第二拾一話 シンユウ
「らぁっ!!」
「ギュァッ!!?」
気合いと共に振り下ろされた刃が、巨大な蟻の頭部を切り飛ばし、ゴトンという音をたて蟻の頭部が地面に落ちた。
残された体はシュワァァァアと音をたて、煙になり、まるで最初から存在しなかったかのように消えた。
「ふぅ……今ので5匹目か、先生、雲井の場所はまだわかんねぇのかよ?」
額の汗を拭い、黒風は伊森に問いかける。
「あー、さっぱりだわ、神力たどっても雲井は神力下げてるみたいだし喰いかすは多いし……どうしたもんかね」
雲井が理科準備室から姿を消し、黒風と伊森は雲井の捜索を続けていた。
しかし、雲井はどうやら神力を極限まで低下させ、さらに大量の喰いかすを放ち、黒風と伊森を撹乱。
結果、黒風と伊森は、いまだに雲井を見つけられていなかった。
(くそっ!探しても探しても喰いかすばっかり……このままじゃ他の先生や生徒にまで被害が出るぞ……!)
黒風は焦りながら必死に頭を働かせる。
すると、その様子を見た伊森が。
「おい」
と、声をかけてきた。
「なんだよ、早く雲井を探さないと……」
明らかにイラついた様子で黒風は伊森に返答を返す。
「少し落ち着け、焦り過ぎだ、そんなんじゃ見つけられる物も見つけられないぞ」
焦る黒風をなだめるように、伊森はそう言った。
「……そう、だな、わかった、落ち着いて……」
黒風が落ち着きを取り戻し、そう呟いた瞬間である。
学校のスピーカーからブツッという音、続いてザザーっというノイズが混じる、ノイズが消え、スピーカーから。
『あ、あー、うん、成功ですね』
という声が聞こえた。
「「!?」」
その声は、雲井のものだった。
『えー、黒風君に伊森先生、この放送はあなた達のみにむけて放送しています、連絡します、神喰い状態を解き、直ぐに屋上に向かうように』
「神喰い状態を解いて屋上にこいだと?そんな見え透いた罠、誰が……」
苛立った声で黒風が呟くと。
『ちなみに』
と、うむを言わせない口調でそう言った。
『拒否権は無いですよ?何故なら、人質を取らせてもらったのでね』
「人質……?」
黒風の額に嫌な汗が浮かぶ。
『鳴道 雷牙、伊森先生、あなたの教え子であり黒風君の親友、でしょう?』
「「!?」」
『これから5分以内に神喰い状態を解いて屋上に来なければ、喰いかす達に鳴道君を襲わせます』
「……なるほど、喰いかすはただの囮じゃなかったって訳か」
苛立つ黒風の隣で、静かに冷静に伊森は呟いた。
『それでは、残念な結果にならない事を期待してますよぉ?』
そう言うと、ブツッと言う耳触りな音を残し、雲井はスピーカーを切った。
「くっ!?先生!早く屋上に……!」
「……ちっ、明らかに罠だが、行かないわけにもいかないしな……仕方ない、急ぐぞ!」
「ああっ!」
返事を聞いた瞬間、黒風は全力で走り出した。
もう、失うわけにはいかない。
大切な世界も、大切な人々も。
覚えているのは、ひしゃげた身体と赤黒い血液だ。
【あいつ】は俺の目の前で別れを告げた。
『この世界から、逃げたいんだ』
震える身体を押さえつけて。
『君がいるこの世界から消えるのは、少し怖いけど』
俺の目の前で落ちていった。
『今までありがと……ごめんね雷牙、バイバイ』
【あいつ】は最後にそう言って、この世界から飛び降りた。
ガァァン!と音がして、ドアが荒々しく開かれた。
「雲井ぃ!どこだ!」
「うるさいなぁ……黒風くん、叫ばなくてもここにいますよ」
黒風の怒りに満ちた叫びを聞き、雲井は余裕の笑みを浮かべ答えた。
「雲井先生、鳴道は無事なんでしょうね」
黒風の後ろから、静かに、しかし怒りの混ざった声で雲井に問いかけながら、伊森も姿を表す。
「えぇ、もちろん無事ですよ、 ただし、そちらの態度によっては無事では無くなるかもしれませんよぉ?」
ニヤニヤと笑いながら雲井は黒風達に返答した。
「クソ野郎が……!」
「おっと黒風くん?そういう態度はいただけないなぁ」
屋上のフェンスに寄りかかり、余裕の笑みを浮かべて雲井は黒風に話しかける。
「雷牙はどこだよ!さっさとだせ!」
「無視ですか……まあいいでしょう、雷牙くんはここにはいませんよ、校内を走り回っていますからねぇ、携帯電話に電話をかけてみてくださいよ」
雲井の言うとおりにするのは腹立たしいが、ここは言うとおりにするしか無い、黒風はポケットから携帯を取り出し、雷牙に電話をかけた。
『♪~♪♪~♪♪~♪~♪♪♪……もしもしっ!春か!?』
雷牙の好きな曲の着メロが流れ、切羽詰まった声で雷牙が電話にでる。
「雷牙!お前今どこにいるんだ!?」
『校舎の中だよ!ただ、今は変な化け物に追われてる、でけぇ蟻みたいなやつだ』
「よし……雷牙、そこから動くなよ!化け物にもなにもするな、そいつらはこっちがなにもしなければなにもしてこない」
『わ、わかった……てか、お前はどこにいるんだ?』
と、雷牙が黒風に問いかけた時である、雲井が黒風の携帯電話を奪い取り。
「お電話変わりましたぁ、雲井です」
ニヤニヤとしながら、雷牙にそういった。
黒風は携帯を奪い返そうと考えたが、人質が取られている今はなにもできない。
『く、雲井先生!?春と一緒にいるんすか?』
「あー、そういう質問は後にして欲しいなぁ、とりあえず、君はなにもするな、無力な君にはなにもする資格はない」
『……?な、なにを言って……』
「実はねぇ、君の前にいる化け物、僕のペットなんだよねぇ」
『え……!?どういう、ことっすか』
「ま、簡単に言えばね、君を餌に黒風くんを呼んだってわけ」
『は、春になにをするつもりなんすか!?』
「黒風くんは僕たちにとってとても邪魔なんだよねぇ、だから、殺す」
『な、なんで!?春が邪魔って、俺たちはただの中学生っすよ!?』
「あれ?……もしかして黒風くんからなにも聞いてないのかな?」
『聞いてないって……なにをすか?』
「そりゃ、彼が」
雲井がそこまで言った時である。
「おい!やめろ!雲……」
流石にこれ以上は耐えられなくなり、黒風が声を荒らげた、しかし。
「人じゃ無いってことをだよ」
雲井は黒風の顔を見ながら、黒風の表情が悲痛な表情に変わるのを楽しむ様に、そう言った。
「く、雲井ぃ!!」
我を忘れ、黒風は雲井に殴りかかろうとした。
「あれ?いいのかな?君が僕に手を出せば、雷牙くんは死ぬよ?」
「ぐっぅ……!」
雲井の一言で、黒風はかろうじて拳を振り抜くのを止めた、すると。
『雲井先生……いや、雲井』
黒風の怒りと、雲井の言葉を聞いた雷牙が、雲井に話しかけてきた。
「はい?なんだい雷牙くん?」
『一つだけ言っておく』
「なんだい?命乞いかな?」
『春が人じゃ無いとか、そんなことはどうだっていい、俺は今決めた』
そこまで言って、雷牙は一息吸い。
『あんたは俺がぶっ潰す!!』
「雷牙……」
今まですべてが怖かった。
雷牙との関係も、穏やかな学校生活も、この力が暴露たら、すべて崩れ去ってしまうと。
だが、そんなことは、雷牙にとっては、親友にとっては、ほんの些細なことらしい。
『春!』
「お、おう、なんだ雷牙!」
『俺にかまうな!ぶっとばせ!』
「なっ!?んなことできるわけねぇだろ!」
『大丈夫、俺は死なない、だって俺だぜ?』
「そういう問題じゃ……」
『信じろ!』
「……わかった、死ぬなよ」
『おう!』
そう言うと、雷牙は通話を終わらせた。
「美しいですねぇ、友情、信頼、自己犠牲、とても美しい、しかし」
通話を終わらせた黒風に雲井はそう言うと突然顔を歪ませた。
「同時に僕が一番嫌いなものですよ」
吐き捨てる様に雲井はそう言った。
「雲井……」
顔を俯かせ、黒風はボソッと呟く。「なんだい黒風くん?」
雲井が黒風に答えると。
「らぁぁぁぁぁぁあ!!!」
黒風は答えを拳で返した。
「がっあっっ!!?」
振り抜かれた拳は、雲井の顔面にクリーンヒット、ゴガン!という音を立て、雲井が屋上の床に倒れる。
「黒風!?お前なにを!?」
慌てた伊森が黒風に叫ぶ。
「伊森先生、一旦雷牙のことは忘れてくれ」
「なにを言ってんだ!雷牙は神喰いでもなんでも無いんだぞ!?」
「雷牙が俺に信じろって言った、それだけで十分だ」
「なにを……あぁっ!」
伊森はさらに黒風を説得しようとしたが、折れる気配の無い黒風に呆れ、大きく空を仰いだ。
そもそも一発入れてしまったのだ、もうどうしょうもない。
「たく……仕方ない、こうなったらさっさと雲井を倒すぞ!」
伊森はそう言うと、再び神喰いの力を出した。
両手に液体がまとわりつき、その姿を手袋に変えた。
「言われなくてもっ!いくぞ!八無!」
「やれやれ、やっと出番かの」
黒風が呼びかけると、八無は仕方ないといった様子で、少し微笑み、神喰いとしての姿に変わった。
黒風はそのまま両足に力を入れると、雲井に向かって走って行った。




