正義の海賊
「関ヶ原で西軍と東軍、勝ったのは?」
「イエヤス」
俺が指定した合い言葉もちゃんとあっていた。
「……驚いたな」
と改めて言ったのは、モデル似の美女ことセルマである。
「ビックリしました……」
俺も心の底からそう言った。
まさか目の前のセルマが取引相手の海賊とはまったく予想もしていなかった。
正義の味方の海賊。
まぁ広い世界だそういうのがいてもいいかもしれない。
「君たちが取引の相手ということで間違いないのだな?」
俺は頭を下げた。
「お手柔らかに頼みます」
ベルタ姫は興味なさそうに剣の柄を弄っている。セルマはちらりとそちらを見てから、
「早速交渉に入ろう」
俺は頷いた。
「はい」
「こちらが用意できるのは、戦士だ」
「なるほど。戦士、と」
「剣技、馬術、弓術は一通り身につけている」
「なるほど」
「いくらで買ってくれる?」
ずばっと来た。
俺は奴隷商を演じる立場として、一応相場は調べてきた。だが、俺が教わった限りでは、奴隷というものは主に性別と年齢で値段が変わるもので、技能はオプション的な扱いにすぎない。いきなり職業を言われても、困るのである。
だから、
「えーっと……商品の年齢とか聞かせてもらえますか?」
「二十歳だ」
「……思ったより若いですね」
「……若いと価値は低いのか?」
「いえいえ。二十歳でおっしゃるような技能を身につけているということであればたいしたものだ、と思っただけです」
「疑っているのか?」
「商売ですので」
セルマの目がスッと細くなる。
「ならば試してみるがいい」
「後ほどそうさせてもらいましょう。ちなみに性別は?」
「女だ。だが、女として売るつもりはない」
「それは買い手が決めることです」
セルマはショックを受けた顔をしたが、すぐに力なく頷いた。
「……そうだな。奴隷というのはそう言うものだ」
「そういうものです」
セルマはなぜか哀しげに天を仰いだ。
まぁ、あの正義の味方が海賊をやっているのだ。そう言う気持ちになってもおかしくはない。
「とりあえず、後は容姿や実際の技能で多少上下しますが、アルシダール金貨三十枚は保証しましょう」
金貨は、日本の感覚でだいたい一枚十万円くらいである。つまり三百万円。普通、二十歳であれば女性の奴隷はもうちょっと高くなり、四百万円くらいにはなるのだが、あえて戦士と言っている以上、そういう使い道にはきつい女性なのだろう。つまり容姿がきつい、というわけだ。
だが、俺は金額を聞いて歯を食いしばったセルマを見て、ちょっとかわいそうになり、
「ただ、先ほど私たちが助けられたことを加味して、今回は金貨で四十枚を最低価格でどうですか?」
セルマはあからさまにホッとした顔をした。あまりにも感情が見えすぎて商売には向いていない。人ごとながら心配になってきた。
「……四十枚か。充分だ。それでかまわない。取引成立だ」
セルマは握手を求めまっすぐ手を伸ばしてきた。
今度は俺がきょとんとする番だった。
「え? いや、実際技能や容姿を見て改めての交渉でも大丈夫ですよ?」
「いや。値段の多寡を交渉するのは恥だ。言われた額でいい」
「……はぁ。まぁそれでいいのなら」
「かまわない。金はいつ用意していただけるだろうか?」
慌てて考える。セルマが海賊というのが意外すぎて危うく目的を忘れるところだった。そうだそうだ俺はここに海賊の本拠地を知るために来ているのだった。つまり、
「なんならこのあとすぐに実際の取引でもいいですよ。奴隷と引換で渡しましょう」
「助かる」
セルマは頭を下げた。
よし、と俺は内心でガッツポーズした。これで海賊の本拠地に近づける。
「では行きましょうか」
「分かった」
3人分の場所代とベルタ姫のワインの代金として銀貨を二枚、カウンターに置いて俺は立ち上がった。
そのタイミングでさりげなく再度店内を見回す。
相変わらず薄暗い店内だ。木製のテーブルと木製の椅子以外何もない。そして、俺たちが入ってから客が新たに入ってきた様子もない。
つまりとりあえず怪しい動きはなかった。懐にある取引用の金貨をいきなり奪われる恐れは少ない。
「ほら、移動しますよ?」
ベルタ姫も黙って立ち上がり着いてきた。
店を出ると、薄暗かった店内から一転太陽がまぶしかった。
太陽はまだぎらぎらと中天にあり、徹夜明けのように思わず目眩を感じていると、目の前に影が立った。
まぶしい太陽を頭上に俺の目の前に現れたのは、五人の男だった。
全員がっしりとした体型で一目で戦士だと分かる。格好もレザー装備に、なぜかそこだけ鋼鉄製の手甲。背中にはバスタードソード。この組み合わせは最近見たわけで、
「え?」
とセルマを振り返ると、硬い顔をしたセルマが五人の男を見ながら
「なぜお前達がここにいる……?」
とつぶやいた。




