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ドナドナ


 その後しばらくお茶について色々話した後、礼を言って帰ろうとするとエラルド教授は、


「あ、そうそう、君の登場で私はずいぶん楽になった。こうして研究塔にいることもできるようになった」


 とか言い始めた。


「はぁ……何よりです」


 エラルド教授は遠い目をした。


「……研究は楽しくてね。若い頃を思い出したよ。そう私は真理を目指してこの魔術師という道を歩き出したのだ……」

「そうですか」


 エラルド教授はどこか座った目を俺に向けた。


「研究の悦びというのは、素晴らしい。若返った気分だよ。したがって私はこの環境を私は手放すつもりはない」

「……?」

「そのためならばいくらでも悪魔に生け贄を差し出す」

「……」

「さしあたって、君の身柄を姫様に差し出すことに決めた」

「……は?」

「君が朝から晩まで姫様に奉仕できるようになるよう色々政治的に動いている。イレーネくんも本家からの要望には逆らえないだろう」

「ちょ、ちょ、ちょっと待ってください!」

「待たない」


 それからエラルド教授は手をひらひら振って、


「姫様はなんだかんだ言っても気に入った相手には一途だ。良きパートナーとなってあげたまえ。私に新しい生け贄を探させないでくれよ?」


 俺は必死に翻意を促したが、すべて無視され、そのまま塔から出されてしまった。

 ……なんてことでしょう。

 俺はどうやらエラルド教授の研究時間の確保のためにアニェーゼに売り飛ばされるらしい。

 同じ被害者という立場だと安心していたら、エラルド教授は加害者にクラスチェンジしていた。

 心の中でドナドナを歌いながら俺はとぼとぼと自室に向かう。

 部屋の前に誰か立っていた。

 手に小さなバスケットを持ち、なんだかうつむいて所在なげにつま先で床を蹴っている。

 ひどく寂しげな気配で、胸をキュッと締め付けられるようなはかなさがあった。

 その誰かがこちらを向いた。

 アニェーゼだった。

 俺の新しい飼い主。


「あ、リキニウス!」


 アニェーゼの顔に喜色が浮かぶ。それから不機嫌な顔になり、


「待っていたのよ! もう……どこ行っていたのよ?」


 くるくると表情が変わるが美少女であることはみじんも揺らがない。

 何となくドギマギしながら返事をした。


「あ、いや、エラルド教授のところへ……」

「エラルドに用があるんだったら呼びつければいいじゃない」

「さすがにそれは僕には無理ですよ」


 俺はははっと笑う。

 それもそうか、とアニェーゼは腕組みして頷いた。


「呼びつけるのにもエラルドのところに行かなくちゃいけないわけで、結局いっしょよね!」

「いやいやいや」


 そういう意味ではないです、と否定してから、


「……で、なにかご用でしょうか?」


 アニェーゼがまた不機嫌な顔になった。


「用がないと来ちゃいけないの?」

「そんなわけ無いですよ。エラルド教授の部屋のようにいいお茶はないですが」


 アニェーゼは嬉しそうに笑い、


「大丈夫。持ってきた」


 これ見よがしに手にしたバスケットを掲げた。


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