勧誘
@
アニェーゼによってホスロー皇子が拘束されたアヴァール帝国軍第1・第2・第3軍団は降伏した。
帝国軍は現在、カンザ要塞の前の荒れ地の一角に押し込められている。
もっとも監視しているエートルリア王国軍の方が圧倒的に数が少ないので、なかなか大変らしい。実際は騎馬と武器を奪って、放置しているようなものだ。
皆殺しにする、という案も出たが、万が一抵抗された場合、武器を持っていなくても制圧される恐れがあり、実行できなかった。
ともあれ人数にまさるアヴァール帝国軍を押さえ込む最大の武器はホスロー皇子その人の身柄であり、貴重な人質は、側近と部隊長と合わせて200人ほどといっしょにカンザ要塞内にある。ホスロー皇子は、部下といっしょに置いておくと何をはじめるか分からず、やむを得ず縄で縛り、完全武装の兵士たちがいる会議室に置いておいた。しばらくして、ホスロー皇子が話がある、と言い出して、カンザ防衛軍の首脳と、レム王国魔術師団のアニェーゼ、そしてなぜか俺が立ち会うことになった。
会議室は、冷たい石造りで、その中央に床に直接あぐらをかいてホスロー皇子がいた。後ろ手に縛られている。
背は高く筋肉質な体つきだ。アヴァール帝国の特有の黒い髪と黒い瞳を持っている。その瞳からは野心がにじみ出て、野性味あふれる顔立ちと相まってなにやら悪戯好きの綺麗なジャイアンみたいに見える。
ホスロー皇子は、俺たちを見て、「おう、来たか」とえらそうに言った。
アニェーゼは小さく、「うげ……」とつぶやいて俺の影に隠れた。どうやらこういうタイプが苦手らしい。
エートルリア王国軍の首脳が何か言い出す前に、
「魔術師というのはどいつだ?」
もちろん、魔術師は黒いフード付きマントを着ているので、服を見れば一目で分かる。ここにはアニェーゼと俺しかいない。つまり自己紹介を求めているのだろう。
アニェーゼはあきらめたのか一歩前に出て、ホスロー皇子よりも傲然とした態度で、小ぶりな胸を反らし、床のホスロー皇子を見下ろしながら、
「私よ。レム王国魔術塔のアグニのアニェーゼ。覚えておきなさい」
「アニェーゼか、なるほど、いや、見事だ。感心したぞ。完全にしてやられたわ。魔術師というのもあなどれんものだ。どうだそこのアニェーゼとやら、アヴァール帝国に仕えてみぬか? 悪くはせんぞ?」
いきなりの勧誘にアニェーゼはちょっと慌てた。
「ふ、ふざけないでよ!」
「ふざけてなどおらぬ。俺はいつも真剣だ。真剣に喰らい、真剣に遊び、真剣に犯す」
「お断りよ!」
「それは残念だ」
ホスロー皇子は肩を動かし、
「む。縄が食い込んで痛む。緩くせい。いや、いっそ縄を外せ。このホスロー、痩せても枯れても大アヴァール帝国の皇族。逃げはせぬ」
言われるままに思わずホスロー皇子の背後に回りかけた俺の頭をアニェーゼがどやし、命令されるとつい従ってしまうこのへたれなリキニウスの身体に涙していると、アニェーゼは腰に手を当て、再びホスロー皇子をさげすむように見下ろしながら、
「いいかげんにして。あなたの処分については今エートルリアの王都に問い合わせているところなの。つまりあなたは生きるか死ぬかも定まっていない半死人みたいなもの。そんなものの分際でえらそうに言葉を喋るな」
「はは。厳しいの。だが、エートルリア王国ごときがこの俺を処断できるとは思えぬ。俺はアヴァール帝国の皇族にして第2皇位継承者だぞ? エートルリア王国にアヴァール帝国と全面戦争する気概があれば別だが、そのようなことになればエートルリア王国はこの世から無くなる。アヴァール帝国はアヴァール帝国の血を流した者を許しはせぬ。それにカンザ要塞さえ無視すれば、王都を直接攻めることも不可能でないと分かった。エートルリアの王都程度、我が軍は三日で奪い犯し焼き尽くしてみせるぞ」
凄まじい凄みがホスロー皇子の肉体からあふれ出した。騎馬民族の野性と言うべきか、どこか肉食獣じみた気配だ。エートルリア王国軍の面々はそれに圧倒されて、凍り付くように動かない。
やられっぱなしではいられないのがアニェーゼの特性である。ただの負けず嫌いと言ってもいい。とりあえずアニェーゼはむしろ先ほどよりも生き生きとした表情になった。これ見よがしのため息をつくと、
「はぁ、縄を解いて欲しいってお願いしたのと同じ口が発言したとは思えない言葉ね。負け犬の遠吠えもいっそここまで行くとすがすがしいというか……馬鹿にしか見えないっていうか」
アニェーゼの言葉にホスロー皇子は一瞬驚いた顔をして、それからゲラゲラと笑い出した。
ひとしきり笑い、それからアニェーゼの方に改めて向き直った。
「この俺に向かってそんな口をきく女は初めてだ。ますます気に入ったぞ。ふむ。顔つきもいい。胸はまだ小さいようだが、腰つきもなかなかだ。子も多く産めるだろう。どうだ。俺の妻にならぬか? とりあえずは妾だが贅沢はし放題。それから俺が直々たっぷりと女の幸せを教え込んでやろう」
予想外の攻撃にアニェーゼは顔を真っ赤にして動揺する。
「ななななななななにを!!」
ホスロー皇子は追い打ちを掛けるように首をかしげ、
「お前を奪うためにレム王国に攻め込むというのも悪い考えではないな……」
「あ、あんたたちがいくら来ようがね! こっちにはこいつがいるんだから!」
「む?」
「へ?」
ホスロー皇子の目の前に突き出されたのは俺である。
「え、え、え、え? ぼ、僕ですか?」
「頭の悪いあんたたちを全部丸ごと陥れたのはこいつの作戦よ!」
「ほう……」
ホスロー皇子はアニェーゼに向ける視線とはまったく異なる、冷たく値踏みする目を俺に向けた。
その冷たさに、俺の金玉が自動的に縮み上がり、
「す、すみません……」
アニェーゼは俺の頭をはたき、
「勝手に謝るな、馬鹿!」
はたかれた俺は今度はアニェーゼの方を見て、
「す、すみません……」
「ったく……あんたが今回の最大の功労者なんだから胸を張りなさい!」
「が、がんばります……」
「まぁ、俺は実際のところ正確に何が起こっていたのかは把握できておらぬが、我が軍を陥れたことに間違いは無い。なるほど、お前も見事と言っておこうか」
「あ、ありがとうございます」
お礼を言ったらアニェーゼに蹴飛ばされた。
明日は8時更新予定です。よろしくお願いします。




