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宣言

「氷があれば……」


 思わずつぶやいた俺の言葉をエラルド教授が聞き止めた。


「氷? どういうことかね?」


 俺はエラルド教授の方を見て、


「竜は冷却攻撃に弱いのではないかと思ったのです。爬虫類は体温が急激に下がると冬眠状態になります。そこまで行かなくても動きが鈍れば、土術など動きの遅い魔術が効果を発揮できるようになるかも知れません。あるいは竜が寒さを嫌がってこの場を去るだけでもいいのです」


「馬鹿馬鹿しい」と切り捨てたのはアキッレーオだ。


「ふむ……」


 エラルド教授は顎に手を当て


「他ならぬ君の言葉だ。試してみる価値はあるが……」


 後の言葉をアニェーゼが続けた。


「ここで氷術は無理ね。あまりにも相性が良くないわ」


 それからアニェーゼが呪文を唱えた。魂魄に美しい波紋が浮かぶ。

 しばらくして大気中にきらめく輝きが生まれた。キラキラと周囲を光の粒が舞う。ダイアモンドダストだ。合わせて冷気が伝わってきた。


「私でもこれが精一杯」


 アニェーゼが呪文を止めたとたん、光りの粒は文字通り溶けて無くなった。


「そういうことだよ。氷などここでは、夜に太陽を望むようなものだ」


 アキッレーオが嫌みっぽく言う。


「それよりも陛下を何とかするのが我々の責務だ。私が土竜で竜の気を引いている間に……」

「さっきのブレスを見てなかったの? 一撃で消し飛ばされるわよ」

「な、なにを! そもそも君が討伐隊をエートルリアに連れて行かなければこんなことにはならなかったのだ! 君のせいでエートルリアの代わりに我々が死ぬことになるのだ! そ、そうだ。何もかも君が悪い! せせせせ責任を取りたまえ!」


 アニェーゼは冷たい目でアキッレーオを見た。


「……そうね。そうするわ」


 ……え?

 その場にいた全員が凍り付く。

 とりわけアキッレーオはあっけにとられて、ぽかんと口を開いている。

 それを馬鹿にするでもなくアニェーゼが淡々と言った。


「土竜でもブレスに多少耐えられるのを作れるのはたぶん私だけ」


 アニェーゼが笑顔を作り、皆の顔を見回した。


「なら私がやるしかないでしょう。私が竜の気を引く。その間にみんなは逃げて。陛下はできれば私が助けるから」


 アニェーゼは最後に俺の顔を見た。二秒ほども視線を止め、僅かに微笑みそれから竜の方を向き、まるで何事もなかったように歩き出した。

 その背中に慌てたエラルド教授が声を掛ける。


「ひ、姫様!」


 アニェーゼは振り返りもせずに言った。


「エラルド、今まで色々ありがとう。じゃあね。パパとママにはよろしく言っておいて。あ、姉さんもにも、できすぎた妹でゴメンって」


 皆動けなかった。凍り付いたような静寂が満ちた。その中でアニェーゼの背中だけが小さくなっていく。

 気がついたら俺は歩き出していた。アニェーゼの背を追うようにして。

 そして俺はアニェーゼと並び、そして追い越した。アニェーゼが前を歩く俺の背中を見て、


「え? ちょ、ちょっと何してるのよ。あんたが来たら意味ないじゃない。リキニウスは逃げてよ!」

「そうはいきません」

「何言ってるのよ!」


 俺は振り返って、悪戯っぽい笑顔で言った。


「いやいや聞いてください。ここだけの話、いいアイディアがあるんですよ」

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