第二拾一話シュラ
「ぐっうぅ……くそっ」
傷だらけの体を引きずり、雲井は屋上に腰をおろした。
ドサッという音がして、雲井の体から力が抜ける。
(まさかあそこまでの強さだとは思っていませんでしたよ……さて、どうしましょうかね……)
先ほどは完敗だったが、雲井は早くも次の手を考えていた。
頭を働かせ、思考を巡らせる。
(まず伊森先生の能力がわからないですね……何かを消す、または見えないようにする能力……でしょうかね)
怒りはそのままに、しかし冷静なまま、雲井は状況の分析を始めていた。
すべてはただ、殺すために。
「逃げちゃったかー……」
ボサボサの頭を掻きながら、伊森は
ボソッと呟いた。
すると、後ろにいる黒風が。
「逃げちゃったかーじゃねーよ!いろいろ説明しろっ!」
と、伊森に問い詰めた、だが。
「あー……めんどくせーからパス、後にしろ」
そう言うと伊森は理科準備室を出て、早足で歩き始めた。
「め、めんどくせぇじゃねぇよ!アンタ何者なんだ?」
黒風も早足で歩き、伊森を問い詰める。
「うるせーなー、ただの教師だっつーの」
「ただの教師があんな馬鹿みてぇな力出せるわけねーだろ!」
黒風が怒鳴る。
すると、伊森はピタリと足を止め。
「いいか、黒風、俺の正体とかそういうことは取り敢えず後にしろ、今は、雲井を止めることの方が大切だ」
と、はっきり言った。
「……ちっ、わかったよ」
少しだけ納得のいかない顔をしたが、伊森の言うことの方が正しい、黒風は仕方なく伊森の指示に従うことにした。
「けどよ、全部終わったら……説明してもらうからな」
黒風は伊森を睨みつけ、そう言った、しかし伊森は。
「ほーい、りょーかい」
相変わらず気合の抜けた声で、適当にそう言った。
「じゃ、とりま雲井せんせーを探すかね、黒風も協力しろよ?」
伊森は煙草を咥えながら、めんどくさそうにそう呟いた。
「わかってるよ、ここは一旦共同戦線だ、八無!」
渋々といった様子で、黒風は八無を呼び出す。
「ん、了解したぞ主様よ」
影を纏い、黒風の姿は、神喰いへと変わった。
「で、どっから探すんだ?」
日本刀を肩にかけ、黒風は伊森に問いかける。
「さぁーねぇー?取り敢えず手当り次第に探すしか無いね」
気だるそうにそう答え、伊森は煙草に火をつけた。
「フゥー……ま、そう遠くには行ってないでしょ、しらみつぶしに探そう」
「わかった、じゃあさっさと行こうぜ」
「はいはい、まったく、若者は元気があっていいねぇ」
煙草の火を消し、頭を掻きながら、伊森と黒風は早足で歩き出した。
「すぴー……むにゃむにゃ……」
教室で呑気な音をたてながら、鳴道は爆睡していた。
黒風が雲井を探していても教室は変わらず授業を続ける、と、そこに。
ヒュオンッ!という音、続いてガン!という音が響く。
「イテッ!?」
頭に衝撃をうけ、鳴道が叩き起こされる。
よくみると机に白い粉が落ちている、どうやら、先程ぶつかったのはチョークのようだ。
「鳴道ィ……あたしの授業で爆睡たぁいい度胸だ、気合い入れ直してやろうかァ?」
怒気を孕んだ声で、チョークを投げた人物が鳴道に問いかける。
鳴道がゆっくりと顔をあげる。
その人物は女性だった、黒髪を後ろで縛り、顔はにこやか?な笑顔、左手に教科書を持っている。
「あ、あははは……仙谷坂先生……」
女性の名は仙谷坂 押捺社会科教師にして上乃中学校最強の教師と呼ばれる女性である。
何しろ剣道全国大会出場 (レギュラー) 空手黒帯、合気道師範代、最近ではパルクールまで始めている。
そんな先生が笑顔でこちらを見ていた。
冷たい、笑顔でこちらを見ていた。
「たるんでんだったらそのツラ2、3発……」
「いいいえ!大丈夫です!あ!俺黒風呼びに行ってきます!それじゃ!」
その笑顔のあまりの圧力と恐怖に耐えられず、鳴道はダッシュで教室を飛び出した。
「あ!てめこの野郎、話は終わって……ハァ、まあいい、オラ、続き始めんぞ」
呼び戻そうとしたが相手も陸上部エース、流石に足では勝てず、仙谷坂は諦めて授業を再開した。
「ふぃー、危ねえー……どーすっかな、春どこにいんだろ?」
人生最速レベルの速さで逃げ出した鳴道は、当てもなく校舎を歩き回っていた。
「取り敢えずそこらへんを」
と、鳴道がそこまで言った時である、天井からパラパラと埃が落ちて来た。
「ん?なんだ……?」
次の瞬間。
ボガンッ!!!という音がして、上から3つほど何かが落ちて来た。
ズズン!という音と共に、その何かは廊下に着地した。
「おわぁ!?なんだぁ!!?」
その何かは蟻に似ていた。
黒い体、紅く丸い複眼、細い足、しかし、ただ一つ違うのはそのサイズである。
なんと、その蟻の全長は鳴道よりも大きかったのである。
蟻はこちらをチラリと見ると後ろを向き、もう2匹を見る。
(あ、あれ?こっちを見てない……て事は安全?)
鳴道がホッとしかけたその瞬間。
「ギルルァァァアァアァァァアアア!!!」
と、蟻が叫び、一斉に鳴道を睨みつけた。
「ひっ!?」
そして、蟻が全速力でこちらに走り出すとほぼ同時に。
「のわああああああああああ!!!!??」
鳴道も全速力で逃げ出した。
蟻と鳴道が走り出し、誰もいなくなった廊下に、スタッという音と共に、二人の人影が天井から飛び降りた。
「さて……第二試合を始めましょうか」
舌なめずりをして、人影はそう呟いた。
蟻がいなくなった廊下には、もう人はいなかった。
いるのは屈辱を晴らすため舞い戻った修羅、ただそれだけだった。




