魔術師
ホスロー皇子は斥候を周囲に放ち、情報を待った。
すると、最初の斥候の報告は正しいと確認された。確かにエートルリア王国軍はカンザを出て、背後の切り立つ山の方に移動したらしい。
「レム王国から来た魔術師の進言をいれ、そのようにしたとの話です」
ホスロー皇子は思わず失笑し、
「魔術師の戯言などを聞くからそうなる」
魔術師は自然にある魔力を利用し、奇跡と呼ぶべき圧倒的な事象をひき起こす。だが、そこら辺はなかなかうまくいかない物でそもそも魔力の大きい場所は限られていて、しかもそれはたいてい人里から離れていて、今回の場合それが背後の山の中だったと言うことなのだろう。つまりおよそ実用的ではない。おそらく魔術をアヴァール帝国軍との戦いに用いるためには、背後の山中に移動したわけだが、もちろん、そんな場所には近づかなければどうということもない。
だが念のためホスロー皇子はさらに慎重に周囲を調べ、カンザの守備部隊が間違いなく裏の山に上がったことを確認した後、カンザに向かって移動しはじめた。
ホスロー皇子は思いがけず転がり込んできたこの僥倖に興奮していた。カンザを手に入れれば、それは戦略目標の達成と言っても良い戦果だ。
エートルリア王国攻略の足がかり以上の、ガザリア大陸に覇権を唱える第一歩とさえ言えるかも知れない。
ホスロー皇子の興奮を共有しながら第1から第3軍団まで総勢10000がカンザに向かった。
いよいよカンザの要塞が目視できるほどまで近づいたとき、前方からざわめきが中央にいるホスロー皇子にまで伝わって来た。
「なんだ?」
「女がいます!」
「……女?」
ホスロー皇子はいぶかしく思いながら、部下の指さす方向に視線を向けた。
草原で鍛えられた視力がそれを捉えた。それは確かに女に見えた。女と言うよりは少女が草原の丘の上に一人立っている。弓がかろうじて届くか届かないかの距離だ。黒づくめの格好で、黒いフードを下ろして見事な金髪を風になびかせている。
少女が杖をついた。
杖で気づいた。
「……魔術師か!?」
その瞬間、風が強まった気がした。
少女が杖をこちらに向けた。
同時に、風に何か凶悪な力がこもったのを感じた。風が目の前で歪み、撓み、そして弾けた。
ホスロー皇子は何もないはずの空間に竜の気配を感じた。
ホスロー皇子の顔を風の塊が叩いた。ただの風では感じられないほどの強さだ。痛みさえ感じる。最前線の騎兵が五、六人吹き飛ばされた。多くの騎馬が竿立ちになる。振り落とされる兵士たちも何人か出た。
だがそれだけだ。
ホスロー皇子は舌打ちをし、
「魔術は連続で使えぬ! すぐに追い詰めて殺せ!!」
ホスロー皇子の命を受け、すぐに騎兵がばらばらと女の方に向かう。
だが少女が再び杖をつくと、まるで霞が掛かったように少女の身体が周囲の景色に溶け込み、そして消えた。
隊長らしい者がわざわざ戻ってきて報告した。
「消えました!」
見れば分かる、と思ったが、同時にカンザ要塞からの斥候が戻ってきて、
「カンザ要塞の調査を終えました。問題ありません。武器庫は空っぽですが、要塞としての機能は残っています」
瞬間考え、そして決断した。
「カンザ要塞に入る。女は捨て置け。ただし、再び女が現れたら、魔術を使う前に攻撃を行え。魔術がもたらす被害などたかが知れている。いっせいに掛かればなんと言うことはない」
魔術など所詮は手品のようなものだ。関わるだけ馬鹿を見る。
アヴァール帝国軍は再度行軍を開始した。




