誤解(修正済み)
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イズマール党の本拠地はカリュー辺境伯領と隣の皇帝直轄都市ジエタの境界付近の海岸に停泊したエリク四世号とのことで、俺は思いがけずあっさりとそこに連れて行かれた。セルマもなんだかんだいってかつての部下との別れが惜しかったようである。
とは言っても海賊の本拠地である。念のためベルタ姫は先に帰し、万が一の時に対応してもらうことにした。ベルタ姫は躊躇を見せず「分かりました」と立ち去った。俺がいない状況でシャープールと行動できる、という事実に気づいたようで、むしろいそいそと離れた気配さえあった。
なのでエリク四世号に向かうのは俺一人である。俺は向こうからしてみると奴隷商で、持っている金はセルマの代金という形でほとんどすべて渡したし、最悪買ったばかりのセルマを取り返されるくらいだろうから危険はさほどないだろう。さらに向こうのビジネスは奴隷の供給であり、奴隷商との関係を望んで悪化はさせないだろうという読みもあった。
なので俺は期待半分不安半分でエリク四世号が停泊しているという浜を目指した。
半日ほど移動してようやくたどり着いた海賊の本拠地=エリク四世号はりっぱなガレー船……だったようである。少なくとも過去においては。
だが、現在はかろうじて浮いているだけの見るも無惨な姿で、たぶんもう出帆もできないのではないかというような有様だった。
まず船首の飾りや、船窓など、およそ金属はすべて剥がされ、帆も無く、戦闘中に使用する櫂さえなかった。そんな状態でその船は桟橋もない海岸に直に碇を下ろしていた。
エリク四世が誰かは知らないが、船名に使われるくらいだからきっとイズマール王国の英雄だったのだろう。つまり目の前にあるのは言わば、裸にされ手足も失ってあとは死ぬばかりとなったかつての英雄であり、俺は幾ばくかの物寂しさを感じながらそれを見上げた。
「すごいですね……」
「売れるものはすべて売り払ったからな」
セルマが寂しげに言った。
「はぁ」
話を聞くとイズマール王国の御座船だったらしい。つまり国王を乗せて戦闘することを前提にした最新鋭で豪華で最強のガレー船だったのだ。
だが今はよく言ってスクラップ。悪く言えば、ごみである。
下から甲板に向けてあごひげが合図すると縄ばしごが下ろされ、俺はそれを使って船上に登った。
ガレー船に乗るのは初めてのことだったが、寒々とした気持ちをより増すだけだった。
正直、船の中も外装と変わらなかった。
清潔ではあるがありとあらゆる金属部品は剥がされて、深刻な略奪を受けた後のようである。
ぱっと見、船にいる人の数は少なかった。イズマール党五十名といっていたが、いま船内にいるのは十人弱ではないか。
「他は出稼ぎに出ている」
「なるほど」
出稼ぎとは海賊行為だろうか。
こんな真っ昼間から?
それほどがんばっているのに不景気なのだなぁ、となぜか寂しい気持ちになった。朝から晩まで働いて、法律に反することまでやっているのに貧乏のままだなんて……。
セルマだけ独立した船室を持っていたようで、俺はそこに通された。あごひげと坊主頭も同席する。
四人も入ると狭い部屋がより狭く感じられた。
二十歳の女の子の部屋にしては何もない部屋だった。姫と呼ばれる立場だった人間の部屋なのに、机も椅子も毛布さえなく、代わりに寝藁が置かれていた。最下層の木賃宿よりひどい。
セルマは自分の部屋だった場所を見回して言った。
「ここが言わば私の実家だ。こうしてみると昨日の今日で懐かしい気さえするな……」
ちなみに床に直接あぐらをかいた俺たちの前に置かれたのは白湯の入った欠けた茶碗である。茶葉さえないらしい。
「あまりのみすぼらしさに驚いているのか?」
「いえいえ。奴隷商たるもの当然貧乏は見慣れております」
「ああ、そうか。そう言う商売だったな」
「はい」
「だが、ついにこの生活も終わるのだ。あなたの支払ってくれた金でな」
あごひげがクッと嗚咽を漏らした。
「仕事を斡旋してもらえるのでしたっけ?」
「そうだ。金がそろえばここの代官にまとめて雇ってもらうことになっている。今まで支払った金貨千九百七十枚とそして今回の三十枚でついにその額に達した。我らは再び民のために仕事ができる」
セルマはあごひげと坊主頭の方を向いて、暖かな笑顔で、
「お前達、私の分も頼むぞ。大いに民を安んじてくれ」
あごひげも坊主頭もうつむいたままである。
一方俺は仰天していた。
「え? 金貨千九百……?」
凄まじい大金だ。
「ああ。城を出る際に持ち出すことが許された代々の家宝やらを売ってもまだ足りず、申し訳ないことに家臣たちが日々、漁業を手伝ったりして手にした日銭を渡し続けてようやくここまでたどり着いた」
俺の頭に疑問符が浮かぶ。
え? 日銭? 家宝を売った?
「えーっと、すみません。ちょっと確認していいですか?」
「なんだ?」
「あなたたちって海賊さんですよね?」
「何を言う!」
大声で反応したのは坊主頭だ。
長いまつげをふるわせながら叫んだ。
「我らがそんなことをするわけがない!! 我らイズマール党を侮辱する気か!?」
それをセルマが片手で押さえた。
そして、セルマはまっすぐ俺の方を見て、
「……何を勘違いしているか分からないが我らは海賊ではない」
俺はちょっと焦りながら、それでも演技は続ける。
「え? あれ? す、すみません。最近、この辺で海賊が横行していると聞いておりましたもので」
「ああ、それについては聞いている。我らも気にしていて、色々見回ったりもしているし、もし村々を巡回して民の盾として働きたいところなのだが、民の方は我らイズマール党に接触することで代官に睨まれることをいやがってなかなか頼ってくれぬのだ……」
「はあ」
「だが、代官に雇われれば我らも正式なアヴァール帝国の一部となれる! 再び民のために堂々と戦えるようになる!!」
セルマは力強くそう言った。
俺はちょっと呆然としてしまった。
俺をまっすぐ見るセルマの目がキラキラと輝いていてそれがまぶしくて思わず俺は目を伏せた。
落ち着け俺。
自分に言い聞かせて顔を上げると、セルマたちはまだじっとこちらを見ていた。
その視線に追われるように俺は立ち上がった。
「……すみません。ちょっと気分が悪いので外に出ていいですか?」
夜の甲板の空気は潮の香りがした。潮の香りは地球もこの世界も変わらない。
俺はその空気を肺いっぱいに吸い込み、それから納得した。
どうやら根本的に間違っていたらしい。
セルマ達は海賊ではない。
つまり今回の、奴隷商の振りして一網打尽という作戦は失敗だ。
納得したら納得したでちょっとショックを受けていると、背中に声を掛けられた。
「大丈夫か?」
振り返るとセルマだった。
「あなたは私の主人だ。何か悩んでいるのであれば私で良ければ相談に乗ろう」
「ああ、すみません。気を遣っていただいて」
セルマは寂しげな顔で歩み寄ってきて俺の横に並んで、俺の隣で海を見た。
「……それにすっかり忘れていたが、私はあなたに買われた身の上だった。もう、民のために何かを行える立場ではなかった。忘れてずいぶんとえらそうなことを言ってしまったが、聞かなかったことにして欲しい。だが、安心してくれ。私は奴隷であっても、私の分も彼らがきっと上手くやってくれるはずだ。私はあのような部下を持ったことを誇りに思っている。そして、この誇りが胸にあれば、いくらでも奴隷の恥辱に耐えられる」
セルマは爽やかにそう言った。
その顔を見ていると、今更、「あなたを買ったのはミスです。返品していいですか?」と言えない雰囲気である。
「で、何を悩んでいたのだ?」」
セルマは姉のような口調でそう聞いてきた。
「いや、海賊を退治したかったのですが、どうもうまくいかなかったようで……」
「海賊退治! あなたも正義の者だったか! 奴隷商にして正義の者とはなかなか珍しいが、悪くはないぞ!」
「ああ、いや……」
「どれ」
セルマはいきなり俺の二の腕を握った。それをふにふにして、
「この筋量ではろくに剣も振れまい」
……その通りです。
「剣なら教えられるぞ? あなたの商売なら覚えておいて損はないのではないか?」
俺も自分の筋肉をふにふにして、
「うーん、やっぱり覚えておいた方がいいんですかね……」
「ああ、もちろんだ。大丈夫、すぐに強くなれる! だが、私は厳しいぞ!」
嬉しそうにそう言うセルマに、まぁそれもいいか、と思っていたら海岸から「誰かぁいないかぁ!」と声が掛かった。
セルマは甲板から下を見て、
「おお、ヤルガか! ご苦労!」
「姫様!」
セルマは自ら縄ばしごを下ろしてやり、それを伝って上がってきたヤルガという初老の男は、疲れ切った様子で必死に息を整えた後、ひどく焦った顔をあげた。
「どうした?」
「ジエタに海賊が現れました!」
海賊!? やはりイズマール党は海賊ではなかったのか。
ジエタはエリク四世号が停泊している浜の向こうにある都市だ。確か海竜を退治した英雄の残した杖を中心に建設された古い町である。
ここからでも町の灯りがかろうじて見える。
俺は思わずジエタの方を見た。
つられたようにジエタを見たセルマの顔は瞬間厳しいものになったが、すぐに落ち着いた声で
「ジエタには五十人の武装兵がいるだろう。海賊ごときではそうそう訓練を受けた正規の兵士は倒せんぞ」
「そ、それが海賊は二百人近い人数で……」
驚いた俺はもう一度ジエタの方を見た。
ジエタの灯りがまるで恐怖に揺らいでいるように見えた。
7/15 修正済み原稿です。この話から話が大きく変わっています。




