派遣武官
シャープールが任じられている派遣武官というのはアヴァール帝国独特の制度だ。巨大すぎるアヴァール帝国を直接一人の人間が統治するのは難しい。したがって地方の行政と軍事を、辺境伯や千戸長など様々な形で功績のあった個人に委託している。彼らがつまりアヴァール帝国における貴族と呼ばれる存在なのだが、それでもやはり裏切りがこわい。だから皇帝の信任篤い人間(たいていは近衛隊出身)が赴き、派遣武官府に陣取って、貴族を監視するのである。その派遣武官府は名目上は、各地方の首都の行政を管轄する。首都を押さえられていれば、反乱は不可能、と言うわけだ。当然、貴族にとって派遣武官は目の上のたんこぶで、極めて仲が悪い。シャープールは気にしてないようだが、カリュー辺境伯ヤルツも派遣武官府に細かく嫌がらせをしてきた。まったく腹立たしい。当然、俺はヤルツが嫌いである。
とにかく俺が行政全般を見ているおかげでシャープールは大好きな戦闘行為に専念でき、現在はカリューの海岸沿いに現れるという海賊退治を目指しているところだった。
海賊と言えば海戦で、海戦と言えば織田信長的には鉄甲船なわけで、俺は真っ先に
「鉄で覆われた船を作成し、しかも黒く塗りましょう!」
と熱く提案してみたものの、哀れなものを見る目でシャープールに
「兄弟。知らんのか? 鉄は水に浮かばんぞ?」
と言われ、夢を台無しにされた。
なんだか説得するだけの気力も失って、しばらくは好きにさせていたのだが、何度海賊出現の報を受けてもシャープールが槍と弓を持って意気揚々と駆けつけた時には海賊はいない、という状況ばかりでいっこうに海賊退治は捗らない。あちらに現れれば、翌日にはこちらに現れるという具合で、正直我々は翻弄され続け、そうこうしている間も被害は膨らむばかりだったのだが、それがようやく、
「罠に掛かった、と言ってましたね?」
「おう!」
「つまり居所が分かったということですか?」
「そういうことだな!」
ようやく海賊を一網打尽にする目星が付いたようだ。
一応、これも俺が考えた策である。
俺が海賊を捕らえるための罠として用意したのは、“略奪したものの購入者”だった。
海賊も略奪ですべてがまかなえるわけではなく、当然、略奪したものを誰かに売って、そのお金で穀物やら船の修理材やら酒やらを買わなければならない。しかも今回の海賊たちの略奪品は主に人間だった。何しろ襲うのは漁村ばかりなので財宝やら現金やらが置かれているわけではなく、やむを得ず村に確実に存在する人間に狙いを定めたようなのだが、人間というものは売買に特殊なルートが必要になる。つまり奴隷商人だ。
そこで俺たちは奴隷商人の振りをして、近隣の街に出没し、相手が接触してくるのを待っていた。もちろん実際それを行ったのはシャープールの部下であるが、ひと月ほど経って、どうやらそれらしい人間が引っかかってきたと報告があったというわけである。
念のため言うと、奴隷の売買はアヴァール帝国内では禁止である。掴まったら死刑だ。
だから俺たちも、おおっぴらではなく、怪しげに酒場や盛り場で「“商品”を仕入れる用意がある」旨を伝えて回っていたのだ。
「よし、俺が奴隷商の振りをして、取引の場に行って、そのまま海賊どもをちぎっては投げちぎっては投げーー」
と夢見るように喋り始めたシャープールを押しとどめ、ちょっと考えた後、
「僕が行きます」
と行った。
「む?」
と驚いた顔をしたのはシャープールだ。
「兄弟は頭はいいが、戦闘力はからきしではないか。海賊どもに捕まったらどうするのだ?」
「いや、僕らが化けようとしている奴隷商だって普通は戦闘力はありませんよ。それこそシャープールさんのような人間兵器みたいなのが行ったら罠だと触れ回っているようなものです。そもそもシャープールさんの顔はこの近辺ではそれなりに知られているんですよ?」
「な、なに? そうなのか?」
慌てたようにシャープールは自分の顔をなで回した。
「まさかそんなことになっているのか! くそ。化粧ではごまかせんか!?」
俺はため息をつき、
「それにこういうのは人種が違う人間の方が色々と都合がいいものです。奴隷商というのはなんとなく身近でいて欲しくない対象ですからね」
「いや、だが兄弟に万が一のことがあれば、だな……」
「大丈夫ですよ。それくらいは何とかできます。そもそも向こうは僕を襲いに来ているのではなくて商売に来ているのですから。それから気になったのですが、兄上は弟のことが信じられないのですか? 弟が勇気を出して事をなそうとしたときは応援することこそ正しい兄のあり方ではありませんか? 大丈夫、僕はやれます!」
そう言って胸を張ると、シャープールはしばらくなにやら目を潤ませて感動した後、いきなりがばっと抱きついてきた。
痛い痛い痛い。
俺の心の叫びを無視して、
「兄弟、よくぞここまでりっぱになって……兄は嬉しいぞ!」
とりあえず説得(?)の甲斐があって、シャープールも俺が奴隷商として赴くことに納得してくれた。
明日、海賊の窓口の人間との接触のために、ミェンという港町に行くことになり、今日は派遣武官府の仕事を早めに切り上げて俺は自分の部屋に戻った。
部屋はシャープールが用意してくれたもので、派遣武官用の屋敷の一角にある。
部屋に入るなり、
『極めて空腹だ』
という怒りに満ちた思念が届いた。




