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城壁

 ホスロー皇子は愕然とした。

 城外にいるアヴァール帝国軍は2500程度。また輜重隊を抱えているため、戦闘力は高くない。

 だが、おかしい。斥候がちゃんと確認したとおり、エートルリア王国軍は遙か後方の山中にいるはずである。

 それではアヴァール帝国軍を攻撃できるような軍が一体どこから沸いたというのか。


「馬鹿なことを言うな!」

「は! ……し、しかし……」

「敵の数は?」

「不明です」

「どこの軍だ?」

「不明です」

「もういい。俺の目で確認する!」

「申し訳ありません。跳ね橋の確保がまだできておりません」


 思わず舌打ちしそうになったが、グッと耐えて、それから、


「……城壁に上がるのはどっちだ?」


 ホスロー皇子は部下が示した石造りの階段を駆け上がった。

 複雑な回廊のような階段を全速力で走り抜ける。

 城壁の上に出た時は多少息切れしていた。

 空が広がっていた。風が荒れた息を吹き散らかしていく。

 城壁の上には石弓が据え付けられ、下に向けられている。もちろん矢は込められていない。

 また城壁上のあちこちにも油を掛けられた燃料が積み上げられている。

 瞬間疑問に思ったが、かまわず城壁の端に取りつき、下を見た。


「危険です!」


 ホスロー皇子を追って城壁上に現れた部下たちがホスロー皇子を端から引きはがす。

 だがその一瞬で確認はできていた。

 敵はエートルリア王国軍で間違いないようだ。数は3000程度。士気は旺盛に見えた。

 一方、城壁を背後に背負い、言わば退路が無い状態のアヴァール帝国軍は崩壊寸前だった。

 その状況を、自分の目で見たことによってホスロー皇子は多少なりとも冷静になっていた。

 敵の軍は、斥候による「守備軍が後背の山中にいる」という情報が間違いで無いのであれば、王都の方から現れた追加軍だろうか。

 吊り橋が確保できていない以上、要塞から軍を出して敵軍を攻撃という手段は使えない。もっとも要塞そのものはアヴァール帝国がすでに押さえている。また城壁の上にのぼる通路も確認できた。

 つまり、城壁に自軍を登らせ、そこから矢を射かけるだけでよい状況だ。つまり今までエートルリア王国軍がやっていたことを今度はこちらがやり返せばいいだけである。その準備が終わるまでに城外に残された2500の軍は相当数の被害を出すであろうが、やむを得ない。

 直ちにそれを命じようと振り返ったホスロー皇子の顔を熱気が叩いた。


「!?」


 同時に部下たちの悲鳴があちこちで起こる。

 城壁上のあちこちに配置されていた燃料が恐ろしい勢いで燃え上がっていた。

 城壁の上に出るための階段の入り口脇にはひときわ大きな燃料が置かれ、それが燃えているために、近づくこともできない。


「なんだこれは……」


 思わずつぶやいたホスロー皇子の言葉に、


「強いて言うと天罰ね」


 という返事が返ってきた。

 愕然としながら、ホスロー皇子は声の方を見た。

 空中に人が立っていた。

 ホスロー皇子は目を見張る。

 若い女と言うよりは少女だ。魔術師の黒いフード付きのマントを着ている。

 凜とした美しい顔立ちをしていた。

 少女の鮮やかな金髪が風になびいた。


「貴様……」

「貴様じゃないわ。私にはアニェーゼという名前があるもの」


 アニェーゼと名乗った少女だけではなかった。

 気づけば、城壁上のあちこちに魔術師の黒いフード付きマントに身を包んだ者がいつの間にか現れていた。20名ほどか。全員、燃えさかる燃料の傍らで、炎を従えるようにひっそりと立っている。


「貴様ら……いつの間に……なんのまねだ!?」

「だから天罰って言ったでしょ?」


 アニェーゼを名乗った女が、杖を持ち上げて何かをつぶやいた。

 とたんに燃料の炎が爆発的にふくれあがる。

 十メートルちかい炎が火の粉をまき散らしながら、上に向かって伸び、それが束ねられて一匹の竜の形を形作った。

 上空に向かって伸びたやがて炎の竜はぐるりと身体をねじり、城壁の上に恐ろしげな顔を向けた。

 竜は上からホスロー皇子たちを見下ろしたまま、口腔からちりちりと舌とも息ともつかない火炎を漏らす。

 ホスロー皇子たちはすでに飲まれたように動けなかった。

 アニェーゼが薄く笑った。


「さて……降服なさい。それが死を逃れるたった一つの方法よ?」


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