脳筋(修正済み)
突然のことに驚いているセルマの前でモルデカイは騎乗したまま剣を抜いた。
その剣をセルマに向け、
「我らはジエタの救援に行く途上、ジエタから出てきた海賊によって被害を受けた。なんとか撃退したが、懲りもせずまたぞろだまし討ちしようとやってくるとは、今度こそ引っ捕らえてくれる!」
「お、お待ちください! 私です! セルマです!! イズマール党のセルマです!!」
「なんと! 海賊の正体はイズマール党であったか! まさに貧すれば鈍するとはこのこと……かつての王国の歴史が泣くぞ? だがもうその悪行もここまでだ!」
モルデカイの言葉にセルマは目を見開いた。
驚きを見る限り、モルデカイとやらは偽物ではなく間違いなく代官のモルデカイなのだろう。
いずれにせよとんでもない誤解だ。
だから俺は進み出て
「お待ちください」
と馬上のモルデカイに向けて告げた。
「何者だ!?」
「派遣武官府にて派遣武官シャープールの個人副官を務めておりますリキニウスと申します」
セルマが驚いた顔をして俺を見た。
「派遣武官府? 主人殿、それは、ど、どういうことだ?」
事情を説明する余裕はない。
モルデカイもセルマを無視して、険しい顔を俺に向ける。
「何!? 派遣武官府の人間がなぜここにいる?」
「とにかく、ここにいるセルマを含めて、イズマール党がジエタを襲ったのではないことを私が保証します」
「馬鹿を言うな! そもそもお前が派遣武官府の人間であることを誰が保証する!?」
「その証明はこちらに」
俺はいざというときのために、服に縫い込んでおいた証明書を取り出した。
奴隷商として政府に捕らえられた際に役に立つと思い仕込んでおいたものだ。派遣武官府の印章とシャープールのサインが入っている正式なものである。
俺から証明書を受け取り目を通した後、モルデカイはあっさりとそれを破り捨てた。
「ちょっ!!」
俺は驚愕する。
「このような偽造品に俺はだまされん!!」
「いや、偽造じゃないですって!」
「黙れ!!」
モルデカイは騎乗のまま自軍の方に戻ると、馬首を巡らせ、改めて剣を俺たちに向けて、
「全員拘束しろ! 抵抗すれば殺してもかまわん!!」
命令を受けて、代官府の軍が動き出した。
鎧がこすれてカチャカチャと鳴る。
一方、背後で離れていたイズマール党も緊迫した状況を知り、駆け寄ってきて武器を抜いてセルマを守るように立った。
一触即発の気配が夜明けの街道に満ちた。
見ると代官府の軍の中にはけが人も多い。
海賊との交戦した直後なので気が立っている、ということなのか。
だがあまりに攻撃的にすぎる。こちらの話をまったく聞こうとしない態度も理由が分からない。
俺と同じことを考えたのか、セルマは瞬間迷いを浮かべたが、苦渋の顔でイズマール党に告げた。
「……武器を捨てろ。誤解は必ず解ける」
イズマール党は驚いた顔でセルマを見た後、数瞬してから武器を地面に投げ捨てた。
帆は売り払っても、絶対に売らなかったイズマール党の武器は、踏みしめられて固まった路面で音を鳴らした。
その武器をまたいで代官府の軍が近づいてきた。
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後で聞いた話である。
クィントゥスはジエタの守備隊に務めて十年になる。
現在四十五歳。もともとアヴァール帝国のハマン将軍のもとで十五年間軍役を務めて、故郷であるジエタに戻り守備隊に入った。
ジエタの守備隊ははっきり言って閑職である。
かつてイズマール王国が存在していた頃は、外国と接する国境の都市としてそれなりに色々あったらしいのだが、現在はイズマール王国もアヴァール帝国のカリュー辺境伯領となり、国境線もそちらへと移った。それに合わせて、二千人近くいた守備隊も縮小されて今や五十人である。
つまり相手にするべきは、盗賊や漁師の喧嘩くらいになっており、ハマン将軍の麾下の騎兵として征旅に伴われていたころに比べてずいぶんと身体がなまっていたのも確かだ。
それを今クィントゥスは激しく後悔していた。
身につけた鎧が重たい。
だが必死に石弓の弦を巻き上げる。今までの怠惰を取り返すように。
クィントゥスがいるのは、ジエタの街道側の城門近くの守備隊の詰め所の中である。詰め所は二階建ての石造りの建物で、クィントゥスは二階にいた。
詰め所にいるのは総勢二十九名のジエタ守備隊の面々である。残りの二十一名はおそらくすでに死んでいる。詰め所に立て籠もる前に賊達にやられてしまった。
賊達はまるで風のように現れた。
国境でなくなってから、ジエタの城門は基本よほどのことがない限りは閉められない。もちろん守備隊が必ず二人、二十四時間体制で見張っている。
その城門を黒い風が駆け抜けた。
賊達の装備は黒一色で、剣さえも黒く塗られていた。
黒い装備の海賊が近隣の漁村を襲っている、という話は聞いていた。
その海賊がついにジエタにやってきたのだ。
黒い海賊達は海賊にしてはやけに統率の取れた動きで、城門を監視していた二名の守備隊を手際よく殺害した。
そのまま海賊は詰め所に向かったが、異常に気づいた守備隊が起きてきて、着の身着のまま剣だけで抵抗をし、詰め所で寝ていた残りの守備隊が準備をする時間を稼いだ。
つまり今クィントゥスがここで鎧を着て石弓を巻き上げているのは、死んだ守備隊の二十一名が稼いでくれた猶予のおかげである。
外では半鐘が鳴り続けている。一階の扉は分厚い木製なのだかそこからおそらく斧で叩く音が聞こえてくる。いま扉の前は、少しでも突入の時間を遅らせようと仲間達の手によって机や椅子が積み上げられているはずだ。
二階の窓から町のあちこちに火が付けられているのが見えた。悲鳴も聞こえてくる。
クィントゥスは石弓を巻き上げきって、矢をセットすると二階の窓に走った。
顔のすぐ横を敵の矢が飛び過ぎ、屋根に突き立った。
気にせず狙い定めて石弓を放つ。
敵に当たる直前で上に向かって掲げられた盾で防がれた。
「くそっ!」
やはり敵は手慣れている。戦闘のプロだ。海賊というのはここまでのものなのだろうか。
見たところ、この詰め所に取り付いている海賊は総勢四十名程度。だが、ジエタのあちこちで火が上がっているところを見ると、それ以外にもずいぶんと人数がいそうである。
クィントゥスは再び石弓の巻き上げ機に手を掛け、それから顔をしかめてそれを投げ捨てた。
一階の緊迫が伝わって来たからだった。
怒号が一気に増えた。人もひっきりなしに動き回っている。
おそらく扉が破られそうなのだろう。
瞬間、全員二階に逃げて二階に立て籠もることも考えたが、一階を抑えられてしまえば結局のところじり貧だ。
クィントゥスも剣を抜いて一階に駆け下りた。
思った通り、扉はすでに穴が空いていた。人の頭一個文程度の穴の向こうは暗いためよくは見えないが、その穴を広げようとする斧が突っ込まれていて、それを邪魔しようとする守備隊の剣と金属音を上げていた。だが妨害も時間の問題だ。
想像通り、メキメキという音とともに穴はみるみる広げられ、あっという間に大人が一人入ってこれるだけの広さになった。
扉の向こうからいきなり槍が突き出された。守備隊の一人で斧の邪魔をしていた人間がギリギリで躱す。
さらに槍がもう一本、空気を突いた。穴から巨大な箸を突きこまれたようなそんな雰囲気だ。二本の槍が引き戻される。今度いつ槍を突き込まれるか分からない。そうなると穴に近づくことはできない。
だから守備隊は穴の空いた扉を遠巻きにするしかできなくなった。
クィントゥスは剣を握る手に力を込めた。
剣と弓と斧と槍。
ずいぶんと準備のいい海賊がいたものだ。
すべて予想し準備をしていたということだろうか。
だが部屋に侵入してきた後、剣の勝負となれば、また話は別だ。
今度は穴に盾が突き込まれた。
そしてその盾で身を守りながら、海賊が一人侵入してきた。
扉の前に積み上げていた椅子や机はあっという間に蹴散らかされる。
海賊は黒いフェルト製のマントを着ているが、マントの隙間に黒く塗った鎖帷子が見えた。兜、手甲に加え、足まで金属で覆われていている完全武装だ。面頬を下ろし、冷徹な目だけが見える。
小柄なその男は、手練れの動きで隙らしい隙がまったく無かった。
そのまま、すぐにこちらに向かってこずに穴を守るようにして立つ。
おそらくその穴から続いて入ってくる仲間を守るつもりなのだろう。
だが、そんなことは許さない。
クィントゥスは剣を振りかぶって斬りかかった。
小柄な海賊は最低限の動きで剣と盾とで剣を受け止める。
剣に必要以上のダメージを受けることを避けるだけでなく、剣を受ける際に別の誰かに攻撃を受けることも想定に入れた動きだった。
クィントゥスはわずか一合で敵の実力を知った。
これは敵わない。ハマン将軍の麾下であっても小隊長以上の実力者だ。
「くそっ!」
クィントゥスは剣を振り上げて何度も何度も叩きつける。だが、そのすべてを簡単に受け止められる。そして、次の瞬間、相手の剣がすいっと伸びた。
クィントゥスの横で守備隊の一人が喉を刺されて血を吹き出して倒れた。
クィントゥスは驚愕する。
こいつは小隊長なんてもんじゃない。もっと上の化け物だ。
ハマン将軍の麾下にいたとき、こんな風な戦闘機械のような人間を見たことがある。乱戦の中、最効率のみを抽出したような行動で敵を屠っていった。目が何個ついているのか、と思うほど周りの状況をすべて認識しており、助けられる味方がいれば助け、助けられない場合は見捨てた。彼はその後すぐに近衛武官に任じられハマン将軍の麾下を離れた。
こいつもその類だ。
人類の進化の間違った方向性の象徴のような存在。
絶望がクィントゥスを襲う。
気がつくと二人目の海賊が侵入してきていた。その二人目は小柄な海賊を信用しきっているのかクィントゥスたちに完全に背を向けてかんぬきをたたき壊しはじめる。すぐに扉が全開になった。
もうダメだ、と思った。
だが新手の海賊はなかなか入ってこなかった。
とは言っても建物の中は、小柄の海賊の独壇場で、守備隊の面々は一人、二人と殺されていく。
小柄の海賊は決して無理はせず、あくまで自分に有利な状況を作ってはその有利を最大限に利用するという戦法をとっている。
すでに五人が倒された。
外から何か大声が聞こえたが、それどころではなかった。自分の死の順番を指折り数えて待っているようなそんな心境だった。
しばらくして、また一人だけ、こんどは巨大な人影がぬっと入ってきた。
クィントゥスはその圧倒的存在感にほうけたように見上げた。
巨人は黒い甲冑姿ではなかった。布の上下でどちらかというと町を歩いているようなそんな格好である。手には剣を持っているが、その剣が巨人の体格と比べると小さくナイフのように見える。
こんな奴までいたのか!?
その巨大な人影は、巨大であるにもかかわらずまるで隙が無く、どこか猫科の肉食獣の気配さえあった。
こいつも間違いなく化け物だ。
化け物はふざけたような口調で言った。
「んー。外の奴は全員逃げたぞ?」
その声に弾けるように反応したのは小柄な海賊だった。
巨大な戦士を確認した瞬間、はじめて目に動揺を浮かべ大きく飛び下がった。
下がるのが遅れたもう一人の海賊が巨人に頭を無造作に掴まれた。ぐいっと腕をねじると首が折れ、力を失った身体がへたっと崩れ落ちる。
それを見て、小柄な海賊は剣を今までに無く真剣に構えた。
巨人はその動きを見て、目を細めた。
「おう。悪くないなお前」
そしてニヤリと笑った。
「少し遊んでやるか」
巨人が無造作に小柄な海賊に向かって歩を進める。
ぶんと剣を振った。
小柄な海賊がそれを自分の剣を受け止める。勢いで剣が流されないよう盾で抑えながらだ。小柄な海賊は、受け流すよりもがっちり受け止めて相手の体勢を崩すという戦法を好むようだった。
だがそれがあだとなった。
巨人の剣の一振りは、小柄な海賊をあっさり身体ごと持って行ったのだ。
小柄な海賊は壁に向かって吹き飛ばされた。壁に激突する寸前、身体をひねって受け身をとったのはさすがだが、力の差は歴然だった。
小柄な海賊も化け物だが、巨人の方がさらに強い。尋常ではない強さだ。
小柄な海賊は床に降り立った後、剣を構えるが動きはぎこちなかった。おそらく剣を受ける際に肩なりになにがしかのダメージを受けたのだろう。
クィントゥスはその光景に、ようやく頭が回り始める。
「……仲間割れ、なのか?」
仲間割れだとしたらチャンスだ。
わずかな希望が生まれた。その希望にすがって剣を握り直すと、隣に立っていた守備隊の一人、一番若く三年前に入隊したベッソンが巨人の顔を見ながら
「あ、あの方は……見覚えがあるぞ!」
「あのでかい方の化け物か? どこで見た? 海か?」
「ば、馬鹿! あの方は近衛武官のシャープール将軍だ!!」
クィントゥスは仰天しながら、巨人を見る。
近衛武官の将軍というならば化け物の親玉だ。にしては若い。まだ二十代半ばでそのような肩書きを持っている存在は、一兵士にすぎなかったクィントゥスにとって想像の埒外だ。
「ん? 俺を知っているのか?」
ベッソンの方を無邪気に振り返ったシャープール将軍の隙を突き、小柄な海賊が二階への階段に飛びついた。そのまま駆け上がる。
舌打ちしてシャープール将軍も海賊を追って二階へと向かう。
窓枠に足を掛けていた小柄な海賊はそのまま二階から地面に向かって身を躍らせた。
シャープール将軍は窓に駆け寄り、下を見た。
「逃げられたかぁ。なかなかの腕だったのに惜しいぞ」
クイントゥスも何となく二階について来てしまった。近衛武官の将軍ともなるとどこかカリスマのようなものがあるらしい。
クィントゥスは改めて威儀を正し訊ねた。
「近衛武官のシャープール将軍でいらっしゃいますか?」
シャープール将軍は振り返ってあっさり答えた。
「おう。それだ。たまたまこの街にいたんでな」
自然に頭が下がった。味方だと分かると頼もしくて仕方が無い。思わず腰が抜けそうになるほどホッとした。
「……助かりました」
「そうか。で、あいつらはなんなんだ?」
「おそらく海賊でないかと」
「ほう!」
シャープール将軍は嬉しそうな顔をした。
「なんだ、海賊というのはけっこうやる物だな。これは楽しくなってきたぞ」
「ど、どういう意味です?」
「ああ、俺の目の前の仕事が海賊退治だ、というだけだ。逃げられ続けだったから、羽虫のような殺し甲斐のない相手かと思っていたのだが、そうではなかった。うむ。あれなら充分楽しめる。これは兄弟が上手く巣を見つけてくれることを楽しみに待つとしよう。ともあれ、今は目の前のごちそうだ」
そう言って、シャープール将軍は窓枠に足を掛けた。
「ではちょっと追いかけてくるぞ!」
そのまま飛び降りる。
慌てて窓から下を見ると、何事もなかったように駆けていくシャープール将軍が見えた。
それを呆れたように見送ってから、クィントゥスは振り返り生き残った守備隊の面々を見た。隊長はすでに死んだ。一番の年かさがクィントゥスである。
クィントゥスはそこにいる守備隊十一名の顔を順繰りに見ていく。
「我々も仕事に戻るぞ。海賊はシャープール将軍に任せておけばいい。俺たちがついていっても足手まといになるだけだ。俺たちは俺たちの仕事をする。まずは火を消すことだ!」
全員が頷いた。
まるっと書き直しました。




