最長老
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後で聞いた話である。
アニェーゼはリキニウスが失踪してから二日の間茫然自失としていた。エラルド教授も、アニェーゼの両親も姉もアニェーゼを立ち直らせることはできず、アニェーゼは部屋に閉じこもったまま、まるで時間凍結刑を自ら受けたように動かなかった。食事もろくに摂らず、このままでは衰弱して身体を損なうと家族が心配しはじめた頃、アニェーゼは突然活動を開始した。
まず、アニェーゼはこの二日の埋め合わせをするように食事を摂り(といっても流動食だったが)丸一日寝て、それから闇魔法について闇雲に調べはじめた。あくまで闇魔法の歴史についてである。闇魔法を研究実践することは禁忌であるが、闇魔法について調べることは禁忌ではない。
闇魔法について書かれたアグニ家の書物を一通り読破した後、しばらく何か考えていたアニェーゼは何かを決意しアグニ家の最長老ダニオのもとを訪れ、こう切り出した。
「お祖父さま、闇魔法の実践にどれほどの罪があるのか私に教えてください」
ダニオは正確にはアニェーゼの曾祖父である。評議会議長も経験した実力者であるが、天才のアニェーゼにはひたすら甘い。
そのダニオがアニェーゼを前に珍しく苦い顔をした。
「闇魔法は禁止されているのだよ。それだけだ」
「つまり具体的に何が悪いのか、ではなく、ただ禁止されているから禁忌とされているのですね」
「我らにとっては闇魔法の何が害をもたらすかさえ伝えるのをためらうほどの禁忌だ。しかもこれはアグニ一族に限らず、魔法塔のインドラ、ヴァルナ、ヴァーユ、プリティヴィーの各一族すべてに共通している」
「魔法塔の始祖であるフェデリカ・ハンニバル様がそう仰ったからですよね?」
「アニェーゼも分かっているではないか」
ダニオはちょっとホッとした顔をした。
「我らにとってハンニバル様はレムス一世に匹敵する至高の存在だ」
アニェーゼは真剣な顔でダニオを見つめた。
「では、なぜフェデリカ・ハンニバル様が闇魔法を使用した形跡があるのでしょう?」
ダニオは驚いた顔をした。
「……どういうことかね?」
「失踪したリキニウスの闇魔法は、私が目の前で見たところ、“竜との交渉”に使用されていました。最強の害獣にして我らではまるでかなわない竜を、リキニウスは交渉によって退けました。それが少なくとも私が知っている闇魔法の効能。そして、歴史上竜と交渉したとされる人間は、リキニウス以外に2人います」
「2人……たしかに、フェデリカ・ハンニバル様とそしてレムス一世陛下その人が、竜と交渉し竜を戦力として利用した」
「そうです。我々はそれを奇跡と呼んで讃えました。一方、同じことをやったリキニウスは禁忌を犯したと処断されそうになり、そのまま失踪しました」
「リキニウスというのは、先日、エラ火口でフィオレ四世陛下を救い出したが、闇魔法を使った咎で入獄され、そのまま逃走したという彼かね?」
「彼です。私はリキニウスに命を救われました。私だけではありません。フィオレ四世陛下も、あの場にいた誰もが彼に命を救われたのです。つまり、我々は命の恩人を処断しようとしたのですよ!」
ダニオは長い息を吐いた。それから、
「……アニェーゼはそのリキニウス某となにか関係があるのかね?」
アニェーゼの顔がみるみる真っ赤になっていく。
トマトのように真っ赤の顔のまま、
「か、関係はないですが! まだ関係はないですが!! いずれ師匠と弟子になる予定でしたッ!!!!!」
ダニオは優しい笑みを浮かべて頷く。
「……ふむ」
アニェーゼは赤面したまま一度咳払いをして一気に言った。
「闇魔法が竜との交渉に使用されるのであれば、むしろそれは我々がレムス一世の時代の叡智を取り戻すために率先して研究されるべきものではないでしょうか? またそのような叡智を先んじて知っていたという理由で誰かを裁くなど未来において我らはなんと愚かだったのだろう笑われる仕儀かと考えます」
アニェーゼの言葉を何度も味わうように、ダニオはしばらく目を閉じていた。
それから目を開け、首を振って、
「それでもやはり闇魔法は認められない」
次の更新は週明け予定です。




