脱出
「……やあ」
と俺は応えた。
それから俺はあることに気づいて驚いた。
銀髪の青年の肩には小さな、子猫くらいの生物が乗っていたのだが、それが間違いなく竜の幼生だった。
「そ、それって……」
「古い友人に言われてね、好奇心がてら君を助けに来たよ」
瞬間、疑問符が俺の頭に浮かびまくり、その直後、
「え!? た、助けてくれるんですか!!!?」
「まぁ、そのつもりだ」
「あ、ありがとうございます!!!!」
気が変わらないうちに、と慌てて立ち上がる。
それをなんだか銀髪の青年はニヤニヤしながら見て、
「……なるほどね。転生体か」
相手の機嫌を損ねないように精一杯の笑顔で肯定する。
「そうなんです、はい」
「いいね。楽しくなりそうだ」
「?」
「とにかくここを出よう。ここは空気が悪い。ここじゃあ、せっかく起き出してきた意味が無い」
青年に導かれるように独房を出た。
なぜか門番どころか誰にも出会わないまま、そのまま俺と銀髪の青年は魔法塔の外にまでたどり着いた。
魔法塔全体が寝静まっているようにひっそりとしている。
そんな経験は初めてで、なんだか薄ら寒い気持ちになる。
そういえばこの銀髪の青年はどこか死に神めいている。
……怖い。
「うん。この辺でいいだろう」
青年は魔法塔から200メートルほど離れた地点で立ち止まり、俺の方を向いた。
「王国からはしばらく離れた方がいいね」
「あ、あの師匠とかに挨拶したいのですが……」
「ああ、イレーネとかいう魔術師はすでに妹とともにこの国から逃げ出したよ」
「え?」
「累が及ぶのを恐れたのだろうね」
……申し訳ないことをしてしまった。結局イレーネ師匠にも迷惑を掛けてしまったようだ。まぁ、もとはと言えばイレーネ師匠のせいではあるのだが。だが、ナタリアには責任はない。俺はうつむいて唇を噛む。
「君はイレーネとやらから闇魔法のことを知ったのだったね。彼女がどうやって闇魔法のことを知ったのか興味は尽きないが、まだ知るべき時期ではないのかも知れないね」
アニェーゼの顔も見たかったが、見れば迷惑を掛けることになるかも知れない。我慢しよう。
「そういえばあなたは……」
「僕かい?」
青年は朗らかに笑い、
「僕はレムス、だ」
建国の英雄と同じ名前を持つ青年はそう名乗った。そういえば伝説の中のレムスも銀髪だった気がする。
「り、リキニウスです」
「うん。転生前の名は?」
「……尾崎祐太朗です」
「変わった名前だね」
「向こうでは普通だったんですが」
「まぁいい」
レムスは俺に小さな袋を押しつけた。
「路銀と旅の必需品がひとそろい入っている。餞別だと思って使ってくれ」
「何から何まですみません……そういえばあなたに僕のことを頼んでくれた古い友人という方にもお礼を言いたいのですが」
「え?」
レムスは驚いた顔をして、それから吹き出した。
「なんだ気づいていなかったのかい?」
レムスの肩からいきなり竜の幼生が飛び立つと、俺の肩に止まる。
驚愕で固まっている俺に、
『我だ』
と思念で伝えてきたのは、
「え? フィリッポ? え? あれ? だってあの巨大な竜は……」
『竜種の集合意識はあらゆる竜の中に偏在する。そのすべてが我だ』
「えーと、つまり……」
俺は助けを求めてレムスの方を見た。
レムスはにこやかに笑い、
「ちょうど僕も君のような人間にお願いしたいことがあってね。君という存在の誕生をフィリッポに聞いたから助けに来たというわけだよ」
「はぁ……まぁ了解です。えーっと、お願いというのは」
「うん。アヴァール帝国に行ってもらいたいんだ」
「え? ええ!?」
「細かいところはその荷物の中の手紙に書いておいたよ。口で話をして忘れられても困るし、ね」
「はぁ」
あやふやな感じで頷き、荷物を漁りはじめたところ
「おや」とレムスがつぶやいた。
「こ、今度はなんですか?」
「魔法塔が目を覚ましたようだ。ここでのんびり話をしている暇はなくなったようだよ?」
「え?」
俺は魔法塔を振り返った。確かに先ほどとは違って、息づかいが感じられる。
俺は慌ててレムスから受け取った袋を手にすると、
「じゃ、じゃあ、失礼します!」
と慌てて魔法塔と逆方向に駆け出す。
その俺の肩には当然のようにフィリッポが乗っていた。




