないイベントもあった。俺は、そのすべてをくぐり抜け、ようやく一息ついた。打ち上げ的な宴会をやり、明日にも魔法塔に向かって出発する、と言う夜に俺は宿屋の自分の部屋で独りで荷造りをしていた。
逃げだそうとしていたのである。
考えてみれば俺は魔法塔からの脱走者だ。
アニェーゼやフィレオ四世が教授会に取りなしてくれる、と言っているがそれがうまくいくかどうか分からない。とりあえず審議の間、時間凍結刑に戻される可能性だってあるのだ。
それはごめんこうむりたいわけで、俺はすべてを捨てて逃げだそうとかなり前から決めていた。
だから迷いはない。
荷物をすべてすべて詰め終え、最後に部屋を見回した。
なんだかこみ上げてくる物がある。
だが、これで終わりだ。
怒濤のような人生も、不相応な重要人物的立ち位置も。
俺はこの世界で普通の人生を送り直す。
俺は一人で頷き、部屋を出ようと扉に近づき、ノブに手をかけようとしたその瞬間、目の前でノックの音がして俺はびくりとした。
なんだろう。
アニェーゼが何か用でも思いついたのか。
あるいは祐佳が説教でもしに来たのか。
いずれにせよ、逃げ出すのがばれるのは困るわけで、俺は慌てて詰めたばかりの荷物を肩から外してベッドの下に押し込み、扉に再度近づいた。
耳を澄ませながら、
「えーっと、誰ですか?」
返事はなかった。
俺は眉をひそめ戸惑いながら扉越しに扉の外の様子をうかがう。
突然、ノブがぐるりと動いた。
当然鍵は掛かっている。ガキリとノブが止まった。
だが、外から力は込められ続けているようで、恐ろしいことに金属製の鍵はメキキと音を立てながら割れ、愕然としている俺の目の前であり得ないことに扉は無理矢理引き開かされた。
俺は大きく飛び下がった。
間違いなく襲撃だった。
扉の向こうには肉の壁。いや、肉の壁ではない。筋肉の壁だ。
襲撃者がのそりと頭をかがめ、部屋に入ってきた。
「ここにいたのか……」
部屋の空気の密度が一気に上がった。それほどの存在感を襲撃者は放っていた。人間という枠を越えた肉の気配とそして魂の気配。
俺は襲撃者を見上げながら呆然とつぶやく。
「な、なんでここに……」
襲撃者は胸を張った。
「当然勘だ!」
襲撃者--シャープールは、狭い宿屋の部屋の中をたった二歩で俺に歩み寄りそのまま俺をまるで子犬のように持ち上げ、
「探したぞ兄弟!」
「あ、いや、その……」
外から新たな声が聞こえてきた。
「当たりだったようですね」
入ってきたのはセルマだった。
「勝手にいなくなるとは困った主人殿だ」
「セルマさんまで……」
半年ぶりくらいの再会だった。
シャープールは変わらず、セルマはちょっとだけふっくらしたかも知れない。
?にまみれていた俺は何とか疑問を絞り出した。
「えーっと、あのその駐在武官の仕事は……」
シャープールが俺を下ろして嬉しそうに答えた。
「もちろん辞めた!」
「私の主人殿はただ一人だからな。これは仕方が無い」
二人ともまったく悪びれる様子がない。
俺は長い長いため息をついた。
「まぁ、あなたたちならいいか。僕はこれから旅に出ようと思っているんですが、一緒に行きますか?」
「お? ついに自分の国を建国する気になったのだな! よぉし、手伝うぞ!」
「お供しよう。うむ。新イズマール国の建国か。悪くない」
俺が「そんなつもりはありませんよ」と答える前にすっかりその気になったシャープールはおもちゃを渡された子供のようにはしゃぎだした。
それをしばらく見た後、なんとなくため息が俺の口から滑り出た。
同じくため息が複数部屋の外から聞こえてきた。
慌ててそちらを見ると、旅支度を済ませたアニェーゼと祐佳とイレーネ師匠とナタリアがいた。
「え? あれ?」
代表するようにアニェーゼが一歩進み出て、
「ったく、出てくるのが遅いって思っていたらなんなのよ、この有様」
「え?」
「あんたが逃げようとしているのなんて全部お見通しだったわよ。だから抜け駆けして私だけ一緒に行こうとしていたらあんたがもたもたしていたせいでーー」
アニェーゼはそう言って、ちらっと祐佳とイレーネ師匠を見て、
「余計なものまで来ちゃったじゃない!」
そしてつかつかと俺に近づき、
「で、どこに行こうってのよ?」
俺はしどろもどろ答える。
「いや、あの、まだ決めてないというか……」
いつの間にか俺のすぐ横にいた祐佳が、
「お兄ちゃんは寒いの苦手だから暖かいところがいいと思うな」
「いや、その……」
「俺は強敵がいればどこでもいいぞ!」
喧々諤々始まった。
議論に参加していなかったイレーネ師匠が思い出したように言った。
「で、そろそろ行かないと、宿の主人が来ちゃうわよぅ?」
イレーネ師匠の言葉に俺は壊れた扉を見た。一瞬考え、
「行きましょう!」
俺は慌てて窓から飛び出した。
みんな窓からついてくる。
地面に着地した。二階から飛び降りてもまったく問題無い。
前世の身体なら足を折っていたかも知れないが、この身体なら問題無い。
うん。
ま、いいか。どうにでもなれ、だ。
吹っ切れると足が軽くなった。
俺はとりあえず南に向かって走り出した。
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三年後、小国が割拠していた南の島国を統一し新しい王朝ができた。
イズマール・オザキ王朝と名乗ったその王朝は、百五十年間戦乱が続いた地に二百年の平和をもたらしたという。
長期にわたって拙い作品におつきあいいただきありがとうございました。この後、彼らの後日譚的なものをいくつか書きたいと思っております(時期は未定です)。また、可能であれば今回の連載で分かったことを生かした次作をスタートしたいと思っています。引き続き、なにとぞよろしくお願いいたします。




