災厄
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「そんなことよりもぉ。アニェーゼさんが大変なことになってるわよぉ~」
魔法塔に帰ってきた俺の、帰還の挨拶も兼ねたイレーネ師匠への真剣な問題提起に、イレーネ師匠はふわっとしたいつもの口調でそう答えた。
ーーそんなことよりも。
俺の帰属問題はイレーネ師匠にしてみればその程度のことらしい。
安心したようなちょっと落ち込んだような複雑な気持ちになったが、とりあえず、
「ど、どういうことでしょう……大変とは一体……?」
さすがに気になるのである。
今回のことがあって(俺の“ちょっとした冒険”は、いっしょに帰還した他のアグニ一族の面々によってすっかり知れ渡っていた)、俺は周囲からは完全にアニェーゼ派とみられているし、実際アニェーゼは俺にとってはようやく掴んだ権力への唯一と言ってもいい手がかりである。そう簡単に失いたくはない。
「ん~」
イレーネ師匠は小首をかしげ、
「アキッレーオさんがね、アニェーゼさんの独断専行について、教授会に物言いをつけたのよぉ」
なるほど、と俺は思った。
アキッレーオはアニェーゼの次期評議員への対抗馬と目されている人物だった。本家にごく近い家柄で、その華麗な顔立ちで女性に人気なだけでなく、魔術理論も超一流という腹立たしい三十代前半の男だ。しかもレム王国の王族とも血筋的な関わりがあるらしく、俺の千倍くらい将来を期待されている。俺はアキッレーオの顔を思い出し顔をしかめた。リキニウスも奴のことをあまり好きではなかった。そもそもアキッレーオに好意的な男など、ホモ以外にいるのだろうか。
詳しく聞くと、“三首竜”のアキッレーオは、アニェーゼ不在のこの機会を狙って、“姫様”の追い落としに掛かったらしい。
そもそもアニェーゼが連れて行った義勇軍はもともとアキッレーオが、近頃生息域を南下させつつある赤竜討伐のために用意していた部隊を借用したものだったから、アキッレーオの怒りもある意味正当である。
そのせいもあってか、最初はアキッレーオのもくろみ通り、アニェーゼが長老会にほぼ諮らず進発したエートルリア王国義勇軍は大いに問題になった。アニェーゼの教授職剥奪および即時召還さえ検討されていたそうである。だが、その後状況はある事実をきっかけに一八〇度変わった。なにしろ実際にアヴァール帝国のホスロー皇子を捕らえるという思いがけない戦果を上げてしまったのだ。さらにエートルリア王国王都から正式に感謝を伝える使者までレム王国に派遣され、すっかり反姫様派の勢いは弱まりつつある、というのが現状だった。
そこに姫の側近と目される俺の帰還である。
これはなかなか大事になりそうで、かといって肝心要のアニェーゼはエートルリアの王都にいるわけで、表だって動くことはできない。というかそもそも俺がどう動けばいいのかが分からないし、強力なつてがあるわけでもないから動きようもない。にもかかわらず、
「やぁ、君がリキニウス君か」
と災厄は向こうからやってきた。




