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再会

     @


 後で聞いた話である。



「久しぶりですね、フェデリカ」


 自分に向けられたのは、やわらかな、だが強い意志を感じさせる声だった。

 その声を聞きヒミカは目を細めた。

 相変わらず不愉快な声だ。

 そのまま相手の全身を見る。自分と同じ二十一歳の身体であるはずだが、自分とは比較にならないほどメリハリがある。男を誘うような突き出た乳房にくびれた腰。

 気にくわない。

 声も身体もそして揺るがない心も気にくわない。

 結局、自分はアルビオンの何から何まで気にくわないのだ。

 昔からずっと。

 ヒミカは咳払いをした。なるたけ平静な声を出す。


「そうですね。五年ぶりでしょうか?」


 ヒミカは五年前、すべての計画を立てた後、最後の確認のためにアルビオンのもとを訪れた。

 アヴァール帝国人であるヒミカが、レム王国にいた彼女を訪ねるのはずいぶんと大変だったが、ヒミカの魔術の才がなんとかそれを可能にしてくれた。

 そうまでして会わなければならない相手アルビオン、すなわち現在の騎士団長カテーナ二世である。

 そもそも二十一年前、過去世を忘れて異世界でぬくぬくと暮らしていたアルビオンを、同じ世界に転生していたヒミカがわざわざ出向いて魂の記憶を蘇らせこの世界に送り返した。

 というのもレムスを倒すにはヒミカだけの力では無理で、どうしてもアルビオンの力が必要だったのだ。

 アルビオンはヒミカの行動には色々思うところがあったようだが、ともあれ、「レムスの暴虐を止める」という1点においてはヒミカに賛同した。

 おそらくヒミカの目的とレムスの目的を検証し、比較し、冷静に分析した上での結論として「そうする方がベターである」と考えたのだろう。アルビオンはそういう性格だ。常に冷静沈着。レム王国を建国した三名、レムス、フェデリカ・ハンニバル、アルビオンの三名のうち、アルビオンは常に諫め修正する立場だった。

 ヒミカはふと気づく。

 いつの間にか周囲に、無数の人影が立っていた。瓦礫の上や、城壁の影など、気配を消しながらもその数は百人近い。そして、その全員から、強力な気配が立ち上っていた。

 間違いなく騎士団の連中だ。つまりアルビオンの部下である。

 騎士団の連中は遠巻きにヒミカを見ているが、アルビオンの合図一つでヒミカを排除するために動き出すだろう。

 ヒミカはギリッと歯ぎしりして、アルビオンをにらみ付ける。

 いつも上から目線で自分を見る。

 今日もアルビオンは冷たい目でヒミカを見て、


「ええ。五年ぶりですね」


 と答えた。

 ヒミカは眉を上げる。


「さて、五年前、私はあなたと盟約を結んだように記憶しています。だから、あなたの部下が私を蹴り飛ばしたのは、盟約違反のように思えるのですが、どう思いますか?」

「……私はそうは思いません。人を守るために、かつてのという意見に私も合意したのは間違いありません。しかし、あなたが行ったこの破壊活動によって苦しめられているのは人です。私はあなたのこのような行為を認めたことはありません」


 相変わらずの杓子定規ぶりだ。

 ヒミカは意図的にあざ笑うように言った。


「大きな目的のための小さな犠牲にすぎません。そんな基本的な思考もできなくなってしまったのですか? あなたの転生は魂を摩耗させるためのものだったのですか?」


 アルビオンの顔色が変わった。


「……私の過去世を否定することは許しません」


 おや、とヒミカは思う。

 過去世に対してひどく執着しているようだ。

 ヒミカは向こうの世界でアルビオンを探し出す過程で聞いた話を思い出す。曰く、尾崎祐佳は家族思いのいい子だ。曰く、尾崎祐佳は頑張り屋さんで誰にでも優しい。曰く、尾崎祐太朗と祐佳はずいぶんと仲のいい兄妹だった。

 確かに昔からアルビオンは家族に執着していた。結局こちらでは家族を創ることはできなかったが、だからこそ向こうの世界で創られた家族に強い思い入れを抱いたのだろう。

 ヒミカは唇をゆがめた。

 アルビオンの弱点を見つけた。

 ちらっと視線をそらす。

 いた。

 リキニウス。

 確かあれが尾崎祐太朗。つまり、アルビオンの兄だ。

 あれを上手く使えばアルビオンを傷つけられる。

 ヒミカは内心舌なめずりをして、


「……おっと、これは口が滑りましたか。陛下にも注意されていたのです。『あなたは賢いが言いすぎる。不必要に事を荒立てる』と。ですのであなたの過去世を否定はしませんよ? あなたはこの世界では作れなかった家族も作れてずいぶん幸せだったようですが」

「……」

「どうですか? 家族ごっこは楽しかったですか? あんな兄でもいないよりはいたほうがましですか?」

「黙りなさい」


 アルビオンはまだ冷静に答えようとしているが、綻びはじめているように見える。

 ヒミカはさらに、


「いやいや心配しているのですよ。なかなかみっともない兄でしたからね」

「……あなたの価値観で私の家族を語らないでください」

「私の価値観ではありませんよ? 社会に出た後、心がくじけて引きこもった人間に対して侮蔑的な視線を送るのは、向こうの世界に置いても極めて一般的なことだと思うのですが」

「お兄ちゃんはそんなんじゃない!」


 アルビオンの仮面がついに壊れた。

 ヒミカは薄笑いを浮かべて、


「あれ? もっと下でした? 単なる引きこもりじゃなくて実は性犯罪者だったとか?」

「お兄ちゃんはお兄ちゃんは……優しい人だ! あなたなんかにわかるもんか!」

「へぇ。優しい、ねぇ」

「何も知らないくせに勝手なことを言わないで!」

「知ってますよ」


 ヒミカはリキニウスを指さす。


「ほら、そこにいます。彼があなたの兄の生まれ変わりです」


     @


 突然の指摘に、俺は固まった。

 アルビオンと呼ばれた美女は、ヒミカの指の先に導かれるように俺を見て、目を見張り、それから、


「ぎゃあっ!」


 と言った。容貌とずいぶんギャップのある幼い仕草だ。

 それから、両手を口に当て、


「え? うそ? え? ほんとにお兄ちゃんだ……え? なんで? どうして?」


 その雰囲気は俺に圧倒的な懐かしさをもたらし、俺も何かを確信し、


「ぎゃあっ!」


 と叫んだ。

 それから俺は美女をまじまじと見て、


「ゆ、祐佳なのか?」

 美女はおそるおそるといった感じで、


「う、うん。お兄ちゃん……だよね?」

「お、おう!」

「お兄ちゃん!!」


 祐佳の目がぶわっと潤み、それから祐佳は俺に向かって駆け出してきて、抱きついた。

 俺の視界も涙でにじみ、祐佳のやけに軟らかい身体を抱き留めながら、


「祐佳! 探したんだぞぅ!」

「うん、ゴメンねゴメンね!」


 強く抱きしめる。

 祐佳の腕にも力がこもった。

 俺が知っている祐佳とまったく体格も年齢も異なるはずだが、それでも間違いなくそれは祐佳だった。

 強く抱きしめ合った俺と祐佳はしばらくして身体を離し、


「……元気だったか?」

「お兄ちゃんは?」

「まぁ、それなりに……」


 そこで俺はハッと気づく。


「そういえばあいつ! あのヒミカって野郎が祐佳を殺した極悪人だ!」

「……うん。知ってる……」


 祐佳の元気が急激になくなっていく。


「……どうした?」

「あのね。あのヒミカって人は私の古い知り合いだったの……」


 それから顔を上げ、訴えかけるような表情で


「でもね? 向こうに、日本にいた頃は全然知らなかったんだよ? 本当だよ?」

「俺は祐佳を信じるって」

「ありがとう……でも私の問題にお兄ちゃんを巻き込んじゃったのがお兄ちゃんに申し訳なくて……それでもお兄ちゃんは私を助けてくれようとしてくれたのに……」

「馬鹿だな、祐佳だって俺に逃げろって言ってくれたじゃん」

「うん。でももう大丈夫。ここなら、この世界なら私がお兄ちゃんを護れるから。知ってる? 私、ここだとけっこう強いんだ」

「俺も祐佳を護るよ。祐佳ほどは強くないけど、それでも前の俺よりかは、ね。ほら身体も痩せたしさ」

「うん。お兄ちゃん、かっこよくなったよ」


 俺と祐佳が肉親の情で目を潤ませながら見つめ合っていると、


「あのー……すみませんね、なにやら忙しそうなところ」


 甘い兄妹の世界に浸っていた俺に情け容赦ない冷たい声が浴びせられた。

 振り返るとアニェーゼだった。

 目が冷たい。


「周り、引いてますよ?」


 慌てて俺と祐佳が周囲を見る。

 ……確かにどん引きだった。みなアニェーゼと同じジトっとした冷めた目で俺たちを見ている。

 騎士団の姿をした男が一人、嫌悪というよりかは驚愕の顔で、


「だ、団長、こちらはいったい……」


 祐佳は慌てて俺と身体を離し、こほんと咳払いをした後、


「私の兄です。失礼の無いように」


 精一杯の威厳を込めて答えた。


「どうもはじめまして。妹がお世話になっております」

「ど、どうも。ダミアーノと言います」


 ダミアーノと名乗った騎士は明らかに動揺したままそれでも返事をした。

 ヒミカが唇をゆがめながら、


「兄妹にしては汚らわしそうな感じでしたが」


 祐佳はヒミカをキッとにらみ付けて、


「い、今はもう兄妹じゃないから汚らわしくなんてないです!」


 周囲のどん引き度が増した。

 まずかった。

 周りは敵しかいなかった。

 このままでは俺と祐佳の名誉が台無しになる。俺はともかく祐佳は未来もある。あまり妙な評判が立つのは好ましくはない。俺はとりあえず目撃者の口を封じるべく皆殺しを画策しようとしたところ、


「なんだ? 面白いことになってるね」


 振り返ると城壁の上にレムスが立っていた。

 背後に竜。この竜に乗って戻ってきたのだろう。

 ラスボスの登場に周囲に一気に緊張が走った。

 一方、俺は心の底からホッとして明るい声で


「ああ、レムスさん待ってましたよ」


 レムスは怪訝な顔をした。


「……ん?」

「あなたの登場がこんなに嬉しかったことは今までありません。さぁ、この場をかき回してください! このいたたまれない空気を、空気を読まないあなたの力で!」

「……なんだかひどく不快な歓迎を受けた気がするよ」

「そこは気にせず!」


 レムスは頭をかき、


「うーん……ま、いっか」


 改めて祐佳の方を見た。


「で、久しぶりにアルビオンに会えたと思ったら、君も僕の邪魔をするのかい?」

「……人に仇なすのであればやむを得ません」


 祐佳は構える。空手というか中国拳法というか不思議でかっこいい構えだ。

 俺も杖を構えた。


「祐佳、手伝うよ!」


 考えてみれば俺はレムス側な気もしないではないが、レムスと祐佳ならば祐佳が三千万倍ほど大切なのである。


「あれが伝説のレムスって訳ね」


 俺の横でアニェーゼも杖を構えた。

 アニェーゼは視線をレムスに向けたまま、


「ってか色々あとで説明してもらうからね」


 底冷えのする声でそう言った。

 俺は怖気を覚えながら、


「も、もちろんです」


 祐佳がレムスに向かって構えたままじろっとアニェーゼを見て、


「見たところ王国の魔術師のようですが、お兄ちゃんとどういう関係ですか? あまり不必要に親しまないでください」


 アニェーゼもキッと祐佳の方を見る。


「し、師匠みたいなものよ!」

「邪な目的を感じます。汚らわしい」

「ハァ!???」


 アニェーゼが顔を寄せてきて、


「あんたの妹、一体全体なんなの?」

「い、妹は僕のことが大好きなんで!」

「いや、理由になってないし」


 思わず俺は謝る。


「……ごめんなさい」


 祐佳がムッとした顔で、


「なんで謝るのお兄ちゃん!?」

「いや、なんとなく……」


 レムスが長い長いため息をついて言った。


「はじめていいかな?」


 全員が答えた。


「よろこんで!!」

次の更新は11月18日の予定でしたが、終わりそうなのでエピローグまで書いてから一気に上げたいと思っています。もう少々お待ちください。おそらく、12月の第一週までにはできると思います。

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