パートナー
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俺が押し込まれたのは城の西側の小部屋だった。
狭間がついていておそらく籠城時に石弓で攻城側を攻撃するための部屋だったはずだが、今その部屋には不可思議な模様が刻まれた一抱えくらいの石が二十個ばかり並んでいる。
主に俺が必死になって作っている魔術の起動装置である。
周囲の同じ装置と反応し、魂魄を吸収し合成するというとんでもない代物だ。
設計はもちろんレムス。俺にこんな怪しげな物は思いつかない。
それを背後に俺をここに押し込んだアニェーゼは俺の頭をぽかんとはたいて、
「仮にも国王陛下に失礼でしょ!」
「す、すみません……」
思わず謝る。
アニェーゼはちょっと心配そうな顔をして俺を見た。
「それから、何? あんた、ちょっとすさんでるの?」
俺は頭をかいて、
「……実は少し」
「……何があったの?」
「ま、いろいろですよ」
「いいから言ってみなさい」
アニェーゼは俺の頭に手を載せ、それから優しく、
「ね?」
と言った。
俺は堰が切れたように話し出していた。魔法塔からレムスの手を借りて逃げ出し、アヴァール帝国に行ったこと。アヴァール帝国でシャープールという軍人と出会い、彼の手伝いをずっとやっていたこと。そうこうしているうちに海賊として捕まり、そこから抜け出した後も戦いに巻き込まれ続けたこと。そして、ついに仇である人間を見つけたこと。仇である人間を倒そうとしたが、倒せず結局レムスと一緒に逃げ出したこと。
二時間くらい掛かったかも知れない。俺が異国で過ごした一年を俺は語り尽くした。転生のことまでは言わなかったが、俺は俺の見て聞いて感じたすべてを話した。
アニェーゼは黙ってそれを最後まで聞いてくれた。最後まで聞き終え、それから俺の頭を抱き寄せると、
「がんばったね」
と優しい声で言った。
グッと来た。
俺は泣き出しそうになるのをなんとか水際でこらえた。
年下の女の子の胸の中で泣くのはさすがにどうかと思うのである。
だが涙がこぼれそうになる。
俺は必死に耐える。耐えていると、アニェーゼはあっさりと俺の頭を離し、
「で、これが今レムスってのと作っている魔術装置なの?」
と魔術装置の方を見ながら言った。
俺はやわらかな感触が離れてしまったことに寂しさとショックを受けながら、
「……です」
「ふぅん……」
アニェーゼはじろじろ魔術装置を眺め、それから首をかしげた。
「……私にも分からないところがいっぱいあるわね。レムスってのが何者かは分からないけど、優れた魔術師であることは間違いないと思う」
「いや、たぶんあの伝説のレムス一世で間違いないですよ」
「ま、まぁそうかも知れないけど! 魔術師というのはとりあえずすべては一度疑ってかかるものなのよ! そうしないと進歩がないでしょ?」
「はぁ」
俺はふと思い出し、
「そういえばアニェーゼさんはどうしてここに? まさか僕を探して……」
俺の質問に対し、答えようとしたアニェーゼはふと何かに気づいたらしくハッとしてそれから顔を青ざめさせてわなわなと震えだした。
「し、しまった……」
その様子に俺もちょっと焦る。
「ど、どうしました?」
アニェーゼは頭を抱えてしゃがみ込んでしまった。
「私は国王陛下の招集に魔法塔の代表としてきたのに、さっきフィオレ四世とお会いしたときに訳の分からない挨拶しちゃった……」
「え? アニェーゼさん、魔法塔の代表になったんですか!?」
俺の驚きを無視して、アニェーゼはしゃがみ込んだまま顔を上げ俺の方をじろりと見た。
「……って、これってリキニウスのせいだよね?」
「え? あれ? そ、そうですかね?」
「だってリキニウスを叱らなきゃって思って、慌ててやっちゃったんだもん! だからなんとかして!」
俺はアニェーゼのすがるような顔を見て、ため息をついた。
「まぁ、わかりました。とりあえずちゃんと挨拶の場をセッティングすればいいんですね?」
「え? できるの?」
「それくらいなら。ただまぁ実際挨拶なんてどうでもいいと思いますよ。そもそも招集命令を出すように言ったのはレムスですし、ただ単に国家総動員命令を告げるだけですからね」
「……え?」
「レムスが魂魄集合の材料に、レム王国中の人間を集めようとしているんですよ。それに対アヴァール帝国連合軍とおまけにアヴァール帝国軍まで足して、それででっかい魂つくって新種誕生、って流れらしいので」
「ちょ、ちょっとどういうこと?」
「あれ? 説明してませんでしたっけ?」
俺はレムスの目的をざっと説明した。
聞いているうちにアニェーゼの顔はどんどん険しくなっていき、最終的に低い声で俺に向かって
「なんであんたはそんなことに協力しているのよ!!?」
「だ、だって……ヒミカを倒す手段が見つからないから……」
するとアニェーゼはちょっと顔を赤らめて横を向いて、
「そういうのは、わ、私に言えば……て、手伝ってあげるわよ! だって、その……わ、私はあんたのパートナーなんだから!」
俺は驚いた顔でアニェーゼを見た。
「え?」
俺の顔を見て、アニェーゼは真っ赤の顔のまま慌てて手を振って、
「ち、ちがうちがう。あの竜と戦ったときと同じってことよ。そういう意味でのパートナー。師匠と弟子だってパートナー同士みたいなものじゃない、うん」
「……なるほど」
竜との戦いか、と俺は思い出す。確かにアニェーゼと俺は息が合った感じでやれた。
うん。
あれはきつかったが楽しい戦いだった。
だが……と、俺は俺とアニェーゼが並んでフェデリカ・ハンニバルと戦っているところを想像し、首を振った。
「アニェーゼさんでもさすがにフェデリカ・ハンニバル相手は無理じゃないかなぁ」
「え? フェデリカ・ハンニバル?」
きょとんとした顔でアニェーゼは俺を見る。
「ああ、ヒミカってフェデリカ・ハンニバルの生まれ変わりらしいんです。めっちゃ強いんです。レムスによると、魔術を使い始めたのはレムスらしいのですが、それを体系化したのはフェデリカ・ハンニバルで、彼女が生み出した魔術もけっこう多いらしいんです。客観的に見て、僕がフェデリカ・ハンニバルに勝てる可能性は零なんだそうです」
「え? ええ? フェデリカ・ハンニバルって魔法塔の始祖のことだよね?」
「ですね」
「え? あれ? つまり昔の人……だよ?」
「レムス一世が復活したんですから、そういうこともありますよ」
「いや、待って、ちょっと待って」
眉間にしわを寄せて考え込みはじめたアニェーゼを俺は生暖かい目で見守る。確かに、この現状はなかなか現実として認識できないだろう。俺も自分自身が転生しているという状況でなければ「いやいやいや無いっしょ馬鹿馬鹿しい」と言いたい感じである。
俺がなんだか勝利の余韻に浸りながらアニェーゼを見ていると、外から俺を呼ぶ声が聞こえてきた。例によって切羽詰まっている。俺は小部屋から顔を出し、
「あ、はい~! リキニウスはここですよ~!!」
声を聞きつけて現れたのは宰相のジュストだった。
ジュスト宰相は汗を拭きながら、
「ここにいらっしゃったのですか、リキニウス殿。実は問題が発生しまして……」
俺は呆れた顔で、
「またですか」
そこでジュスト宰相はアニェーゼに気づいた。
「あの……こちらは?」
呼びかけられて、アニェーゼは顔を上げて「はひ?」と裏返った声で返事をした。どうやら、色々考えていたせいでジュスト宰相に気づいてなかったようだ。
慌てたアニェーゼは、
「あ……えーっと……」
わたわたしたあげく、
「あ、いや、その、つまりリキニウスのパートナーです」
と答えた。
俺も、
「ですです。後ほど陛下に正式に挨拶しようとしていたのですが……」
おお、それは、とジュスト宰相が笑顔を浮かべた。
「リキニウス殿の奥様でいらっしゃいますか!」
ジュスト宰相は思わぬ呼びかけに硬直したアニェーゼの手を取り、
「ご主人にはいつも大変お世話になっております」
次回更新は9月2日以降になります。この後は一週間に一回くらいの更新になりそうです……。




