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違和感


 リキニウスとしての記憶が正しいのであれば、この王国はレム王国と呼ばれている。

 ガザリア大陸の西に位置する列国の一つである。

 王を中心に、二つの勢力が拮抗して、いわば両輪として機能している。二つの勢力とは、北方の要塞に本拠を置く近衛騎士団と、西方の峡谷に張り付くように街を築いた魔術師たちのことだ。

 近衛騎士団は戦技アーツと呼ばれる、自らの体内にある魔力を使った武技を身につけ、魔術師たちは自然の中にある魔力を扱う技術ーー魔術マギクに特化した。二つの技術は似て非なる物であるが、似ているからこそ、建国の王レムス一世に付き従った騎士と魔術師以来犬猿の仲で、建国から二百年経った今でも元気いっぱい仲が悪い。

 レム王国の最大勢力の二つが仲が悪いせいで、様々な議論が常に平行線をたどり、変化が起こらない、という弊害がある。

 戦国マニアの俺から見ると、特定の自然から魔力を供給することで強大な魔術を発動することができる魔術師は拠点防御に優れていて、一方、威力はたいしたことはないが魔力の供給源に縛られない騎士団は攻撃に優れているわけで、国力を拡大するのであれば協力するに越したことはないのだが、中世的な誇りと血筋的な思考にがんじがらめになっているこの世界の人間には伝わりそうもない。

 とにかく、現段階で魔術師の塔に所属している俺がやるべきことはまず魔術師たちの集団ーー魔法塔で、評議員に入ることである。評議員にならなければ、魔法塔の中でも発言力がまるで無く、ただ評議会の決めた決定に従うしか能の無い駒にされてしまう。

 だが俺が評議員になるには大きな障害があった。

 評議員は通常、インドラ一族、アグニ一族、ヴァルナ一族、ヴァーユ一族、プリティヴィー一族の五氏族から二人ずつ選出されるのだが、俺は現段階では、アグニ一族の末席の末席、吹けば飛ぶような新人魔術師にすぎず、血筋的にも待っていれば評議員の椅子が回ってくるようなこともなく、師匠が引き上げてくれることを期待しようにも、師匠自身が、禁呪マニアで政治力を持っていない体たらくである。

 ではどうするか。


(……政治力のある人に師匠を乗り換えるかぁ)


 などとベッドに寝転んで考えていると自室のドアがノックされた。

 ドアを開ける前に勝手に鍵がカチリと開いた。

 思わず舌打ちしたくなったが、舌打ちする前に容赦なくドアが開き、


「またお姉ちゃんを禁呪に付き合わせたでしょ!?」


 不機嫌な顔のナタリアが入ってきた。ナタリアはイレーネ師匠の妹で、リキニウスの幼馴染みである。

 だが嫌がる俺を、気の弱さにつけ込んで無理矢理禁呪に付き合わせたのはイレーネ師匠の方であり、まったく難癖である。

 だが、その言いがかりに等しいナタリアの言葉にたいして俺は半ば反射的に首をふるふる振って


「ご、誤解です」


 ……哀しいくらいのへたれっぷりだった。

 どうやら身に染みついた気の弱さは中身に25年分の人生が加わったところでそうそう変わらないらしい。

 そのことに落ち込んでいると、ナタリアはどすんとベッドの端に腰を下ろした。

 そしてどこからか取り出した林檎をおもむろにかじりはじめる。

 その所作は悪童めいていて、人形のような美しい顔立ちのナタリアがやると不思議に健康的な色気がある。実際、ナタリアは美人だ。白磁のような肌と華奢な身体と、長い金色の髪。妖精のように見える。どうやら過去のリキニウスもナタリアのことを憎からず思っていたようで、今もどこか胸の奥にときめきがあった。

 俺の視線に気づいたのか、ナタリアは顔を上げ、


「ん? 欲しいの?」


 と林檎を投げて寄越した。


「あ、いえ……」

「じゃあ返して」


 俺が受け取った林檎を瞬時に奪い返された。

 そこで、


(……あれ?)


 と違和感を感じた。

 ナタリアの顔に僅かな赤みを感じたのだ。

 だが、改めて見返してみても、ナタリアの顔が赤くなったりしているわけではない。なのに赤みを感じる。いや、むしろ顔だけでなく、ナタリアの身体全体がまるで二重で存在しているようなそんな違和感だ。

 一瞬、目がおかしくなったのか、と自分の手を見た。

 自分の手も二重に見えた。

 半透明の『モノ』が身体と重なって存在している。

 慌てて周囲を見回す。部屋の調度は二重になっているわけではない。あくまでナタリアと自分--つまり人間の身体だけだ。


「どうしたの?」


 俺の様子に心配になったのか、ナタリアが声を掛けてきた。

 顔を上げる。ナタリアに重なっている半透明の『モノ』が薄く黄色に明滅していた。

 思わず、近づき、それに触れた。

 俺の『モノ』が触れた場所のナタリアの『モノ』が虹色に揺れる。心臓の鼓動のような不思議な脈動を感じる。


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