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串焼き


     @


 城下で話題の串焼きを並んで買っていたら後ろにいたのがアニェーゼで俺は死ぬほど驚いた。思わず買ったばかりの串焼き三十本を落としかけて、アニェーゼに支えられる始末である。

 一瞬現実を疑った俺は右手を伸ばしてアニェーゼの顔に触れる。すべすべでふにふにしていて感動した。問題はアニェーゼの顔など撫でたことがなかったのでそれが本物かどうか分からなかったことだ。

 アニェーゼは突然俺が触れたからなのか真っ赤になってそっぽを向いて


「ちょ、ちょっと何するのよ……」

「す、すみません」


 慌てて手を放す。

 もう一度、俺はアニェーゼを見た。間違いなかった。アニェーゼだった。流れる黄金ような髪の毛に、透き通るような白い肌に、サファイアのような青い目に、抱きしめれば壊れそうな華奢な身体……ちょっとだけ胸が育ってきているように見える。

 思わず再会の感動で俺の目が潤みはじめた。

 アニェーゼもなにやら感動してくれているようで目の端に涙がにじみはじめている。


「アニェーゼさん……」


 抱きつきたかったが左手は大皿でふさがれている。

 大皿を置こうかと周りを見ると、道行く人たちが興味津々、という感じでこちらを見ていた。

 俺は咳払いをして、


「串焼きも冷めちゃうし、ちょ、ちょっと場所を移しましょうか」

「そ、そうね……」


 アニェーゼは顔を赤くしたまま俺の服を掴んだ。


「……も、もう逃がさないからね」

「逃げませんよ」

「とりあえず僕が今世話になっている場所に行きましょうか? アニェーゼさんはこのあと予定とか大丈夫ですか?」

「えーっと、まぁ、大丈夫、かな? まぁ、予定があってもあんたをとっちめるのが優先!」

「はは。アニェーゼさんは変わらないなぁ」


 では、行きましょうと俺は歩き出した。アニェーゼが歩き出さないので振り返る。


「どうしました?」

「……あんたはちょっと変わったわね」


 俺は首をかしげて、


「そうですか?」

「うん。なんか……吹っ切れたみたいな感じ?」

「ああ、そういうことなら、そうですね。実際吹っ切れました。……アニェーゼさんは鋭いな」

「ま、いいわ。全部教えてもらうから。どうやって逃げ出したかから始まって串焼きを買うに至った経緯まで全部よ全部」

「了解です」


 アニェーゼは歩き出し、俺と並んで城に向かう。

 アニェーゼは初めての王都に好奇心がずいぶんと刺激されるようで、キョロキョロ見回しながら歩いている。その視線はかなりの確率で屋台に向かっているようで、


「よければ、この串焼き一本どうです? せっかく並んでいたのに結局買わずにきちゃったじゃないですか」

「え? いいの?」

「もちろん」


 ありがとう、とアニェーゼは大皿の上から一本串焼きをとって、


「実はお腹空いてたんだよね」

「この屋台の串焼きは美味しいらしいですよ」


 串焼きにかじりついたアニェーゼはちょっと目を見張った。


「あれ? 辛いと思ったら甘い!?」

「ああ、なんかそうらしいですね」

「へぇ……悪くない。うん。悪くないわね」

「それは良かった。串はその辺に捨ててください。そういうものらしいので」

「うん」


 言われたとおりアニェーゼはおそるおそる食べた後の串を道ばたにそっと捨てた。それから自慢げな顔で俺を振り返った。その仕草は悪いことを教えられたあとそれをやり遂げたお嬢様みたいでなんだか可愛い。

 それからしばらく俺とアニェーゼは黙って歩いた。

 俺は大通りを抜け、王城へ向かい階段を上り、顔見知りになった衛兵に軽く頭を下げて王城の門を抜ける。アニェーゼが俺の袖を引っ張った。


「ちょ、ちょっとリキニウス!」

「なんです?」

「……ここってお城でしょ?」

「そうですよ?」

「……どういうことよ?」

「ああ、今僕が住んでいるのここなんですよ」


 アニェーゼが困惑顔をする。

 そうこうしていると城の中から老人が走り出してきた。ひどく慌てているように見えるがレム王国宰相のジュストである。ジュストは立ち止まり俺に気づいてあからさまにホッとした顔をした。俺に小走りで近づいてくると、


「り、リキニウス殿! よく戻ってきてくださいました!! あなたを呼びに行こうとしていたところです!」

「どうしました?」

「れ、レムス様が……!!」


 俺はため息をつく。


「また、ですか?」


 俺は大皿をジュストに押しつけ、


「持っていてください。ああ、一本どうぞ。話題のキワモの串焼きです」


 せっかくの提案も食べる余裕はないようでジュストは焦った顔で


「ともかく急いでください!」


 俺はアニェーゼの方を見て、


「すみません。ちょっと待っててもらっていいですか?」


 だが、アニェーゼは首を振った。それから俺の方をまっすぐ真剣な目で見て、


「……私も行く!」


 俺はアニェーゼを見た。アニェーゼはそのまま俺がいなくなってしまうのではないかということを心配しているように見えた。


「分かりました。ただ僕の前には出ないでください」


 アニェーゼは頷いた。

 俺は身を翻し、勝手知ったる城の中を迷わず進んでいく。

 予想通りレムスは奥の謁見の間にいた。

 謁見の間は玉座があり、国王が外交使節や臣民の陳情を受ける広間である。

 玉座には人が座っていた。

 現国王のフィオレ四世ではない。レムスだった。

 レムスは玉座に行儀悪く片肘ついて座り、うんざりした顔で目の前の人間を見ていた。

 レムスの前に、立ちはだかるのはドレス姿の現国王フィオレ四世である。その背後には倒れた誰かがいた。そいつは鎧を身に纏っていた。フィオレ四世の決死の表情を見る限り、つまりレムスの逆鱗に触れた騎士か誰かをフィオレ四世が身体を張って守っている、と言うことなのだろう。


「はいはいはいはい、そこまで!」


 俺は手を打ち鳴らしながら踏み込んでいった。

 フィオレ四世は俺の顔を見て安堵の表情になり、レムスは舌打ちをした。


「とりあえず喧嘩をしない!」


 そう言いながらレムスとフィオレ四世の間に割って入る。

 もともと現代人の記憶がある俺は、権威を気にしない傾向が強かったのだが、王都での生活を通じてそれがいっそうひどくなった気がする。王って奴は、初代のレムスを含めて差して価値はない。だから遠慮も配慮もしない。


「ちょっと待ってくれ、僕の話を聞いてくれ!」


 不満げな声を上げたのはレムスだった。


「そこの男は僕にこの城を出て行けと言ったんだよ? 決闘して自分が勝てば出て行けって。そして僕は決闘に勝った。当然、僕は彼に代償を求めたわけだ。この行為のどこに非難される要素があるんだい?」


 俺はレムスを見て、


「別に非難はしてないですよ。喧嘩すると僕が面倒だからやめてくれっていってるだけです」


 レムスはムッと押し黙った。


「なんだかちょっとえらそうだね、君」

「でしょうね。どうしますか? 魔術合戦でもしますか?」


 レムスが俺を底冷えのする目で見た。


「……魔術で僕に勝てると思っているのかい?」


 俺は首を振り、俺の代わりに前に出てレムスに向かって何か言おうとしたアニェーゼを押しとどめ、


「思ってないですよ。でもまぁ僕がいなくなるとあなたの計画はずいぶんと面倒にはなりますよ? 二週間後の実施はたぶん無理になりますね」


 レムスが頭を抱えた。


「そう、そこなんだよ……」

「どうします? やります? やらないです?」

「ちぇ。わかったよ」


 レムスは玉座から立ち上がった。


「やっぱり僕は竜がいいや。竜のところに行ってる」

「どうぞご自由に。どうせいてもあなたはろくに僕を手伝いもしない。むしろいたら騒ぎを起こして邪魔になるだけです。消えてください」


 俺はひらひらと手を振った。レムスはムッとしたようだったが結局何も言わずに去った。


「……助かりました」


 後ろから声を掛けらてきたのはフィオレ四世である。

 俺は振り返って冷たい声を出した。


「あなたたちも無駄なことはやめてください。レムスに勝てないのは分かっていますよね?」


 フィオレ四世は不満げな顔をした。そういう顔をするとどこか先祖であるレムスと似ている。


「それは……分かっているのですが……」

「たまたま僕が帰ってきたから止められましたが、普通ならあなたもそこの騎士さんもうまくいって操り人形、下手をすれば粉々です」

「……はい」

「それに僕だって毎回レムスを止められるわけじゃないんです。いずれ僕に何か言われることへの不満の方がめんどくささに勝ったら僕は殺されます。まぁ、なんだかどうでも良くなってきたので、僕が生きていようが死んでいようがヒミカ宰相さえ不幸になれればそれでいい気がしてきているんですけどね」

「リキニウス殿がいなくなると困ります……誰もレムス様を止められなくなります……」

「別に僕はあなたたちのためにレムスを止めているわけではありません。僕が色々面倒になりそうだから止めているだけです。それから……」


 と俺はフィオレ四世の胸元が開いた服を見た。ずいぶんふくよかな胸でいらっしゃって、やわらかそうなおっぱいが見える。俺はまじまじと見ながら、


「……ちょっと露出が多すぎです」

「え?」


 フィオレ四世は俺の視線に気づいて、慌てて胸元を隠す。


「嫁入り前なんですからあなたもレムスにエッチなことやられたらイヤでしょ? レムスはご存じの通りでっかい子供みたいなもんだから、ちょっと興味を持ったらいつでも来ますよ? あれで性欲はあるみたいだし、そういうことしなければそもそも王家なんて物は存在しなかったわけですし」

「え? え?」

「是非気をつけていただき--」


 言っている途中で目の奥に火花が散った。

 後ろからどつかれたらしい。

 思わずしゃがみ込み頭を抑えながら振り返ると想像したとおり、アニェーゼが憤然と立って俺を見下ろしていた。

 アニェーゼは容赦なく俺の耳を引っ張り、


「痛い痛い痛い痛い」


 そのまま無理矢理立たせると、アニェーゼはにっこり行儀良く微笑んで、


「申し訳ありません、陛下。この馬鹿にはよく言って聞かせますので」

「ちょ、ちょ、待ってください、これには事情が……」


 俺の言い訳にはいっさい耳を貸さず、アニェーゼは俺の耳を掴んだままくるりと回れ右をして俺を引きずるように謁見の間を出て行った。

 それをフィオレ四世やジュスト宰相が唖然とした顔で見送った。


次の更新は週明け予定です。

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