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目覚め


 ハッと目が覚めるといきなり目の前に見知らぬ女の顔があって、俺はギョッとした。

 どうやらその女は横になっていた俺を上から覗き込んでいたらしく、俺の驚きに対して目を見開いてよく分からない言葉を一つ二つ吐いた。俺は意味が分からずぽかんと口を開けて首をかしげた。そしてようやく女の格好に気づいた。黒いフード付きマントに、宝石だらけの首飾りと、地味にいきたいのだか派手にいきたいのだか主張が分からない。

 だが、その異様さは充分伝わって来て思わず引いた自分は、その動きの軽さに驚き、改めて自分の身体を見てそのしなやかな肉体に


「なんじゃこりゃ!」


 と叫んでしまった。

 太りに太って100キロ超えの肉体はどこにもなく、むしろどちらかというと細身のかつての自分の身体である。

 しかもよく見れば自分も黒いフード付きのマントに宝石だらけの首飾り。

 うわぁ。

 コスプレだ。

 目の前の見知らぬ女もコスプレ。

 ……つまり、えーっと、……コスプレでごっこ遊び?

 つまり目の前のどう見ても白人の女性は、ごっこ遊びの相手なわけで、だが、どれだけ頭をひねっても知り合いではなく、そもそも会社を辞めてから引きこもっていた俺に白人の知り合いなどいるわけもない。

 そこで気づいた。


「祐佳!!!?」


 立ち上がって慌てて周囲を探す。

 だが、どこを探しても倒れて血を流す妹はいなかった。

 それどころか慣れ親しんだ自宅の床さえなく、代わりに冷たい石畳の上に俺は素足で立っていて、ふと気づけば周囲は半径五メートルくらいの円柱状の空間で、見上げても天井は暗くてどうなっているのか見えない。

 ろうそくのほの暗い灯りでかろうじて見える四方は石を積んだ壁のようだ。でも俺が住んでいた家はただの2×4の建て売り住宅のはずで、つまりここは明らかに自分の家ではない。


「え、え、え……こ、ここは一体……」


 と言いかけてその途中で気づいた。まるでダムが決壊したように記憶が流れ込んできた。

 思い出した。

 ここは試しの塔。

 魔法塔の五家の第二位。アグニ家の傍流に当たるイレーネ教授の実験用の塔だ。

 そして自分はイレーネ教授の弟子のリキニウスで、


「あ……あれ? 俺は確か尾崎祐太朗で……」

「実験は成功したようですねぇ」


 目の前の白人女性ーーつまりイレーネ師匠がそう言って、ふわりと笑った。

 先ほど分からなかったはずの言葉は今度はなぜかすんなり理解できた。


「あ、あの……」


 俺の口から、イレーネ師匠と同じ不思議な音階の言葉がするりと出る。


「なんですか?」

「ちょ、ちょっと考えさせてください!」


 混乱しながらも俺は立ち上がり、駆け出した。逃げ出したと言ってもいい。


「どうしたのぉ? リキニウス!?」


 師匠の声が俺の背中を追ってくるが、振り払うように実験用の塔を出て自分の部屋に向かった。

 とにかく一人になりたかった。

 考える時間が欲しかった。

 俺は石で組み上げられた回廊を走る。途中、幾人かの知り合いに会ったが、全員、俺や師匠と同じような黒いフード付きのマントを着ており、早足で駆け抜ける俺を、何事かと驚いた顔で見送っていた。

 自分の部屋はリキニウスの記憶がちゃんと覚えていた。俺は二畳ほどしかない狭い自分の部屋にたどり着き、念入りに鍵を閉め、土の壁に木製のベッドと机という現代日本では考えられないシチュエーションにちょっとした絶望気分を味わいながら、とりあえずベッドに倒れ込んだ。

 長くて深くて重たいため息をつく。

 すでにすべてを理解していた。

 これは輪廻転生。

 あの事件で殺された尾崎祐太朗は、輪廻転生してこの世界にアグニのリキニウスとして生まれたのだ。

 だから今は尾崎祐太朗の記憶のすべてとアグニのリキニウスの記憶のすべてを抱えている。

 そして魂に刻まれたかつての尾崎祐太朗としての記憶を取り戻した理由は、おそらくイレーネ師匠の闇魔法だ。闇魔法とは、火、水、土、風、雷の五種の魔法の外にある禁断の魔法である。禁断と言われているくらいだから、研究も使用も禁止されている。イレーネ師匠はあのほんわりのほほんとした顔にして禁呪マニアで、弟子である俺に対して禁呪の実験をしていたのだ。

 まったく恐ろしいことである。

 実際のところ、リキニウスとしての俺はどうやら自覚があるくらい気が弱く人の頼みを断れない人間で、禁呪の実験台にされると言うことに恐れと背徳感とほんのちょっとだけの悦びを感じながら付き合わせられていたらしい。

 我ながら困ったもんだ。

 だがすでに気が弱い若干20歳のリキニウスはいない。25歳で戦国マニアの尾崎祐太朗が加わって、足して45歳の、魔法ではそこそこ有能な戦国マニアにしてもと営業マンの誕生である。

 何の役に立つかはよくわからん肩書きだが今までのようにはいかないはずだ。イレーネ師匠の操り人形のような人生は送らないのである。せっかく生まれ変わったのだからもっとまっとうで充実した二度目の人生を送るのだ。うむ。

 俺は天井を見上げながら考える。

 輪廻転生かぁ。魂って本当にあったんだなぁ、としみじみと思う。

 尾崎祐太朗が学んだ世界の歴史とリキニウスの記憶を照らし合わせて、明らかにここは俺がいた世界ではないように思える。そもそもあの世界には魔術なんてものはなかった。つまり俺の魂の転居先は異世界、ということなのだろう。

 異世界とか魂とか日本に住んでいたら一笑に付すものばかりだが、リキニウスとしての記憶があるので、笑うに笑えなかった。

 一応思い出そうとしてみても25歳で廊下で刺されて以降の記憶は無く、やはり俺はあれで死んだらしい。

 死んだときの苦しみと大切な何かが血液といっしょに抜け落ちるようなつらい記憶が蘇り、俺は舌打ちをした。

 それから暗い気持ちになる。

 俺はまだいい。だが、妹は、妹の祐佳もやはり死んでしまったのだろうか……。

 俺のことをたった一人気に掛けてくれていた妹。

 刺されていながら、俺を見たら最初に、「助けて」ではなく「逃げて」と俺を気遣ってくれた妹。

 可愛い妹。

 俺とは違って、まだまだ未来もあったのに……。

 そこでハッと気づいた。

 俺はがばっとベッドで半身を起こす。

 そうだ!

 その可能性があった。

 もしかしたら妹もこの世界に来ているのではないか!?

 可能性は充分にある。俺がここにこうして来ているのだから。

 そう考えると無性に祐佳に会いたくなった。妹に会って「今までありがとう」と礼を言いたかった。そして「助けられなくてゴメン」という謝罪を伝えたかった……。

 祐佳も俺と同じ状況ならば、闇魔法を使えば、記憶を取り戻せるはずである。転生に時間差がないのであれば、死亡時刻はほぼいっしょだと思われるので、リキニウスとしての俺が誕生した時間帯前後に生まれた誰かが妹の可能性が高い。その誰かを探し出して闇魔法をかければ……。

 そこではたと行き詰まる。

 そもそも闇魔法は禁呪。使っていることがばれれば、後ろに手が回るなどと言う生やさしい感じではなく、この世界では封印される。時間を凍結されるのだ。時間をいじる魔法は光魔法と呼ばれていて禁呪のはずだが、禁呪のためなら禁呪を使うという矛盾はさておき、禁呪を使っても処分されるべきと考えられている重犯罪であることは間違いない。普通はそんな魔法を扱うのは、人生についてなにも考えてない阿呆のイレーネ師匠か、その阿呆に頼まれて断ることができないいじめられっ子体質のリキニウスくらいのものである。

 そんな禁呪をいったいどうすればいろんな相手にかけて回ることができるか。頼んでも、「僕といっしょに重犯罪を犯しませんか」と言っているようなもので、断られるどころか、普通は通報される。

 俺は絶望した。

 だが諦めきれなかった。

 何か方法はないか。

 考え、考え、考え、考え、そして俺は一つの決意を固めた。

 この世界で天下を取る。

 それしかない。

 魔法塔で頂点に立ち、魔法のルールを変えるのだ。

 俺は力強く頷いた。

 たぶん。

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