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キス

     @


 なんだろう。

 この多幸感。

 目の前にいる妖精のように美しい少女が俺のことを好きでいてくれるらしいと言う事実が俺を陶然とさせる。

 俺の幸せマックス。

 俺はくらくらしながら、


「あ、あの……もう一度確認しますが……僕と結婚してくれるってことですか?」


 アニェーゼは真っ赤な顔を背けたまま答えた。


「も、もちろん、お祖父さまとかお父様とかいろんな人の許可は取らなきゃダメよ? そもそもあんたまだ脱走者じゃない? それもちゃんとしなくちゃ」


 言われて俺は思い出した。確かに俺は魔法塔では犯罪者である。時間凍結刑を受ける前に逃げ出したのだから。

 だが、その言葉に俺はちょっとだけ冷静になった。

 俺は首をかしげる。


「ちゃんと? ……ちゃんとって、この場合なにをすればいいんですかね?」


 考えられるのは出頭してもう一度ちゃんと刑を受けることだが、そうすると時間が凍結されてしまうためにいつまで経っても刑を全うできない。

 俺の立場の難しさをアニェーゼも理解したようで、しばらく難しい顔をした後、


「……陛下にお願いして政治的に解決するしかないかも、ね」


 俺も何となく落ち込んで、


「ですよね……」

「でもあんたなら立場的にお願いできるんでしょ?」

「そりゃまぁそうですが」

「ならいいじゃない。魔法塔には一緒に謝りに行ってあげるから」


 俺はアニェーゼを見て、にっこり笑って頭を下げた。


「ありがとうございます」


 アニェーゼは再び真っ赤になってそっぽを向く。


「ま、まったくリキニウスは私がいないとダメなんだから!」


 アニェーゼは腰に手を当て怒ったような顔ででもどうしようもなく嬉しそうに言った。

 ダメ男に引っかかるタイプである。とても心配である。

 だが、大丈夫。俺はたぶんそんなにダメな奴じゃないから。

 俺は両手を広げ、


「アニェーゼさんのおかげで何とかなりそうです!」


 そのまま近づいていってアニェーゼを抱きしめた。

 アニェーゼは瞬間驚いたようだったが、おずおずと力を抜いて俺に身をゆだねた。

 アニェーゼの身体はほっそりとしていたが軟らかく、けっこう出るところは出ていて、服越しにそれが伝わって来て俺の心臓はばくばく音を立てた。

 アニェーゼの心臓の鼓動も伝わってくる。

 アニェーゼの腕が上がり、俺の背中に回された。

 力が込められる。

 俺も力を込め返した。

 二人の心臓の鼓動の音が漏れるのを防ぐように抱きしめあう。

 心臓の音がアニェーゼの胸の中と俺の胸の中で反響し合うように高まっていく。

 しばらくそうしていると、アニェーゼが顔を上げて、俺を見た。目が潤んでいる。

 俺もアニェーゼを見つめ返した。

 アニェーゼが潤んだ目をつむる。

 俺はゆっくりと顔を近づけアニェーゼにキスをした。

 鼻と鼻をぶつけるようなミスはせず、ちゃんと唇と唇が触れあった。伝わってくるしっとりとした感触がなんとも心地よい。

 唇を押しつけたまま俺はちょっとだけ腰をずらす。

 もちろん、人様に気づかれるとけっこう恥ずかしい状態を隠すためである。

 こういうのは生理現象なのでどうしようもない。

 しばらくアニェーゼのなめらかな唇を味わった後、俺は唇を離した。そして断腸の思いで身体も引き離す。

 アニェーゼは驚いた顔で俺を見た。


「……え?」


 俺は優しい笑みを浮かべて、


「ここから先はアニェーゼさんのご家族に挨拶してからで」


 アニェーゼはハッとして、


「ももももももちろんよ!」


 その表情もいとおしい。

 うん。やっぱり俺はアニェーゼが好きだ。何しろ可愛すぎる。顔も可愛いし、まだまだ成長途中の身体も好きだ。

 変態みたいだが仕方が無い。

 何しろ事実なのだ。

 そしてアニェーゼも俺のことが好きなのだ。

 こんな俺のことが。

 再び多幸感があふれてきて、俺は幸せな気分でアニェーゼを見た。

 俺から離れたアニェーゼはベッドの端にちょこんと座っていた。

 ふぅん、と言いながら興味深げに部屋の中を眺めている。

 魔法塔は土壁がむき出しのアリの巣のような部屋が多い。窓があり壁紙が貼られている部屋が珍しいのだろう。

 それにしても瀟洒なベッドに腰掛ける可憐な美少女。実に様になる。その美しさに陶然としていると、俺は大変なことに気づいた。

 このままだとこの部屋で、このベッドで俺はアニェーゼと一晩を過ごすことになる。

 だが、一晩一緒にいて果たして俺の理性は維持されるのか。

 さっきはなんとなく勢いで何とかなったが、今度は欲望に突破されてしまうのではないか。

 そもそも俺は本当にあの胸の柔らかさを我慢できるのか。

 俺の視線に気づいたのかアニェーゼは俺の方を向き、安心しきった表情で首をかしげた。


「何?」

「あ、いや、な、なんでも……」


 アニェーゼの胸の淡い膨らみを見ていた俺はギクッとしてしどろもどろで答えた。

 その対応に、アニェーゼの眉がひそめられ、


「何? あんたまだ何か隠し事してるの?」

「あ、いや、隠してないです!」


 ゆらりとアニェーゼが立ち上がった。


「本当のことを言いなさい! 私たちはパートナーになるんだから隠し事はなし!」

「あ、いや、その……」


 アニェーゼがぐいっと詰め寄る。

 俺の顔を超至近距離から見上げ、


「なに? 隠すと隠すほど怒るわよ?」

「その……アニェーゼさんが可愛いなぁ、って思って」

「……え?」


 俺の言葉にアニェーゼの顔が再びみるみる赤くなった。


「う……あ……」


 アニェーゼはうつむき、


「あ、ありがとう……」

「ど、どういたしまして……」

「私もけっこうあんたのこと、好きよ。うん。好き」


 アニェーゼは自分に言い聞かせるようにそう言った。

 俺はアニェーゼの素っ気ない言い訳のような言葉に頭を下げる。


「ありがとうございます」

「うん。だからもう一度キスして……いいわよ?」


 俺の返事を待たず、アニェーゼはまた顔を上げて目をつぶった。

 ぐわぁー。

 可愛すぎる。

 目の前にアニェーゼがいなかったらのたうち回ってたところだ。

 そんな俺を逃がさないというようにアニェーゼの手が俺の背中に回された。

 俺も覚悟を決めて目をつぶって唇を近づけた。

 湿った粘膜同士が触れた。

 俺の背中に回ったアニェーゼの手に力が込められる。

 俺も自分の腕に力を込める。

 アニェーゼの身体と俺の身体が数ミリの隙間も認めないように密着した。

 再び二人の心臓の音が解け合った。

 俺の股間の状態についてはもうあきらめた。

 なるようになれ、だ。

 アニェーゼも気づいたのかちょっとだけ身体を硬くする。

 その動揺を押さえ込むように俺はフレンチ・キスを仕掛ける。

 舌でアニェーゼの唇を割り、口腔内に侵入する。

 瞬間、戸惑っていたようだったがすぐにアニェーゼの舌も俺の舌にぬるぬると絡んだ。

 お互いに息を止めて口腔内だけに意識を集中し舌を絡ませあう。

 息が続く限界まで我慢してキスを堪能し、二人で同時に口を離し慌てて呼吸する。

 どこかトロンとした目で見つめ合い、もう一度キスをした。

 今度は軟らかく密着しあう。

 ふと、アニェーゼが俺の方を見て、


「……ねぇ」

「なんですか?」


 アニェーゼはちらっと下を向き


「こ、こんな風になるのね」

「まぁ、そうですね。そういうものです」

「そう……なんだ」


 恥ずかしいけど興味津々といった感じである。

 調子に乗った俺が「なんなら見てみます?」と言いながらズボンを下ろそうとしたその瞬間。

 爆発が起こった。

 暴発ではない。

 爆発である。正確には爆発音。部屋の外だ。と言うかちょっと離れたところで大爆発が起こった、という感じだった。

 俺とアニェーゼは一瞬でリアルに引き戻された。

 轟音は継続的に続いている。

 俺は下ろしかけのズボンを慌てて戻し、アニェーゼとうなずきあって窓に駆け寄る。

 そして見た。

 俺たちの部屋の隣に建つ王城の主塔が音を立てて崩れており、そしてその横の空中に誰かが浮いていて、


「な、なによ、あれ……」


 アニェーゼは呆然とそう言い、俺は宙に浮いているその人物の顔を見て、


「ヒミカ!?」


 俺の言葉にアニェーゼは驚いたように俺の方を見た。


「え? あれがそうなの?」

「ですです」

「じゃあ、あれが……」


 アニェーゼは息を止め、それから、ゆっくりと噛みしめるように言った。


「始祖フェデリカ・ハンニバル……!!」

 

次の更新は9月30日以降になります。

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