第十四話 カラス
光栄の学校襲撃。
世間的にも大きな事件だったあの日から三日たち、今日は土曜日。
黒風は街に出かけていた。
黒風の休日は基本的に一人だ。
友達がいないというわけでは無く、一人が好きなのである。
ただ、今日の黒風は一人では無かった、何故なら。
「ぬわっ!?ぬ、主様よ!あ、あの鉄の塊いきなり走り出しおったぞ!?」
隣に見た目10歳の幼女、八無がいるからである。
「あー?あれは車っつって、人間が乗る乗り物だよ」
光栄が襲撃した翌日から、八無は黒風のそばに常にいる様になった。
流石に黒風の妹、雪がいる時は影に戻るが、それ以外はほぼずっとこの調子である。
八無は余程世界が不思議な様で、キラキラと目を輝かせ何から何まであれは何じゃこれは何じゃと聞いてくる。
この反応に、黒風も一度晴明に聞いてみたのだが。
『あー、あの子にとっては世界に出るのははじめて何よ、せやから見る物全てが珍しいんやろなぁ、ま、我慢しいや、あの子は今までアンタの中から世界を眺める事しかできひんかったんやから』
との事だ。
しかし、そう言われても、やかましいことこの上ない。
(……でも、晴明の言ってる事が本当なら……こいつは12年間、ずっと俺の中に閉じ込められてたんだよな)
そう考えると、このはしゃぎ様も仕方ないと黒風は思った。
ただ、一つだけ問題がある、それは。
「のう!主様よ!儂は次はあそこに行きたいのじゃ!連れていってくれぬかの!」
目立つのだ。
非常に。
まあ、当たり前である、何しろ八無は見た目は美幼女、さらに儂、じゃの、などの古めかしい言葉使いをする。
目立ちたく無い黒風にとっては迷惑この上ない、しかし。
「わーったから走るな、こけるぞ」
と、言った黒風の顔は笑っている様に見えた。
何だかんだ言っても黒風は根っからのお人好しなのである。
黒風と八無はそんなたわいない会話をしながら街を抜けていった。
夜景の見える高層マンション。
黒風との戦いの後、光栄はそこにいた。
ここは彼の今の拠点であり、住居でもある。
(まさかあそこまで戦えるとは予想外でしたね……)
先程の黒風との戦いを思い返し、次の作戦を考えていると。
プルルルルルルルと、光栄の携帯電話が着信を告げた。
光栄はそれを手に取り、ディスプレイに標準される文字を見て、チッ、と舌打ちをしてから通話ボタンを押した。
「……もしもし」
と、光栄が言うと。
『あ!もっしもーし!光くーん?』
電話の向こうから、若い女の声がした。
「光くんはやめてくださいと言ったはずですが」
『あっははは、そうだっけー?まあ、気にしないでよー♪』
その時。
電話の向こうからガン!ゴガン!という音が聞こえるのを光栄は確認した。
「……何をしてるんですか?」
『んー?えーっと……ゴミ掃除?』
「……またどこかの組織を潰してるんですか」
『だってさー、こいつら弱いくせにムカつくんだもーんっと!』
電話先の女が言うと、続いてゴシャッ!っと音がした。
彼女が何をしているかというと。
「本当に……人を殴りながら電話なんてしないでくださいよ」
そう、彼女は人を殴りながら電話をしているのである。
それも沢山の人間に囲まれている中で。
光栄の耳にも、沢山の人間の怒声や罵声、そして叫びが響いていた。
『だって退屈なんだもーん、よいしょっと!おし終わりー♪』
「はぁ……で?何の用ですか?まさか暇だったからとかじゃ無いですよね?」
『んー?それもあるかなー』
あっけらかんとした女性の声に苛立ちを覚え。
「……切りますね」
と言い、光栄は通話を切ろうとした。
『待った待った!冗談だって!』
だが、女性の焦り声を聞き、切断ボタンから指を離した。
「だったら早く本題に入ってください」
『もー……せっかちだなぁ光くんはー、んじゃ本題に入るけどぉ、今日さーそっちにアタシの部下が行くのね?んで、一応それの報告?みたいな』
それを聞いた光栄は。
「何故?私一人で充分ですが?」
と、少しイラつきながら言った。
『だってさー、今日光くん負けちゃったんでしょー?』
しかし、そんな光栄の様子など気にせずに電話先の女は痛い所を付いていく。
「っ!」
『あ、言っとくけどこれアタシの考えじゃ無いからねー?これ、あの人の命令だから、逆らっても無駄よん♪』
電話先なので顔を見ることは出来ないが恐らくニヤついた笑顔でいるのが言葉から読み取れる。
「……わかりました」
『ん、じゃ、よろしくねー♪ばーいばーい♪』
そう言って電話先の女は一方的に電話を切った。
「……全くイラつく人ですね」
光栄はしばらく手に持つ携帯を眺め、そしてそれを机に置き、寝室へと向かった。
空に浮かぶ月が、やけに青白く光っていた。
街を抜け、黒風と八無は住宅街を歩いていた。
「主様、これからどうするのじゃ?儂は家に帰りたく無いぞ?」
八無はまだまだ遊び足りないようでそんな事を言っている。
「あー、心配すんな、まだ帰らねぇよ、そもそも帰れないしな」
黒風がそう言うと、八無は解せぬ、といった様子で黒風に問いかけた。
「何故じゃ?主様の家なのに帰れぬのか?」
「今雪がバルサン焚いてんだよ」
「……雪とは何かの?」
「そっからかよ……」
新事実として八無は人の名前を覚えるのが苦手だという事がわかった。
「ほら、俺の妹」
「あー……あの忌々しい奴じゃの、奴がおると儂が隠れねばならぬ……」
「人の妹を忌々しいとか言うなよ……」
一応ツッコミを入れ、特にする事も無く、ぶらぶらと歩いていると。
目の前に神社が見えてきた。
「お、朝霧神社か……こんな所まで来てたのか」
「主様よ、あさぎりじんじゃとは何かの?」
「お前神社までわかんねぇのか!?」
「わからぬ」
何故か、どこか誇らしげにドヤ顔で八無は言い放った。
「はあ……神のくせにわかんねぇのかよ……神社ってのは、神を祀る所でな?お賽銭ってのを入れて、願い事を願うんだよ、まあ験担ぎってやつだ」
「なるほどのぅ……ようするに他力本願の奴がたむろう場所なんじゃな?」
「おま……いや間違っちゃいねぇけどよ」
「よし!主様よ!儂も神社に行ってみるぞ!」
「えー?まあいいけどよ……神が神社に行くってどうなんだ?」
「細かいことは気にするで無い!行くぞ主様よ!」
「はいはい……」
そう言って黒風が神道を歩き、鳥居をくぐろうとした時である。
黒風は、鳥居に一羽の鳥がとまっているのを見つけた。
鳥居なので鳥がとまっているのは珍しく無いのだが。
「……フクロウ?」
とまっている種類が珍しかった。
白い羽と、クリクリとした瞳を持つその姿は、フクロウに間違いなかった。
フクロウは眠たげにこちらを一度見ると、バサバサッ!と、慌ただしく飛んで行ってしまった。
「こんな街中でフクロウなんているんだな……珍しい」
黒風がしばらくフクロウが飛んで行った方向を見てぼーっとしていると。
「主様よー!どうしたのじゃー?」
八無が大きな声で黒風を呼んだ。
「あ、わりー!今行くー!」
八無の声でハッとした黒風は急ぎ足で八無の元へ向かった。
何時の間にか、フクロウのことはすっかり忘れてしまっていた。
その少女は縁側でお茶を飲んでいた。
少女の姿はいわゆる巫女装束である。
腰までの長さの黒髪に、翡翠色の瞳、抜ける様に白い肌だった。
お茶を飲み、少女が一休みしていると。
「翠香、妙な輩が境内にいるぞ」
後ろから男の声がした。
「妙な輩?どんな人?」
しかし、少女は当たり前のようにその声に答えた、しかし。
「うむ、我の見たところ……どうやら神喰いのようだ」
「神喰い!?じゃあ……!」
先程までの空気とは一変し、少女の顔色が変わった。
「もしかすると……奴かもしれん」
「わかった、ありがと、行こう!」
「うむ」
少女は側においてあった長い何かを持って地面に置いてあった草履を履くとそのまま走って行った、しかし。
少女の周りにも、家にも、男の影は無かった。
先程いたはずの男はもちろん、人だけでなく、電話などすらなかった。
見える人影は、少女のみ、のはずだった。




