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竜術

     @


 たぶん一番驚いていたのはアキッレーオだと思う。

 口をぽかんと開け、ゆっくりと降りてくる巨大な竜を見上げていた。

 間近で見る竜は何もかもが圧倒的だった。

 視界を埋め尽くすような巨大な身体。

 まるで岩で作られたようなごつごつとした肌。

 僅かに覗く口腔内の牙は磨かれた剣のようにみっしりと並び、東京ドームの屋根ほどもある翼が空気を叩くだけで耳鳴りに近い音がする。

 おそらく最近目撃例が増えていた赤竜であろう。

 だが、報告で聞くのと実際見るのとでは天と地の差がある。

 俺は震え上がった。

 害獣というより怪獣だ。

 戦うとかそういうレベルじゃない。

 悲鳴を上げて逃げ惑うのが正しい対処法だ。

 巨大な赤黒い竜は、ゆっくりと羽ばたきながら周囲の馬車の中で一番大きく豪華な金で飾られた屋根付きの馬車の上に舞い降りた。

 そのとたん地面が揺れる。

 竜の重さに瞬間で馬車の車軸がへし折れ、その勢いで扉が弾けるように開くと中から小太りの老女がまろび出た。馬車と同じくらい金ぴかの服を着ている。

 フリヴィア皇太后だ。

 さすがに周囲が反応する。

 アグニ家の教授の一人ーーイザッコ教授が指示を出し、助教授たちで半ば気を失ったフリヴィア皇太后を抱きかかえるようにして安全な岩陰へと誘導した。

 その小さな岩陰にはエラ火口にいたすべての人間がひしめくように集まっていた。全員怯えた顔をしているが、ここからさらに安全な場所に移動するにはどうしても開いた場所を通らざるを得ず、そうすると竜に気づかれ襲われる可能性がある。そんな分の悪い賭を誰もしたいとは思っていない。だから恐怖に引きつった顔で耐え続ける。

 服がついっと引かれた。

 振り返るとアニェーゼだった。

 アニェーゼの服越しに魂魄が混乱気味に明滅しているのが見えた。さすがのアニェーゼといえどもこの状況にびびっているようだ。


「ど、どうしよう?」


 アニェーゼが俺の耳元で囁く。


「とりあえず待ちましょう。竜がどう動くか見極めてから、何をするか決めても遅くありません」

「うん……わかった。リキニウスがそう言うならそうする」


 半ば気を失っていたフリヴィア皇太后だが、イザッコ教授の気付けを受けるとようやく目に力が戻り、それから何かを思い出したようにハッとして叫んだ。


「馬車の中に! 馬車の中にフィオレ四世陛下が!!」


 そこにいた全員が真っ青な顔になった。

 え、え、え、どういうこと?

 俺は馬車を見る。

 半ばつぶれている。

 あの中にレム王国の女王フィレオ四世陛下がいるってこと?

 つばを飲み込む。

 馬車自体は完全につぶれているわけではないから生きている可能性はある。

 だが……。

 馬車の上に目をやると、そこには巨大な竜。馬車の何が気に入ったのか馬車を止まり木代わりにすっかりくつろいだ様子で丸くなっている。

 その間も馬車はミシミシと音を立ててゆっくりとつぶれていく。

 おそらく王族専用の馬車と言うことでかなり頑丈に作られているのだろう。だから竜の体重にもある程度耐えられている。だが、それは永遠ではない。やがて潰れる。そしてその時、もしかしたら中で生きているかも知れないフィレオ四世の生命も終わる。

 フィレオ四世は19歳の女性だ。レム王国の常で力こそないものの、未婚で美人で優しいと評判の女王だ。

 その女王がなすすべもなく殺されようとしている。

 目の前で潰されようとしている。

 誰かが立ち上がった。


「我々の力を見せるときが来たな……」


 それは決死の顔をしたアキッレーオだった。


「そうだな……」


 と答えたのはイザッコ教授だ。


「やるしかないわね」


 と立ち上がったのはアニェーゼだ。


「援護しましょう」


 と腕まくりしたのはエラルド教授だ。

 他のアグニ家の教授連、助教授連も立ち上がった。

 皆笑顔で頷き合う。

 か、かっこいい……!

 なんだか胸が熱くなった。


「レム王国よ、永遠なれ!!」


 アキッレーオの叫びを合図に、教授たちは、竜の方を見て、いっせいに呪文を唱え始める。

 教授たちは全員竜術だ。

 火柱が十本立ち上がった。人によって太さはまちまちだ。

 壮観だった。

 こんなに竜術を使える魔術師が集まる例など普通はないし、さらに同時に竜術を使うことなどまずない。

 何もない場所に空を支えるような炎の柱が十本。

 竜がさすがにそちらに視線を向けた。

 教授たちが作り出した十本の火柱は、竜の視線にも怯えず、ゆっくりとうねり昇りながら炎の竜に姿を変え、上空で身体をひねると一転速度を増して口を開き逆落としに降下しそのまま馬車の上の竜に噛みつこうとしてーー

 竜が上空に向けて頭を上げ放ったブレス一撃でほぼ消し飛んだ。炎の塊が粉々に砕かれ枯れ葉のように散りそしてそのまま空中に溶けるように消えた。

 僅かに残った炎竜(アニェーゼ製作の奴である)も、竜の皮膚に炎の牙を突き立てたが、まるで通らずそのままかき消えた。

 驚愕で教授たちが固まっていた。

 俺も魂消てそれを見ていた。

 まいった。

 竜とはこれほどのものなのか。

 まるで刃が立たない。竜と我々は怪獣と地球防衛軍ではなかった。怪獣と一般人だ。

 竜がじろりとこちらを見た。

 邪魔な羽虫に気づいた、そんな感じだ。

 思わずひぃと声が漏れる。

 幸い竜にとっては、先ほどの竜術さえお気に入りの止まり木を離れるほどの脅威ではなかったのか、再び馬車の上で丸くなった。

 目はこちらに向いたままだ。その気になればいつでも相手を殺せるという余裕に見えた。

 怯えながら、だが俺はめまぐるしく思考していた。

 竜を何とかする方法を考える。

 ふと気づく。竜は強力であるが、どう見ても爬虫類である。つまり変温動物。

 ならば冷却攻撃に弱いのではないか。この火口付近をうろついていることもその推測を補強する。聖地が南方にある、という伝説もあることだし、北の方には竜はいないと聞いたこともある。

 氷術を使えば……。


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