01-07 出会いと出発
これにて1章最後になります。
至らない点いろいろあったかと思いますが、少しでも楽しんでいただけましたでしょうか。
ご感想・ご指摘・アドバイス、お待ちしてます!!!
ズタボロになった杖を見ながら、俺は唖然としていた。
記憶のない状態で自分が持っていた、ただひとつの武器。
それが失われたのだ。
でも、仕方ないな、とは思う。
杖は100本あるかもしれないが、アイムはひとりだけ。
どちらを取るか考える間もなく、俺はアイムをかばった。
そして、唖然としていたのは俺だけではなかった。
俺に杖を向けたエルフの女性。
彼女も、驚いたように目を見開いていたのだ。
そして、その大きく見開いた目のまま俺を見つめてきた。
……視線が怖いわっ!!!
「どうして、君はスライムなんかを助けたんだ……?」
「どうしても何も、こいつが死んだら嫌だからだ」
「……なぜ?」
本気で分からない、という目をしている。
何がわからないのか、俺がわからんわ。
「そうだよソータ、なんでわたしなんかを助けたの?」
「アイム?」
「わたしが死ねば、もっと強い魔物とだって契約できたんだよ? 杖がなくなっちゃったら、ソータはもう神様にだってなれないじゃない!」
……ん?
「……ちょっと待て、今の言葉もう一度」
「わたしが死ねば、もっと強い魔物とだって契約できたんだよ?」
「その後」
「……神様になれない、のトコ?」
「そこそこ!」
「分かった!!!」
いや何が分かった!?
アイムは立ち上がると、変なポーズを取り始めた。
右手の人差指を眉間に付け、左腕を水平に伸ばす。
右膝をついて、左膝を立てる。
……なんだこれ?
「杖がなくなっちゃったら!」
『杖がなくなっちゃったら!』
アイムの後について、スライム達が復唱する。
いったい何が始まっているというのだ……
アイムは両腕を上に伸ばし、上を向いて立ち上がった。
アイムの周りにスライムたちが集まる。
「ソータはもう!」
『ソータはもう!』
そして、右足を一歩前に出し、左手は腰に添え、
右手で俺に向かってビシッと指をさした。
器用にも、周りのスライムたちも右手の形に【変形】している。
「神様にだってなれないじゃない!!!」
『神様にだってなれないじゃない!!!』
「……いやなんかいろいろナニソレ」
チラッとエルフの方を見てみると、何か見てはいけない物を見てしまったような気まずい表情をしていた。
大丈夫、俺も同じ気持ちだぞ、エルフさん。
「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」
突然、今まで大人しくしていたエルフの男性が叫びだした。
かと思うと、彼の体が急に膨れ上がっていき……
体の表面には鱗のようなものが。
背中からは羽根が生えてきて、バサバサと大きく広がる。
――ドガンッ!!!
洞窟の天井を破壊する頃には、一匹の竜がそこにいた。
エルフが竜に!?
俺の頭は混乱に包まれている。
「ガルォォォォォォォォォォォォ!!!!」
今まで聞いたことのない恐ろしい声に、俺は震え上がった。
早くこの場から逃げ出したいのに、指一本動かせない……
涙目になりながら、竜を見つめた。
「コォ……クゥ……」
竜は息を整えると、突然縮小し始めた。
羽根が背中に収まり、竜の顔は少しずつエルフの顔へ。
鱗が小さくなり、肌が露出し始め――
――そこには、"全裸"のエルフ(男)がいた。
「スライム殿……失礼、アイム殿の魂の叫び、感動した。 貴殿の叫びに呼応し、思わず我も叫ばずにはいられぬほどであった……」
「ううん、竜さん……えっと、お名前は?」
「これは失礼した。 我はファラサール。 主であるエルフのサエルミアの契約者だ」
「ファラ……なんとかさんの叫び、グッと来たよ! さすが竜族だね♪」
「我はファラサールである。 身に余るお言葉だ」
「そんなことないよファレレール!!!」
「ファラサールである」
……なんかアイムが裸男と仲良くなってる。
ちなみに今まで言ってなかったけど、アイムも全裸だ。
全裸のエルフ男(成人)と10才くらいの全裸の少女の談笑。
もういろいろダメだ。
完全にアウトである。
エルフ(女)の方を見ると、もうなんか全てをあきらめたような顔をして壁を見ていた。
――いつもご苦労様です。
余談だが、竜が叫んだ当たりで気絶してたドワーフがビクッと起きて、そのまま逃げていった。
ぶちのめしてしまった俺が言うのもなんだが、気の毒な人である。
* * *
「じゃあ君は、記憶を?」
「えぇ……」
アイムと裸男が仲良く話しているのを脇目に見つつ、俺はエルフのサエルミアさんと話をしていた。
なんとなく、苦労人の雰囲気がにじみ出てるなぁ。
「じゃあ簡単に説明するけど、この"神の杖"はね、前の神様が持っていた杖が、100本に分かれたものなの」
ふむふむ、なるほど。
要約すると、神の杖については、
・神の杖は全部で100本ある。(既に6本はサエルミアさんが破壊している)
・神の杖が破壊され、最後の一本になった時、持ち主は新しい神となり、全知全能になる。
・神は5000年を周期に代替わりが発生する。
・現在は、5000年前に即位した神が死に、新しい神の選定期である。
「アイムやファラサールのような、契約、というのは?」
「そうね、神の手助けをする神獣――杖持ちが神になると、契約している魔物は神獣になるの」
「へー、じゃあ5000年間ずっと一緒にいることになるわけか」
「えぇ。 前の神様の神獣は"炎鳥"。 神様が死なない限り神獣は死なないから、"不死鳥"と呼ばれていたわ」
そうかそうか。
あとはそうだなぁ。
「なあ、俺は元の世界に帰れるのか?」
「うーん……それなんだけど……」
サエルミアさんはちょっと気まずそうに言った。
「"基本的には"、落人……異世界から落ちて来た人が帰る方法はないわ」
覚悟はしていたけど、ちょっとショックだ。
「この世界は、他の世界より"下"――あくまで概念的にだけど――にあるから、他の世界から落ちてくることはあっても、登ることはできないの」
だから"落人"……というらしい。
でも、"基本的には"とは?
あ、そういうことね。
「唯一世界を自由に渡る方法。 それは――」
「神になる、ということか」
「えぇ、そういうこと」
サエルミアさんが気まずそうにしていた理由はそれ。
彼女は、俺が元の世界に帰る方法をズタズタに引き裂いてしまったのだから。
「私は私の目的のために神になるわ」
強い瞳で言う。
綺麗だな……顔の作りが、とかではなく、俺はそう思った。
「だから、あなたの可能性を奪ってしまったことを、謝らない」
いいさ。
きっとそんな顔をするからには、理由があるんだろうから。
「ま、俺が神になったところで、たいしていいこともないだろうしな」
「え?」
「世界をこうしよう! とかさ。 そんな疲れることはしないよ」
「嫌いな人や悪人を消し去ったりもできるんだよ?」
「良い悪いなんて立場によっていくらでも変わるもんだろ? 嫌いだからって消してたらキリないし」
「本物の極悪人は?」
「法律とかにまかせるよ。 俺は寝る!」
ぽかーんとした顔のサエルミアさん。
俺みたいな考え方はめずらしいのか?
「まーほら、それに俺の杖はもうないわけだし」
『あるよ~♪』
スライムの一匹が、急に擦り寄ってくると、そう言った。
どういうことだ?
スライムはズタズタになった神の杖の方へ向かう。
『【吸収】!』
スライムが杖を吸収する。
スライムの体が光った。
『【分裂】!』
スライムの体から、"杖"が飛び出してきた。
ズタズタにされていない、綺麗な状態でだ。
スライムは俺の方にそれを運んできた。
杖を右手で掴むと、ふっと消え、右手の中指には指輪が光っていた。
「くくくっ…… あっはっはっは!」
突然笑い出すサエルミアさん。
その声を聞いて、アイムとファラサールがこちらに戻ってきた。
「主、いったいどうした」
「ふふっ…… いやーなに、ちょっと同志を見つけてしまったものでね」
同志?
どういうことだ?
「ソータ! 杖が戻ったの!?」
「ああ。【吸収】と【分裂】だ」
「あ、分かったの~♪ ねーねー、じゃあ戦うの?」
アイムの言葉に、サエルミアさんを見つめる。
できたら、戦いたくないなぁ。
「サエルミアさん……」
「"サエル"でいい。 あと敬語はいらん」
「じゃあサエル、あのさ、できれば戦いたくないんだけど」
「無理だな」
一蹴された。
アイムはビクッと反応し、戦闘態勢に入った。
が、俺にはサエルがまだ何か言いたそうに見えた。
「君とは――ソータとは戦うさ。 一番最後にな」
そういうと、サエルは笑った。
ファラサールは、サエルの顔をじっと見つめていた。
* * *
「もう行っちまうのか?」
「あぁ……悪いなソータ、たいして手助けできなくて」
あれから、サエルにはいくつかの魔法やこの世界の常識を教わった。
ファラサール用の予備の服も、アイム用に仕立て直して何着かくれた。
至れり尽せりだな、まったく。
「十分に手助けしてもらったよ。 まーあんま無理せず、頑張れ」
これからも、サエルたちは杖の気配を追って旅を続けるらしい。
聞くからに、かなりハードな旅になるようだ。
「ソータ、お前らも、生き延びろよ」
「ああ。 いつか戦おうな。 "一番最後に"」
あの後、サエルの"目的"を聞いたら、まー確かに同志って言われても納得って感じでさ。
俺も、帰るためにはひとまず生き残らなきゃいけないしな。
――と、ファラサールが近づいてきて、俺の耳元で呟いた。
「……感謝する」
「え?」
「主の顔が、穏やかになった……」
そう言うと、人化を解除して竜の姿になるファラサール。
いつものように、着ていた服はビリビリにやぶれて――
「あぁー! またそうやって――」
サエルがいつものようにファラサールをどなりつける。
ファラサールはどこ吹く風。
賑やかな二人を見ていると、一つの疑問が浮かんでくる。
「ファラサール、お前……」
……わざとやってるだろ。
その言葉を飲み込んで、ニヤニヤしながらファラサールを見つめると、"グルォ!"とひと鳴きしてサエルを上に乗せた。
今のは"ほっとけ"くらいかな? 竜語はわからんが。
「サエルー! 元気でね♪」
「えぇ、アイムも、ソータと仲よくね!」
「うん!」
「ファラサール、飛んで」
「グルルルルル……」
サエルを乗せたファラサールが飛び上がった。
アイムは一生懸命叫んでいる。
「サエルもファ……ファブリーズも元気でね~!!!」
「グルォォォォォォォォォォォォォォォォ!!!」
今のは"我の名前はファラサールである"だな。
竜語はわからんがコレは分かった。
さて、俺達も。
「行くか、"人の街"に」
「うん!」
この洞窟にいると、追手に見つかる可能性が高いからな。
サエルに聞いた、ここから一番近い人の街へと行くことにしたんだ。
こうして、洞窟から始まった俺の異世界生活は、少し様変わりすることになった。
この先どうなるかは分からない。
帰れるのか、生き残れるのかすら。
でも、一つだけ言えることは――
「ソータ! 先行くよ~♪」
「焦って走るなよー、コケるぞ~」
一つだけ言えることは、これからも、俺はスライムと共にあるということだ。
<出会った当初の草太と赤いスライムちゃん>
「俺の名前は真島草太だ」
『マズナス……?』
「マジマ、ソータ」
『マゾな?』
「……草太と呼べ」
『うん! よろしくソータ♪』




