再確認
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アニェーゼとアキッレーオの術比べはたちまちアグニ一族内に知れ渡り、そこかしこで様々な予想が行われた。
術比べとは魔術師が自らの能力を競い合う方法である。
自然天然の魔力を前にして、その魔力の支配権を奪い合うのだ。当然、精緻な魔力制御が必要となる。その魔力制御の強弱が何から来るのかというと、実は魂魄の使い方なのだと今の俺は知っている。
実は俺も魂魄が見えるようになるまで分からなかったのだが、魔術を使用した際の、魂魄の外周に発生する模様こそが魔術そのものであり、この模様の美しさや安定度が魔力制御力と直接的に関わってくるのである。
実際、アニェーゼの魔術詠唱中の魂魄は実に美しい。
色の変化と波紋がまるで万華鏡のように切り替わっていき、見ているだけで半ば催眠状態に陥りそうになる。
他の人の魔術詠唱中の魂魄とは比べものにならない。
従って負けることはないとは思うのだが、なんだか不安になってきたのも事実で、俺はエラルド教授の塔を訊ねて、
「だ、大丈夫でしょうか? アニェーゼ様は……」
とエラルド教授に尋ねてみた。
アニェーゼ本人に聞いたらきっと殴られるからである。俺もアニェーゼとのつきあい方をだんだんマスターしつつある。
エラルド教授はなにやら報告書を読んでいたのだが、俺の言葉に振り返り、
「ああ、リキニウス君か。ちょっと待っていてくれ給え」
「はい。もちろんです」
報告書を読み終わったエラルド教授は難しい顔で、
「……ふむ」と言った。
「どうかしたのですか?」
「ああ、アウリオ火口周辺で赤竜の目撃が相次いでいるらしい。ひどく動きが活発化しているようだ。このままだと火山の研究者に被害者が出てもおかしくないな」
赤竜とは魔術ではない生物の竜だ。サイズは成竜であれば全長40メートルほど。強力な魔力耐性と矢を通さないほどの固い鱗を持つ。
この世界で最大最強の害獣と言える。
「……たしかアキッレーオ教授が討伐隊を組織しようとしていたのでしたね」
討伐と言っても実際は赤竜を誘導して、人間の生息圏外まで連れて行くだけの話だ。しかもそれには、誘導用の餌役の馬など膨大な損害が発生する。
「そう。その部隊を姫様がエートルリアに連れて行ってしまったのだがね」
「……そうでした」
とりあえず赤竜のことをは置いておこう、とエラルド教授が俺の方を見た。
「来てくれてちょうど良かった。まず言っておこう」
「はい」
「君には感謝している」
「はぁ」
「君が現れてから姫様はかなり安定している。おそらく姫様としては、対等に話し合える相手が始めて現れた気分なのだろう」
若干照れて俺は頭をかく。
「そんなことは……」
エラルド教授はニコリともせずに続けた。
「魔術というジャンルでは姫様はおよそ敵らしい敵がいなかったからね。私やアキッレーオと言った教授陣であっても、姫様の足下にも及ばないよ。それこそレムス一世に従った我らの始祖ハンニバルであっても、姫様に及ぶかどうか……姫様は魔術に関してそれほどの天才なのだ」
「それほど、なのですか?」
「それほど、なのだよ」
俺はあっさりと断言されたアニェーゼの天才性にゴクリとつばを飲み込んだ。
「私も姫様の才能がなければいくらアグニ本家に頼まれてもここまではしない」
「……ですよね」
「したがって今アキッレーオが準備させている小細工もなんの効果も無い」
「こ、小細工?」
思わず俺は声を上げてしまった。
だがエラルド教授は平然と
「アキッレーオも自分と姫様の能力の差が分からないほど馬鹿ではない。だから、術比べの舞台と目されているエラ火口の広場に仕掛けを施しているようだね。おそらくあの周辺の魔力に自分の特性付けをしているのだろう」
「分かっていて放っておくんですか……?」
「ああいう手合いは、一度とことんまでたたきつぶしておいた方がいいのだよ。抵抗する気力を残しておくとちょこまかと抵抗されるからね。屈服させ、どちらが上か認識させる。犬のしつけといっしょだね」
エラルド教授が器用に眉毛を上げてそう言った。
俺ははっきり言ってびびった。
こ、こわい……エラルド教授が怖い。さすがは本家の二女を任されるだけの人間である。アニェーゼのせいで苦労人としてしか認知されてないが、教授に任じられるだけの魔術知識とそして物事を冷静かつ客観的に分析し冷徹に判断する知性を有している。
喉が渇いたな、とつぶやいたエラルド教授は立ち上がり、自分と俺用に茶を淹れて出してくれた。ずいぶん高そうな茶葉である。
エラルド教授はカップを手に取ると茶の香りを存分に吸って、少しだけ啜り満足した顔でカップを皿に戻した。
改めて俺の方を見る。
「つまり君の心配がアキッレーオくんに関するものであるならば、心配は無用だろう。二十年後のアキッレーオくんでも今の姫様には勝てない。今のアキッレーオくんなら、彼が持つ僅かな魔力の支配権さえ姫様の支配力から逃れることはできない。姫様はアリを潰すような容易さでアキッレーオくんをひねり潰すだろう」
驚くほど断言である。
その断言を聞いて俺もちょっとだけ安心できた。
やっぱりアニェーゼはすごい奴らしい。
アキッレーオなど敵では無いのだ。




