01-05 杖持ちと契約
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「ここから南西に300キロ。 杖が起動しているな」
「そう……すぐに行くわよ」
「少しは休まないのか」
「えぇ。 取り逃がしたくはないの」
我が主はかなり無茶をしている。
エルフ族は"人族"の中でも恵まれた魔力を持つ種族だが、体力は他の種族と比べても低い。
せいぜい人間族と同じ程度だろう。
まして主は女性だ。
エルフ族の女性としては頑丈な部類に入るであろうが、性別の壁、種族の壁を越えるほどではない。
それが、睡眠をとらずに3日間、杖の起動の気配を追っては戦いを繰り返している。
……これは、一般的にどの程度の負荷なのだろうか。我には判断しきれない。
「さぁ、行くわよ」
「うむ。【人化】解除」
「あっ! ちょっ――」
我は人の状態から"もと"に戻る。
体が急速に大きくなり、翼が生える。今まで身を包んでいた布は破れ、身の丈5メートルほどの竜の姿になった。
竜族としては小柄な方だが、力にはそれなりに自信がある。
「もう! 服がボロボロじゃない! ……あぁこれはもう無理ね、後で予備の服を買い足しましょう……」
『我は裸でも気にせんぞ』
「はぁ……」
人族とは変な所ばかり気にするものだな。
あんな布など邪魔でしかないというのに。
「とにかく、行くわよ」
『了解した』
我が身を低く下げると、首元に主が乗る。
まさか我が人族を乗せることになろうとは、少し前では考えもしなかったな。
「飛んで」
『【飛翔】【加速】』
我は飛ぶ。主を乗せて。
主の願い……そして我が目的を果たすために。
* * *
『逃げてソータ!』
俺は突然現れた"ドワーフ"……としか言いようがないな。
人より小柄で、腕が太く、鼻が大きい……そんな奴を前に、思考が固まっていた。
「ははは、俺から食料を盗むなんて、どんな野郎かと思えば……人間ごときが舐めた真似してくれるじゃねぇか!!!」
俺の目の前で、ドワーフは赤いスライムちゃんを持ち上げると、そのまま勢いよく投げた。
――グシャっ
赤いスライムちゃんは、俺のすぐそばの壁に、あり得ないほどの勢いで叩きつけられる。
いつもの丸い形すら、かろうじて保てる程度の体力しか残っていないのが見てわかる。
『……みゅ~……』
「スライムちゃんっ!!!」
俺はスライムちゃんに駆け寄り、抱き上げる。
『ごめんソータ…… ごめんねぇ』
「俺の為だったんだろう? こっちこそ、悪かった」
思えば、リンゴの木なんて洞窟の外でも見かけなかった。
おそらく、この近辺には人間が食べられるものはあまりないのだろう。
スライムが餌としているような虫や小動物の死骸などは俺が食べられないから、苦肉の策でこのドワーフの食料を盗んでいたんだ。
「ご、ごめんなさい! あなたの物だなんて知らなかったんです。 スライム達は悪くありません! お金は払いますから――」
「俺はよぉ……」
ドワーフは斧を振り上げると、近くにいた透明なスライムに向かって降り下ろした。
一撃で「核」を砕かれたスライムは、そのまま地面に溶ける。
あの子は、よく俺に水を運んで来てくれた、働き者のスライムだ。
ドワーフはニヤっと笑いながら言う。
「てめぇの言い訳なんざ、どーでもいいんだよ……食料だって、別に目くじら立てるほど減ったわけでもねーしな」
再び、斧を振り下ろしてスライムを葬る。
あの子は、みんなより一回り小さくて、暇があれば俺にすりよってきた、甘えん坊のスライムだった。
ドワーフは、俺を睨み付けながら言い放つ。
「ただよ……魔物最弱のスライムと……人族最弱の人間に……コケにされた上、まるで対等かのように話しかけてくるのが、気に食わねぇんだよぉぉぉ!!!」
ドワーフは話ながら、立て続けに三匹のスライムに斧を突き立てた。
抵抗することもできず、三匹は溶ける。
残りのスライム達が、恐怖に震えている――俺はそれを見て、血が沸き立つのを感じた。
「今までは、この洞窟の掃除に便利だったから放っておいてやったが、もうてめぇらいらねぇよ。まとめて死ね!!!」
……【鑑定】。
心の中で唱えると、ドワーフのステータスが見える。
[種族]
ドワーフ
[称号]
神の杖を持つ者
岩トカゲの契約者
[種族スキル]
鍛冶 Lv.2
腕力強化 Lv.2
[個別スキル]
斧術 Lv.1
[能力]
筋力 C
体力 C
魔力 D
知力 D
敏捷 E
こいつも神の杖を……あの斧、か。
能力を見ても、特に筋力や体力では俺より圧倒的に強いのがわかる。
それと、岩トカゲの契約者……これが何を指すのか、俺には分からないが。
正直、真っ正面から戦って勝てる気がしない。
でも、なんとか……
「……【起動】! 【溶解】!」
なんとか、スライム達だけでも逃がす!
「うぉぉぉぉぉぉ!!!」
よしっ!
俺が杖を起動し溶解液を放つと、狙い通りドワーフの顔にヒットした。
突然の反撃に、ドワーフは反応しきれず、顔をおさえて悶絶する。
「今だ! みんな逃げてっ!」
俺は身振り手振りでスライム達に指示を出す。
なんとか意図が伝わったのか、スライム達は出口の方に向かい、
『逃がすかよ』
突然現れた大きなトカゲ――体がゴツゴツして、岩のように固そうな奴――に、阻まれた。
[種族]
岩トカゲ
[称号]
ドワーフの契約者
[種族スキル]
硬化 Lv.2
岩砲 Lv.1
[個別スキル]
人化
[能力]
筋力 C
体力 D
魔力 D
知力 D
敏捷 D
まただ、「契約者」。
この岩トカゲとドワーフが契約しているってことなんだろうが……
こいつに出入り口をおさえられていては、スライム達を逃がせない。
しかも、能力を見れば、ドワーフが二人いるようなものだ。
「【溶解】!」
『ふんっ』
岩トカゲは避けるでもなく尾で溶解液を振り払った。
まずい、唯一の攻撃手段が効かない。
こうなったら、
「わぁぁぁぁ!!!」
俺は岩トカゲに向かって走り出した。
力では負けると分かっているが、スライム達の逃げ道だけでも――
「俺様を忘れるんじゃねーよ」
横から殴られる。
俺は吹っ飛ばされ、岩壁に叩きつけられる。
くっ……痛ぇ……
右腕に力が入らない。
身体中の骨が軋む。
「まさかこいつも"杖持ち"だったとはなぁ」
『おいドルフ、油断しすぎだぞ』
「うるせぇ、こいつらが汚ねぇ不意討ちしやがっただけだ」
『ふん、まあいい、とっとと片付けるぞ』
「ああ。 ラグリス、【岩砲】だ」
『おう』
ラグリス、と呼ばれた岩トカゲの口の中に、拳大の岩が現れた。
それがそのまま俺の方に射出される。
俺はその場を動けない。
このままじゃ、死――
そう思った瞬間、
『みゅ~!!!』
スライム達が俺の前に立ちはだかった。
飛んできた岩はスライム達に阻まれ、俺には届かない。
「ははは、最弱同士、仲良しこよしってか」
『どうする』
「焦ることはねーよ。【岩砲】だ」
ひとつ、またひとつ。
岩の塊が飛んでくる。
スライム達は壁になり、俺を守る。
だが、徐々にではあるが確実に、スライム達の数は減っていく。
動けない俺の前に、すっかり小さくなった赤いスライムちゃんが寄ってきた。
『ソータ、ごめんね、わたしのせいで……』
「いいって、謝るなよ。 それより、お前だけでも逃げてくれ」
赤いスライムちゃんは、何か決意したように言った。
『ソータ。 私と契約しよう?』
「契……約……?」
『そう。 杖を持ってる人は、魔物とパートナーになれるんだって…… 契約した魔物は、強くなるの。 ほんとは、もっと強い魔物と契約したほうがいいんだけど』
俺達の会話が聴こえていたのだろう。
ドワーフと岩トカゲが笑いだした。
「くくくっ、こりゃ傑作だ。 スライムと契約する"杖持ち"なんて前代未聞だなぁ」
『あはは、最弱同士お似合いじゃないか』
笑ってろよ。
くそっ、吠え面かかせてやる。
「契約の方法は?」
『血を飲ませて、名前を付けるの。 血はもうもらってるから――』
ドワーフは怪訝そうにこちらを見ている。
まさか、本気で契約するとは思っていないようだ。
「おいおい本気かよ」
『みたいだぜ』
本気だとも。
仮にこんなピンチじゃなくたって、俺が契約する魔物はこいつしかいない。
『ソータ……』
「あぁ……戦うぞ、"アイム"!!!」
俺の呼び声に答えるように、赤いスライムは形を変え――
「ちっ、こいつマジで契約しやがった」
手足が生え、髪が伸び――
『くそっ、【岩砲】っ!』
俺の目の前には、燃えるように赤く長い髪の少女が立っていた。
そのまま、岩トカゲから飛んできた岩を受け止める。
「お返しだよ~♪ それっ」
少女――アイムは、その岩を投げ返した。
――ガンッ
岩はドワーフの頭部に当たって砕けた。
予想していなかった反撃にドワーフは悶絶する。
「よろしくね、ソータ♪」
「おう! 反撃開始だ、アイム!」
俺達の戦いが始まった。
やっと赤いスライムちゃんを人化できました♪
もちろんヒロインです!