第九話 カミ
ふたたび、時は現代へ戻ります。
それでは、どうぞ。
「なぁ……戻る気はないんか?光栄くん」
この一言を、晴明はどれ程の思いで言っただろうか。
千年の時を生き、この一瞬を欲した。
共に学び共に笑い共に生きた弟弟子。
連れ戻したい、千年思い続けた思い。
その思い全てを込めたこの一言は。
「晴明さん……千年前にも言ったはずです、僕は貴方たちとは違う」
光栄には届かなかった。
もはや二人の間にある壁は壊せず、越えられず、絶対的なものになっていた。
「……そか」
晴明のその表情は何時もと変わらぬ笑顔だった。
ただ……その瞳は悲しみを写していた。
「せやなぁ……まぁ、わかっとった事やけどなぁ……」
「ええ、私と貴方はもう分かり合えない、進む道が違うんですよ」
全てを否定する光栄の言葉。
そこには理解する気も、される気も無い。
それを聞いた晴明は、少し悲しげに微笑み、答えた。
「せやな……せやけどな、君は止めなあかん、それは……君を止めるのは……あの日、千年前のあの日、君を止められんかった僕の責任や」
「……貴方に止められるんですか、この私を」
「止めなあかんねんよ、さてと……」
そこで、言葉を切り、晴明はハッキリとした意志をその瞳に写し、言った。
「もう、言葉はいらへん、僕は全力で君を止める」
そう言って晴明はその手を左から右にふった、すると。
晴明の懐にあった紙が宙に舞い、浮いた。
「……式神……ですか」
「せや、僕は陰陽師やからなぁ……ほな、行くで!」
千年の時を越え、二人の男は再びぶつかり合う。
「何処だ?ここ……」
黒風が目覚めた時、そこは見慣れた学校では無かった。
黒く暗く広い、何処か。
目の前には机と燭台に乗ったロウソクが一本だけ。
「マジで何処だココ……」
黒風が困り果てたその時である。
「来たか、主様」
「!?」
その声は可愛らしい少女のものだった。
愛らしく可愛らしい。
ただ、そこに宿る重圧は、少女が出すにしては余りに歪なものだった。
強く重く暗くのしかかる。
「だ、誰だっ!?」
「誰だとは酷い言い種だのう、主様よ」
それは目の前に現れた。
「うおお!?お、お前、何時からそこに!?」
「最初からおったわ、主様が気づかなかっただけじゃ」
それの姿は少女の姿だった。
見た目の年齢は10歳程度。
漆黒の髪に大きな瞳。
可愛らしく、愛らしい顔だった。
着ているのは、十二単の着物だった。
「お、お前、誰だ?」
「うむ……儂はなぁ……主様の求めるものじゃ」
「は、はぁ?」
「まだわからんか?……はぁ……儂はな」
その少女はそこで一度息を吸い言った。
「儂は主様の神じゃ」
目の前の少女はそう言った。
「え?……お前が……俺の神……!?」
黒風は驚きを隠せなかった。
何故なら彼にとっての神のイメージは髭を生やした老人や絶世の美女といったものだったからである。
しかし目の前の少女は見た目10歳程度、威厳の欠片もない。
「そうじゃ、夜の王であり闇の王であり八頭の大蛇である古よりおる神、そして、今は主様の神じゃ」
「いや……本当か?お前が神?」
「な、なんじゃ!疑っておるのか!?」
「いやだって……」
「っ~~!ふ、ふんっ!まあよいわ……主様が何と言おうが儂は主様の神じゃからな!」
少し拗ねたように頬を膨らませ少女は宣言する。
「で、用事があって来たんじゃろ?」
顔を黒風の方に向け、少女は問いかけた。
「あっ!そ、そうなんだよ!実は……」
説明をしようとする黒風。
しかし。
「まあ、まて」
そう言って少女は黒風を止めた。
「へっ?」
「言わずとも分かっておる、主様は神喰いになりたい、そうじゃろ?」
「なっ!?何で知って……」
「そのくらい分かっておるわ、主様の神なんじゃからな」
いくら見た目が10歳の少女と言ってもやはり神、隠し事は出来ないようである。
「……ま、まぁ分かってんなら話しが早い、いきなりこんな事頼むのは失礼かもしれねぇけど……俺に力をくれ、お願いだ」
黒風がそう言うと、少女は目を閉じ、少し考え込む。
「う~~む……しかしのぅ…………」
少女はしばらく考え。
そして。
「うむ!いいじゃろう!」
と勢いよくそう言った。
「え?……ほ、本当か!?」
あまりにあっさりと了承され、黒風は驚きを隠せなかった。
十中八九、断られると思っていた。
「うむ、実を言うとな?主様がここに来た時から決めておったんじゃ、主様の神として、主様の力になろうとな」
「そ、そうなのか?」
「そうじゃ、ではこっちにこい、神喰いとしての力を渡すからの、と、その前に、座るものが欲しいの」
そう言って少女が手を叩くと。
何もない場所から突然椅子が現れた。
「うおっ!?」
「そら、これに座るが良い、もっと近くにこい」
「お、おう!」
黒風は喜び、前に一歩踏み出した。
だが。
そこから足が動かない。
何故だかわからないが背中の毛がぞわぞわと逆立つ。
「どうしたのじゃ?早くこい」
「あ、あぁ……」
せかす少女の声ではっとした黒風はもう一歩、足を踏み出そうとした。
しかし。
(ゾクッッッ!!)
突然の悪寒、殺気を感じ、黒風は後ろに思いっきり飛んだ。
その瞬間。
シュカン!と小気味良い音がして。
黒風が踏み出そうとした場所にあった椅子が両断されていた。
「ほぅ……あれをよけるか……中々やるではないか主様よ」
少女は笑みを浮かべながらそう言った。
その手には一振りの日本刀が握られていた。
「おまっ!?何すんだいきなり!」
慌てて黒風が叫ぶ。
すると少女は。
「何すんだ……じゃと?」
と、言った。
しかし、その声はもはや少女のものではなかった。
重く重く重く、そして強い声。
それは、神の声だった。
「それはこっちの台詞じゃよ、主様よ」
「な、何だと……!?お前は俺に力を貸してくれんじゃねえのかよ!?」
そう怒鳴る黒風に少女は静かに言った。
「甘ったれるでない、主様よ」
「なっ!?」
「……そんな簡単に力が手に入ると思ったか?神喰いの力はな、くれと言われてはいどうぞと渡せるような代物じゃ無いのじゃよ……」
「そ、それでも……それでも俺は力が欲しいんだよ!」
黒風の叫び、それを聞いた少女は不敵に笑い、言った。
「ならばこい!力ずくで!殺しに来い!!!皮を剥ぎ!肉を削ぎ!血を啜り!骨を砕き!臓物を引き摺り出し喰らえ!これは、殺し合い!これは!儂と主様の」
「喰らい合いじゃ!!!!!!!!!」
そして。
力を欲した人と、命を欲した神の、喰らい合いがはじまった。




